【テイトの覚悟 4】
「――くえれぶれ?」
「そう、クエレブレ。それが私たちの組織の名前よ」
昨日はあのまま眠ってしまったらしく、起きたら建物の中で目を覚ました。
窓を開けて初めて自分の目で見る村の様子は、想像を遙かに超えて悲惨だった。
目を背けたくなるような有様だったが、昨夜の雨で火は消え、血も大分流れたから昨日よりは見られるねと周囲は話していた。
生き残った人は少なく、村民の三分の二以上が亡くなったと伝えられた時には言葉を失った。
何かをしていないと悲しみに飲み込まれそうで、昨日何もできなかった分働こうと周囲に声をかけた。
僕の頭の包帯を見て遠慮する素振りを見せた大人も、人手が足りていないのは事実のようで、熱心に頼み込めば色々と任せてくれた。
怪我人に食料を配ったり、崩れた瓦礫を集めて道ができるように運んだり、一心不乱に動く僕に声をかけたのがステラさんだった。
ステラさんは声を聞いて想像していたよりも大分若かった。
しっかりしていたからもっと大人かと思っていたが、父や母よりも随分と若そうであった。
短めの髪は彼女に活発な印象を与え、目元は猫のように少しつり上がっていて、あの話し方の通り勝気な人に見えた。
怪我人が何してんのかと声をかけられ、できることをやりたいのだと自分の思いを伝えれば一緒に作業を手伝ってくれた。
その途中でずっと気になっていたことを尋ねると、その返答が聞き慣れない《クエレブレ》と言う言葉だった。
「どういう意味ですか?」
「古代の言葉で竜って言う意味。別に宗教を信じてるわけじゃないけど、竜の神様が昔人間に恩恵を与えてくれてたって神話があるでしょ? そこからとったみたい、救済者になろうって」
「リーダーはユーリさんですか?」
「よく分かったわね、意外でしょ?」
ステラさんがそう言って笑うと、つり上がった目尻が下がり優しそうな印象に変わった。
「いえ、頼りになる人だと思いました」
「うそー、気使わなくていいよ」
更に話を聞くと、こういう風に襲われる村は僕たちのところだけではないのだという。
ここ最近突如として姿を現した謎の集団――ステラさん達は仮の名で《アノニマス》と呼んでいるらしい――が、無作為に町や村を襲っては建物を壊し、大地を焼き払い、全てを破壊し尽くすかの如く虐殺を繰り返しているとのことだった。
ステラさんとユーリさんがいた街も数ヶ月前に襲われ、それが《クエレブレ》結成の決断に至ったのだと語った。
「何のために、こんな酷いことを……」
「それが全く分からないのよね、襲われる場所に共通点があるわけでもなくて。……だから、いつも間に合わないの」
悲しげに呟くステラさんの横顔を見て、僕は思わず目を伏せた。
《クエレブレ》の人に助けてくれてありがとうと伝えた時、皆が悲しそうにする理由が少し分かった気がした。
数ヶ月前に発足した組織だから仲間も少なく、各地に情報収集に散らばった仲間からの報せを頼りに動いているが、なかなか事前に襲撃を防げないのが実情なのだとステラさんは困ったように続けた。
「議会は、何もしてくれないんですか?」
「勿論アノニマスのことは伝えてるよ、でも魔力が弱い市民なんかどうでもいいみたい。貴族が治める土地の守りは増やしても、殆どはほったらかし」
酷いよねーとどこか諦めた顔で笑う彼女の頭をコツンと誰かが叩いた。
「痛っ、何するのよ!」
「子供にする話じゃねーだろ」
声を聞いてそれがユーリさんだと分かり、僕は会釈をする。
彼は片手を挙げてそれに応えた。
「よぉ、元気そうだな」
「昨日は、すみませんでした」
「なんのことだ?」
そう笑うユーリさんも、リーダーにしては想像以上に若く見えた。
「順番に埋葬してくらしいけど、両親には会ったのか?」
「……はい」
「そうか」
本当に酷い状態だったと思い出しそうになって、突如武骨な手が無遠慮に僕の頭をなで回した。
そして、体重をかけるかのように頭に重みが加わり、僕は慌てて倒れないようにバランスをとった。
「別に、逃げることは悪いことじゃねーよ。でも、選択はできる方がいいだろ。見て後悔するか、見ないで後悔するかは」
どっちにしろ後悔するなら、俺もお前と同じ選択をするぜとユーリさんは笑った。
なんてことのないように僕の心に寄り添ってくれる二人は、心底優しい人たちだと思った。
だからこそ、と唇を強く引き結んだ。
「あの、ユーリさん! お願いがあります」
「ん? なんだ?」
「僕を仲間にしてくれませんか?」
僕の言葉を聞いて、二人は初め呆気にとられたように黙り込んだ。
次第にユーリさんが眉根を寄せて僕を見つめた。
「……本気か?」
「はい。ステラさんから人手が足りないと聞きました。僕勉強中ですが魔法を使えます」
「だからと言って、子供に協力してもらうほど落ちぶれちゃいねーぞ」
「分かってます、僕が自ら望んでいることです」
お願いしますと頭を下げると、舌打ちが聞こえてきた。
「復讐のためか? だったらやめとけ、そういう奴は命を大事にできない」
「違います。僕も守りたいと思ったんです」
顔を上げて、しっかりとユーリさんと目を合わせた。
「ユーリさんが僕を救ってくれたように、僕も誰かの助けになりたい。勿論、助けてもらったこの命を無駄にするつもりはありません」
「……そういうつもりで助けたんじゃねーよ」
苦虫を噛み潰したかのように、ユーリさんの顔が歪んだ。
「もちろん、これは僕のエゴです。ただ、後悔してるんです。僕に力があれば、家族を守れたかもしれないのに、失わずに済んだかもしれないのにって。……だから、これ以上何もできなかったことを後悔したくないから――僕に協力をさせてほしいんです」
ユーリさんとステラさんの顔を眺めると、二人ともなんとも言えない顔でこちらを見ていた。
先に目を逸らしたのはユーリさんだった。
彼は片手で自分の眉間のあたりを押さえ、大きく息を吐いた。
「……お前、戦えるのか?」
「今まで戦ったことはありません、だから戦い方は教えてください」
「いつ死ぬか分からない、そう思いながらみんな戦ってる。お前にその覚悟は?」
「わかりません、でも戦う意思はあります」
「本当に理解してんのか? 俺たちだって人を殺すぞ」
僕は息を飲み込んだ。
それでも、二人から視線を外すことはしなかった。
「……僕は、できれば誰も殺したくない。殺さなくて済む方法があるなら、それを見つけたい」
「戦場では誰も待ってなんかくれない。お前が迷ってる内に、誰かが死ぬ。お前が殺さなきゃ、大切な人が死ぬかもしれない。それでも、お前はそんな悠長なことを言ってるつもりか?」
「それはその時に最善の方法を考えます」
「今決断できねぇで、その時にできるかよ」
「それなら、僕が決断できるように教えてください! 今起こっていることも、戦い方も、後悔しない選択の仕方も、全部」
必死だった。
家族を奪った人達が、村を襲った人達が憎くないわけがない。
本当に許せない。
でもそれと同じくらい自分のことも許せなかった。
数ヶ月前から同じことが他の場所で起こっていたなんて知らなかった、知ろうともしてなかった。
守るために戦う人達のことも知らず、ただ平々凡々に生きてきた。
知ったからと言って何も変わらなかったかもしれない。
でも、少なくともあの時、妹の手を離すことはしなかったと思った。
子供だから仕方がないと言われればそれまでだが、無知は罪なのだと理解した。
それならば、きちんと自分の目で見て知りたいと思った。
「……完敗だね、ユーリ。私たちよりしっかりしてる」
ステラさんはふふと笑った。
「教えろって……俺たちだって知りたいってのに」
「じゃあ、一緒に見つけましょう」
「ガキが一丁前なこと言いやがって」
ユーリさんが僕の額を小突いた。
思わず額を押さえると、目の前でユーリさんはにっと意地悪そうに笑った。
「どれにしろ戦えないやつはいらねぇ。戦う意思と戦う力があれば文句は言わねぇさ。そうだなぁ――」
ユーリさんは考えるように顎に手を置いた。
「お前を医者に診せに近くの街まで送ってく予定だったし、包帯が外れるまでは面倒見てやる。それまでに使い物になるって証明できたら、仲間にしてやるよ」
「本当に?」
「男に二言はねぇよ」
見上げると二人が笑顔で、でもどこか悲しそうに僕を見つめていた。




