【テイトの覚悟 2】
どのぐらいそうしていたのか、気付くと喧騒は静まりかえっていた。
敵が去ったのか、味方がやられたのか、状況は依然として分からなかった。
不意に近付く足音が聞こえ、体を強張らせた。
どっちが来たのかも分からなかった。
「――怖がらなくて大丈夫、ユーリの仲間よ」
「……ユーリ?」
「ん? あいつもしかして名前も教えてないの?」
女性の声がした。
親しげに話しかけてくれるが、敵ではないと判断してもいいのだろうか。
「えーと、あなたをここに連れてきた人に、あなたを治療するよう言われてきたの。怪我の様子を見せてくれる?」
近くで布の擦れる音がした。
「私はステラよ、あなたは?」
「……テイト」
いい名前ねと言いながら、ステラと名乗った女性は僕の顔に触れた。
痛みが思い出されて一瞬身体が強張ったが、触れられている箇所から痛みは少しずつ引いていくようだった。
彼女はしばらく僕の顔を支え色々な角度から観察していたようだが、唐突に重たく息を吐き出した。
「……正直に言うわね。左目はもう見えないわ。傷が眼球まで達してる。今は応急処置しかできないけど、腐敗する前にきちんとしたところで取り除いてもらう必要があるわ」
言いながら、ステラさんがガサゴソと荷物を漁っている気配がした。
他人事のようにぼーっと彼女の話を聞いていたが、ひんやりと冷たい物が顔に当てられたため、反射的に体は震えた。
「右目は、近くに傷が見当たらないから大丈夫だと思うけど……ダメね、顔を洗ってからもう一回見せてちょうだい」
水分を含んだ布で丁寧に顔を拭かれたが、それでもまだ右目は開かなかった。
ステラさんが言うには、おそらく目の中まで血が入りこんでおり、それが乾燥したことで開きにくくなっている、ということらしかった。
左顔面を優しく包帯で巻かれ、そこでようやく生を実感した。
「あの、ありがとう、ございます」
「いいのよ。……助けが遅くなって悪かったわね」
「僕の他に、助けられた人はいますか? 妹と両親も近くにいたんです」
「助けた人は広場の方に集まってたはずよ、行く?」
頷くとステラさんが僕の手を取ってゆっくりと立たせてくれた。
手を引かれながら歩くと、まず焼け焦げたような臭いが鼻をついた。
その次には錆びたような不快な臭いも。
そして、あちこちから泣き声が聞こえた。
正直、左目が見えなくなったと言われ絶望したが、今は目が見えなくてよかったとさえ思った。
今の状態から察するに、見える景色はきっと地獄に違いないからだ。
進むにつれ人の声が増えてきて、また恐怖する。
本当に全員信じていいのか不安だった。
そんな不安を読み取ったのか、繋がれた手に力がこもった。
「――テイト? テイトじゃないか!」
聞き慣れた声が聞こえて、僕はハッと顔を上げた。
今の声は隣に住んでいたおじいさんの声だ。
「テイト、お前無事だったのか! 本当によかった……」
涙声で紡がれる声につられそうになりながら、僕はぎゅっと拳を握りしめた。
「おじいさんも無事でよかった。ねぇ、僕今見えないから教えてほしいんだけど、おじいさんは怪我とかしてない?」
「テイト、お前目が……っワシは大丈夫じゃ。相変わらず優しい子じゃの」
強く抱きしめられ、その温かさに身を委ねた時、背中に回る手が片手だけであることに気付いた。
「おじいさん……もしかして、手が?」
「なに、片腕だけじゃ。こんな惨状の中でこれだけで済んだんは奇跡じゃて。――それも、あんたたちのおかげじゃな」
「……いえ」
僕の近くに立っているであろうステラさんに声をかけるおじいさんに、僕はなんとも言えない気持ちになった。
「おじいさん、そう言えば僕のお母さんとお父さんを知らない? 今日は家にいたはずなんだ」
その言葉を聞くや否や、おじいさんは沈黙した。
その沈黙に嫌な予感が過ぎった。
おじいさんは僕の肩を強く掴んで、少しだけ体を離した。
「テイト、お前の両親は、奴らに襲われて、それで……」
「うそだ」
おじいさんは嗚咽を漏らし、それ以上言葉を続けなかった。
肩を押さえる手が震えている。
思わずそれを振り払った。
「そんなこと言うの、やめてよ」
「あそこに、二人の遺体がある。二人以外にもたくさんっ! 奴らにやられた村の者が安らかに眠れるように、後で一緒に葬ってあげよう、なぁ」
拒否するように後退ったその体は、背後にいたステラさんの体にぶつかって止まった。
「っ僕が見えてないからって、そんな……」
「――よぉ、坊主。無事だったみたいだな」
突然聞こえた第三者の声、それは僕を助けてくれた声だった。
「ん? 取り込み中か?」
「ユーリ、あんたって本当に……」
「あ? なんだよ」
「おぉ、お前さんも本当ありがとうなぁ。助けてくれただけじゃなく、やられてしまったみんなをここに連れてきてくれる手伝いまで、本当に、ありがとうなぁ」
「……いや、遅くなって悪かったよ」
「謝らないでくれ。お前さん達が来てくれなければ、きっとみんな死んでいた。弔う者すら残らなかっただろう」
何度も感謝を口にするおじいさんの声に、これは現実なんだと思い知った。
両親は、もう既にこの世にいないのだ。
理解しながらも、自分の目で確認してない所為か、それはどこか遠い出来事のようにも感じた。
現実から目を逸らすように、そういえばこの助けてくれた男性にお礼も何も言えてなかったっけ、とぼんやりと考えた。
「ユーリさん、助けてくれて、ありがとうございます」
「……目は大丈夫だったのか?」
「ステラさんが見てくれて、右目は大丈夫だと言ってくれました」
「そうか。……生き残ったやつの中にお前の家族がいるか探そう。特徴を教え――」
「――ユーリ!」
非難するような鋭い声にユーリさんの声は掻き消された。
再び訪れた沈黙を破ったのは、寂しげなおじいさんの声だった。
「……あの子の両親なら、あそこに」
「……そうか。――妹は?」
「そうじゃ! リサはまだワシも見とらん、探してこよう!」
意気込んで遠離っていく足音に耳を澄ましていると、俯く僕の頭に大きな手が乗っかった。
「まぁ、なんだ、今は見えてなくてよかったな」
「ユーリ! あんたって本当にっ」
大きな声に臆した様子で手は離れていった。
「もう、本当に最低。――テイト君、あなた妹がいるのね? あなたの目になって探してあげるわ、行きましょう」
優しい声が降ってきて、左手が繋がれた。
「ありがとう、ステラさん」
「赤いリボンの女の子だったか」
「あんたには聞いてないわ。テイト君、リサちゃんのこと他にも教えてくれる?」
手を引かれながら、妹の特徴を何個も挙げた。
詰まりながら話す僕の言葉をステラさんは相槌を打ちながら聞いてくれた。
ユーリさんも後ろから付いて来てくれている様子だった。
歩く途中、僕の姿を見留めて無事を喜ぶ声をかけてくれる人が何人もいたが、その中に僕の一番聞きたい声はなかった。




