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24.  ルフェール教団 4

「部屋に案内してくれるんだろう」


 沈黙を破るようにシンが溜息を吐きながら立ち上がると、神官はびくりと体を揺らして顔を真っ赤に染め上げた。


「っは、はい。どうぞ、こちらへ」


 シンに続くように立ち上がって扉の方へ歩き出すと、リゲルは神官の視線を遮るようにレンリにフードを被せ直した。

 その様子を神官の男はちらちらと気にするように見ていた。

 男に連れられながら道中幾人かの神官とすれ違い、その全てがナナの容姿を見ると一様に恭しく頭を下げた。

 その横を通り抜けて階を一つ上がると、男は奥まで進んでから振り返った。


「あ、あの、御使い様方はこちらの奥の二部屋をお使いください」


 男がナナとフードを被るレンリに目を向けて奥の二つの部屋を指し示すと、シンは微かに目を細めた。


「……俺たちの部屋は?」

「お連れ様の部屋は、反対方向にございます」

「俺たちを離す意図は?」


 そのシンの問いに、テイトは面食らった気持ちになった。

 部屋まで用意してもらえるなんて、なんて好待遇なのだろうとばかり思っており、シンのように警戒も何もしていなかったからだ。

 彼らの敬愛する《竜の子》と自分達が同じ対応をされることは初めから期待などしていなかったし、神官達やアニールの《竜の子》に対する好意を見てきたために、害されることはないだろう思っていた。

 無意識に芽生えていた信用に、テイトは瞠目した。


「御使い様と貴方たちが同じ格式の部屋になることはありません」

「仲間なのに?」

「はい」

「あたしが望んでもダメですの?」


 口を挟むようにしてナナが問いかけると、神官は狼狽えるように瞳を揺らした。


「こちらは、御使い様のためにと用意された部屋なのです。どうか、それだけはご了承ください」

「別に、あたし達も反対側の部屋で構いませんわ」

「み、御使い様のために丹精込めて準備をした部屋なのです、どうか、使ってください」


 神官が今にも泣き出しそうな情けない声を上げ始めたため、シンは溜息を吐いた。


「わかった、あんた達の部屋割りは受け入れよう。ただし、ナナとレンリは二人で一部屋にしてくれ。それ以上は譲れない」

「なっ……御使い様は、それで構わないのですか?」

「勿論ですわ」


 ナナとレンリが頷くと、御使い様が言うのであれば、と神官は渋々と頷いた。


 装飾の施された扉が開かれると、どこぞの姫君の私室かと思うほどに広く豪華な造りをした部屋が目に飛び込んできた。

 床に敷かれた絨毯は毛足が深く、正直その上でも気持ちよく寝ることが出来そうなほどであった。

 誂えてある調度品は高そうなものばかりで、そのどれもが綺麗に磨かれ艶々と光り輝いていた。

 その中でも特にナナの目を引いたのは、大人二人が大の字になって寝転んでも尚余裕がありそうな程大きな天蓋付きのベッドだったらしい。


「足りないものがあれば何でもお申し付けください。ベッドもすぐにもう一つご用意いたします」

「なんでですの? 一つで十分ですわ。これだけの広さがあればレンリ様と共に寝ても困ることなどありませんわ」

 ね、レンリ様?とナナはきらきらとした瞳でレンリを見つめた。


 レンリがそれに同意すると、ナナは顔を更に嬉々としたものに変化させ、はしゃぐように部屋全体を見回した。

 その様子に神官も満足そうに微笑み、一度気にかけるようにレンリを見たが、話しかける勇気はないのかテイト達の方へと視線を戻した。


「お連れ様方も部屋に案内させていただきます」


 そう言ってナナとレンリを残して進む神官に続き、テイト達も踵を返した。

 先程まで顔に浮かべていた微笑みは途端に鳴りを潜め、瞬く間に仏頂面に変わった神官のその変化に、テイトはわかりやすいなぁと苦笑を浮かべた。


 廊下の奥まで進むと、神官は徐に立ち止まった。


「こちらの三部屋をご自由にお使いください」

「はい、ありがとうございます」


 テイトがお礼を言っても、神官は一瞥することなくすぐに立ち去ってしまった。

 最早テイトは乾いた笑みを浮かべる他なかった。


「部屋に適当に荷物を置いたら、レンリとナナのとこに行くぞ」


 シンが早速近くの部屋に入ろうとしたため、テイトは慌てて呼び止めた。


「さっきから何を警戒しているんですか? 部屋が離れてることを指摘したり、レンリさんとナナを敢えて一緒の部屋にするように言ったり……何か危険があるんでしょうか?」


 シンは眉を顰めた。


「アノニマスがいつ来るか分からない以上、警戒はするだろ」

「それは、そうですけど……」

「教団のことを指してるなら、二人は心配いらないだろうが、俺たちは気をつけた方がいいかもな」

「え?」


 思いがけない言葉に聞き返すと、シンは口の端を吊り上げながら扉を開けた。


「竜の子と一緒にいる俺らが憎くないはずないだろ。それが竜の名を騙ってる奴なら尚更」

 精々背後には気をつけな、とまるで他人事のように告げてシンは部屋へと入っていった。


 テイトは顔を青ざめさせてリゲルと顔を見合わした。

 言われてみれば、確かに自分たちはいない者として扱われたり、冷たい視線を向けられたり、嫉妬を帯びた瞳で睨まれていたりと、友好的なものは何一つなかった。

 心配すべきはレンリとナナではなく、自分たちなのだと理解しテイトはごくりと唾を飲み込んだ。


「……リゲル、一緒の部屋に泊まろう」

「お、おう」


 テイトはいそいそとリゲルと同じ部屋に入ると、手早く荷物を片付けた。


 先程見たレンリとナナに用意された部屋に比べると室内は随分と質素ではあるが、それでも十分に広く綺麗な造りをしていた。

 普段泊まる宿と比較しても相当豪華なものであり、テイトは少しだけ落ち着かない気持ちになった。


 そう言えばレンリとナナの部屋に集合だと言われていたなと思い出し、テイトはシンの入った部屋の扉を叩いた。

 しかし何の反応もなかったため、先に行ったのだろうとリゲルと二人で長い廊下を引き換えした。

 シンの言葉の所為か、途中すれ違う神官達の視線がより冷たいものに思えてしまい、レンリとナナの部屋に辿り着く頃には相当の心労を抱えていた。


「はーい……あ、テイト様!」


 扉を叩くと中からナナが顔を出し、テイトを視界に入れた瞬間に嬉しそうに顔を綻ばせた。

 隙間から見える部屋の中には予想通り既にシンの姿があった。


「どうぞ、入ってくださいませ。――あ、そこの方、カップを追加で二つ持ってきてくださる?」


 ナナが廊下に控える神官に声をかけると、神官は深く礼をしてその場を離れていった。


 ナナに引っ張られながら中に入ると、中央のテーブルには数種類のおいしそうな焼き菓子がのった三段トレイが置いてあり、それを囲むように椅子と紅茶が並べられていた。

 まるで貴族のお茶会にでも迷い込んだような心地で、テイトはナナの隣へと着席した。


「テイト様はどのお菓子を食べますの?」


 ナナはニコニコと機嫌良くテイトを見つめており、今の状態をかなり満喫しているように見えた。

 その隣に座るレンリも、ただ紅茶を飲んでいるだけだというのに絵になるように優雅で、馴染む二人に比べて自分は場違いではないだろうかとテイトは体を縮こまらせた。


「え、と、どれでも」

「それでは、こちらをどうぞ」


 ナナは甲斐甲斐しくテイトの世話を焼き、リゲルはニヤニヤとテイトを眺めた。


「ナナちゃん、俺にも」

「それぐらい自分でおやりなさい」


 ナナは冷たく返したが、何が面白いのかリゲルは笑みを深くしながら自分でお菓子を選別していた。


 途中、神官が恐る恐ると言った様子で部屋に入りこみテイトとリゲルの前にカップを並べたため、テイトはすかさずお礼を述べたがやはりその目が合うことはなかった。

 彼の視線の先には外套を取ったレンリが座っており、熱視線に気付いたレンリが小さく微笑むと神官は顔を真っ赤にしながら脱兎のように部屋を出ていってしまった。


 その様子を面白そうに見送ったシンは再度レンリに何か耳打ちをし、レンリは真剣に、そしてどこか困ったような顔で頷いていた。

 無駄に大きなテーブルの所為でその会話が聞こえず、テイトは一抹の不安を感じて思わず声をかけた。


「シンさん、またレンリさんに無茶を言っているんじゃ……」


 思ったより大きな声が出てしまったようで、シンは眉間に皺を寄せてテイトを見遣った。


「別に、今日の晩餐でアニールにどれぐらいで拠点を準備できるか聞いてくれと言っただけだ」

「本当に、それだけですか?」

「時間がかかるようなら、急ぐよう頼んで欲しいと依頼した」

「っまたそうやって」


 腰が自然と上がり、テイトはこみ上げてくる何かを抑えるように一度息を大きく吐いた。

 レンリを信用するなと言いながら、都合よく彼女を利用しようとするシンが許せなかった。


「何を怒ってるんだ。急いだ方がいいのは事実だろ。俺たちがこうしてる間に敵が待ってくれるわけでもないんだから」


 シンはテイトの感情の理由が分からないようで、呆れたように溜息を吐いた。


 シンの言うことは理解している。

 テイトの考えはシンからしたら甘いのだろうが、それでも、こちらの希望を押し通すためにレンリに望まぬことをさせるのが正しいとは到底思えなかったのだ。

 言い返そうとして顔を上げたが、不安げにテイトを見つめるレンリの瞳とかち合い、テイトは言葉を飲み込んだ。


「……そう、ですね。少し頭を冷やしてきます」


 テイトは俯いて足早に部屋を出た。

 背後から誰かが自分の名を呼ぶ声がしたが、聞こえない振りをした。

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