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28.  科学と宗教

 正面出口は信者も使うため人目が多く目立ってしまうから、と案内された裏門には馬車が二台停まっていた。

 護衛兵のような者までいて目を丸くするテイト達に気付いたのか、先に着いて陣頭指揮を執っていたアニールが微笑みを浮かべながら近付いてきた。


「お待たせいたしました。さぁ、御使い様はこちらへ」


 アニールは後方の馬車を指し示し、レンリとナナをエスコートした。

 馬車の段差に注意するよう呼びかけながら手を差し出して中に導き、二人が入るのを見届けると音もなく静かに扉を閉めた。


「皆様はこちらへ」


 アニールは次に前方の馬車を指し示し、テイト達を誘導した。

 三人が乗り込むと、最後にアニールも中に入ってきたため、テイトは驚きながらも口を噤んだ。


 馬車は四人で乗っても窮屈さを感じることはなく、しかも座席部分がクッション素材になっていたので疲れるような心配もなさそうであった。

 ただ、アニールが一緒に乗ったことで昨夜のことが思い出され、テイトは既に気疲れしていた。


外にいた神官によって扉が閉められるとアニールの顔からすっと表情が消えたため、テイトは目を合わせないように下を向いた。

 テイトの前に座るシンは、そんなアニールに気付いているのかいないのか、頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。

 馬車がゆっくり動き出したのを感じながら、テイトはこの気まずい空間をどう過ごすべきか思案した。


「――つかぬ事をお伺いしますが、ナナ様の腕に刺青をお見受けしました。そしてテイト殿とシン殿の腕にも同じものがあるようですが……どういったおつもりでしょうか?」


 抑揚なく聞かれ、テイトは思わずシンを見た。

 自分たちは別に刺青を隠してはいない。

 レンリだけ袖の長い衣服を着ていたため気付かれなかったようだが、わざわざそのことについて訊くとは何か問題でもあるのだろうか、とテイトは焦った。

 しかし、テイトの焦りを余所にシンは外の景色を眺めたままアニールを一瞥することなく答えた。


「……あんたには関係ないだろ」

「勿論、貴方方だけなら私も気にしませんが、ナナ様にまであるのであれば話は別です。竜神様からの授かり物である魔法に、余計な手を加えるなど……」


 アニールは親の仇でも見るような目で歯軋りをした。

 テイトはその迫力に怯えながら身体を引いたが、馬車の中ではそれほど離れることは出来なかった。


「魔法が竜からの授かり物?」


 シンがバカにしたように鼻で笑った。

 火に油を注ぐ行為にテイトはびくりと震えた。


「信じる信じないは貴方の勝手ですが、竜神様への信心を失う者が多いからこそ、魔法の威力は年々衰えているのではありませんか。竜神様が少しずつ人間を見限っているのです」

「魔法の威力は血縁に由来してるだけなのに、想像力豊かなことで」


 シンの物言いに、アニールが片眉を動かしたのが見えた。


「では、新しく魔法を使える者が現れないのは何故ですか? 竜神様が信仰心のない人間に対して、力を授けるのに値しないと判断しているからなのでは?」

「一世紀近く前の書物に、魔法は人間が創り出したと記載がある。空想上の生き物に授けられたわけじゃない」

「奇遇ですね、その時期の書物には竜神様のことも多く記載されています。何故昔の人間に魔法を創り出せて、今の人間に創り出せないのか。答えは明確だと思いますが」


 シンは眉間に皺を寄せてアニールを睨んだ。

 アニールはレンリやナナにはとても見せられないような凶悪な笑みを浮かべていた。

 シンを言い負かしたと思って気分が良くなったのか、アニールは芝居がかった口調のまま続けた。


「竜神様は今も御使い様を通して私たちのことを見ています。私たちが竜神様の信頼に足る人物であるかどうかを見極めようと。……まぁ、貴方のような方がいるのであれば、竜神様が私たちを信頼して、この地に再び御姿を現わすのはまだまだ先のことになりそうですが」

「……研究所は魔法を発現に成功したと聞いたが」


 シンの小さな呟きに、今度はアニールがバカにするように口の端を吊り上げた。


「聞いたことありませんが」

「だろうな。研究所がそれを外部に発表する前に、襲撃されて壊滅したんだから」

「そんな不確定なことまで話に出されては、困ってしまいますね」

「だったら、竜だって同じだろ。誰も見たことがない」


 お互い実在した証拠がないことで議論していることをシンが指摘すると、アニールは笑みを深めた。


「実は私、一度だけ竜神様を見たことがあります」


 テイトは信じられないとばかりに目を丸めてアニールを見つめたが、テイトとは対照的にシンは胡散臭いものを見る目でアニールに視線を遣った。


「あれは二年前、私がルフェール支部を任される少し前のことでした。父の視察に同行し、マーレという港町に訪れた時のことなのですが」


 アニールが恍惚とした表情で語り出したため、テイトは戸惑いながらシンを見た。

 シンは興味を無くしたように、窓の外に視線を戻していた。


「たまたま一人で海沿いを歩いていた時のことでした。まるで何かに導かれるかのようにオブリオ島方面の上空を見上げると、澄み渡った空色の竜神様が悠々と大空を飛んでいたのです!」

「……大きな鳥とかと勘違いしたんじゃねーの? ていうか、空に空色って同色じゃ見間違いの可能性高くね」

 テイトの横に座るリゲルは、呆れたように小声でテイトに耳打ちした。


 テイトは同意も否定もすることができないまま、ただアニールを見つめた。


「あの神々しい御姿は、今も鮮明に覚えています。おそらく、私の信心が深かったからこそ、御姿を見せてくれたのでしょう。それから私は、信仰心の大切さを説くようになったのです」


 アニールは満足そうな顔で微笑み、シンを見遣った。


「だから、貴方も竜神様を信じるべきです。そうしなければ、貴方の魔法もいずれ失われますよ」

「竜を見たなんて話、あんた以外にしてる奴見たことないけど」

「あの時、私だけが偶然にも拝見することができたのです。他の者は見ることが叶わなかったため、私以外に話す者がいないのは仕方がないことです」

「だったら、全部あんたの妄想だろ」

「……はい?」


 地の底から響くような低い声が聞こえて、テイト思わず隣に座るリゲルの服の裾を掴んだ。

 それぐらい恐ろしい顔をしていた。

 にも関わらず、その視線を一身に受けているはずのシンは涼しい顔をしており、テイトとリゲルはできるだけ刺激しないように空気に徹することしかできなかった。


 途中の休憩で馬車を降りる時だけが至福の時間だった。

 変わらないレンリとナナの姿を見て涙ぐみそうになったり、休憩終了時に馬車に戻ることを渋るテイトをレンリが気にかけた瞬間にアニールから極寒に近い冷たさの視線を受けたりとを繰り返し、早く目的地に着くことだけを祈って旅路を過ごした。

 

 地獄のような時間を耐え抜くこと早二日、ようやくアスバルドに到着したのであった。


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