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25.  ルフェール教団 5

 テイトはそのまま脇目も振らずに割り当てられた部屋まで向かうと、半ば乱暴に扉に手をかけた。

 刹那、それに重なるように白い手が置かれた。

 弾かれるように振り向くと、少し息を切らしたレンリと目が合った。


「やっと、追いつきました」

「……レンリさん、なんで」


 言いながら、自分の態度がレンリを心配させたのだと思い当たり、テイトは唇を噛んだ。


「すみません、僕……」

「何故謝るのですか? 私のために言ってくれたのでしょう」

 ありがとうございます、と続けてレンリは優しく微笑んだ。


 しかし、素直にそれを受け取れずテイトは俯いた。


「私、嫌なことなら断ります。できそうもなければ、きちんと無理だと伝えます。それでも、不安ですか?」


 アニールと話していた時も機転を利かせて上手く立ち回って見せた彼女のことだ。

 きっと自分の心配なんて最初から不要なものだったのであろう。

 それでも、記憶を無くして震えていたレンリの姿を見た時、まるで彼女が幼子のように思えて、守らなければいけない存在だと確かに思ったのだ。

 自分が“今度こそ”守らなければいけないと、知らず知らずのうちに妹と重ねてしまっていたのだ。


「どうしたら、テイトの不安を取り除けますか? あ、私も剣の使い方を覚えましょうか」


 レンリの提案に、テイトは思わず噴き出した。

 彼女が剣を持っている姿は、あまりに似合わない。


 その時、別の場所からも笑い声が聞こえた。

 テイトが目を遣ると、リゲルが笑いながら物陰から出てくるところであった。


「いやいや、それは無理があるでしょ。てか、レンリちゃんの見た目が守らなきゃって思わせるものだから、そこはもう諦めてもらって」


 リゲルはゆっくりこちらへ近付くと、レンリの肩に外套を羽織らせ、その頭に深くフードを被せた。

 それを見て初めて神官がちらちらとこちらを伺っていたことに気付き、テイトは顔を青くさせた。

 分かりきっていたことではあるが、教団内の廊下ではレンリの容姿は衆目を集めすぎてしまう。

 テイトが慌てて二人の手を引いて部屋の中に押し込むと、二人は不思議そうにテイトを見つめた。


「どうしました?」

「い、いや、シンさんが……」


 《竜の子》と一緒にいる人間は神官に恨まれるから気をつけろと言われたことを思い出したが、それをどう説明しようかと考えてテイトは口を閉じた。

 リゲルはシンの名前を出した時点で合点がいったのだろう、口を引き結んで微妙な表情を浮かべた。


「あー……レンリちゃんと一緒にいると神官が嫉妬するから、テイトはそれが怖いんだって」

「怖くは……」

 ないとは言い切れずテイトが黙ると、レンリも神官の態度には思うものがあったようで困ったように眉を下げた。


「ごめんなさい、私が追いかけてしまったから」

「それは、寧ろ……嬉しかったんですけど」


 テイトが照れながらゆっくり告げると、レンリは嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔に意を決して、テイトはレンリを真っ直ぐに見つめた。


「あの、本当に、シンさんに無理なこととか言われてませんよね?」


 テイトの問いに、レンリは数度目を瞬いた。

 それから安心させるようにゆるりと微笑んだ。


「はい、大丈夫です」

「でも、レンリさんは無理言って誰かを困らせるような人じゃないし、誰かを騙すようなことを言わされることだって、本当は嫌だったんじゃないですか?」


 テイトが言い募ると、レンリは眉尻を下げた。


「確かに、アニールには悪いことをしました。ですが、私も拠点の必要性は分かっているつもりです。だから、シンの依頼を引き受けました。……アニールには全てが終わった時に、本当のことを話して謝罪します」


 シンが話した拠点の有用性。

 それはテイトも十分に理解し、納得していた。


 シンは迎え撃つために拠点が必要という以外にも、幾つも利点を挙げて一つ一つ説明してくれていた。

 今現在テイト達が行っている、仲間を分散させて襲撃地に近い隊が応戦するという方法の非効率性も説明され、情報は一点に集中する方が《アノニマス》の狙いや動きが分かるはずだと断言した。

 拠点に仲間を集めてしまっては地方の守りが手薄にならないかと疑問をぶつければ、今だって十数人でしか迎え撃てていないのならばそんなに変わらないだろと言われ、黙らざるを得なかった。

 それ以外にも帰る場所があればそれだけで仲間の意識も変わるだろうやら、何やら色々説明され、テイトも確かに納得して頷いたのだ。


「そう、ですね。その時は僕も一緒に謝ります」

「それは心強いです」


 レンリは手を合わせて喜んだ。

 そんなレンリを見ていると、テイトはなんだか心が軽くなっていくような気がした。


「レンリちゃんのことなら簡単に許すだろうけどな」


 食事を一緒にできると知っただけで嬉々とした表情を見せたアニールを思い出したのか、レンリはその言葉には曖昧に笑うのみであった。

 確かに、真実を伝えた時にアニールがレンリを糾弾する姿は全く想像できない。

 寧ろ、言わされていたのですね、とこちらに恐ろしく冷たい視線を浴びせかけるのであろう。

 その時を勝手に思い浮かべてテイトは一つ身震いした。


「……レンリさん。僕はこれからも、きっとこうして貴女を心配してしまうと思うけど、それが鬱陶しいようなら教えてください。僕も、過保護な自覚があります」


 テイトが真面目腐った様子で言うと、レンリは一度目を丸くした後に手を口元に当てて笑った。


「ふふ、分かりました。なんだか、ホセみたい。――あれ?」


 聞いたことがない名称だった。

 話の流れからして人の名前だろうか。

 口に出したものの、自分でも何を言ったのかよく分かっていない様子で、レンリは小首を傾げた。


「……レンリさん、ホセって?」


 テイトは聞いてみたが、レンリは困ったように微笑んだ。


「なんでしょう……自分で言った言葉の筈なのに、よく分かりません」


 気にしなくていい、と声をかけようとしたテイトは、続いたレンリの言葉に口を噤んだ。


「けれど、きっとテイトのような優しい人を指す言葉なのでしょうね」


 そう言って綺麗に笑うレンリを見て、テイトは心が温かくなるのを感じた。


「そうだったら、僕も嬉しいです」


 レンリが何かの弾みで記憶を思い出してくれるのならば、それもテイトにとっては嬉しいことであった。

 シンは《アノニマス》に研究所が関係していると言って、研究所が関わっている可能性があるレンリにも気をつけろと言っていたが、もし仮にそうだとしても、レンリを助けない理由にはならないとテイトは信じていた。


 その後、部屋に戻るにはまだ少し気まずさがかって三人で他愛のないことを話して過ごしていたが、だんだんと気持ちが落ち着いてくるとシンに対する子供のような自分の態度がとても恥ずかしいものに思えた。

 自分だって拠点の必要性に納得してあの場に立ち会ったのにも関わらず、いざとなると罪悪感に苛まれてしまい、発案したシンを責めてしまった。

 しかもレンリを出しに使ってなんて尚更格好が悪い。

 あれだけ懇切丁寧に説明した相手に理不尽にキレられては、シンの方こそ裏切られた気持ちだったに違いない。


 謝罪の決心がついて自分なりに覚悟を決めて部屋に戻ったつもりであったが、扉を開けて見た先のシンは至っていつも通りで、テイトは少しばかり拍子抜けしてしまった。


「シンさん、すみませんでした」

「……何のことだ?」

「僕が勝手に怒って、部屋を飛び出してしまったことです」


 シンはテイトの謝罪が何に対するものか結びついたのか、気の抜けた相槌を打った。


「あんたがレンリに対して過保護すぎるのは否めないが、別に気にしてない」


 シンは本心からそう言っているようで、テイトは安堵の息を吐いた。


「……僕も自覚しました」

「それならいいが。少なくとも、レンリはあんたよりは年上だと思うから、それは念頭に置いておけ」

「そう、ですよね」


 力が抜けたように席に着くと、テーブルの上の焼き菓子が更に増えていることに気が付いた。

 ナナの満喫ぶりにテイトは思わず笑みを漏らした。


「と言うか、あんたの場合は多少仕方ない部分もあるかもな」

「……え?」

「感情の抑制」


 シンがテイトと目を合わせないまま告げるので、テイトは一瞬それが自分に宛てられた言葉なのか理解するのに時間がかかった。


「あんたは普通の人間が時間をかけて過ごす思春期を、一年で終わらなければいけなかったわけだ。身体と脳が成長しても、感情がそれについて行けるかは別問題だろ。そんな中でよくやってると思う」

「……それは、慰めようとしてくれてますか?」


 テイトが理解半分のままで返答すると、シンは顔を顰めた。


「若くして刺青を入れた場合に起こる、弊害の話だ」


 シンはその後刺青のことについて色々話してくれたような気もするが、テイトにとっては難しい話が殆どで、八割方聞き流しながら過ごした。

 

 そして晩餐の時間がやってきた。


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