SIDE. ヨン 想望 4
《竜の子》を押しつけた小間使いは予想よりも早く僕の元へと戻ってきた。
何の用かと問えば、地下は環境が悪いため別の部屋を用意した方が良いと怯えた様子で提案してきた。
あの《竜の子》に精神干渉でもされたかと疑ったが、彼女を御使い様と呼ぶ様子から、この小間使いが教団の信者であることを知った。
面倒な奴に面倒なものを押しつけてしまったと後悔したが、部屋を用意するぐらいは別になんてないので了承した。
助けてもらったままでいるのも気分が悪いので、これで貸し借りをなくせると思ったのもまた事実だった。
あの研究者は地下から《竜の子》を連れ出すことに反対したが、五月蠅いと一蹴すればすんなりと諦めた。
その時に、確かに自分の魔法の向上を実感した。
彼女の血を飲むことで、僕の魔法の力は目に見えて強くなったのだ。
監視の意味も込めて、彼女には隣の部屋を明け渡した。
魔法封じの首輪は意味がないと知ったため、それを外す代わりに部屋から出られないように制約を施した。
僕の魔力を込めた首輪が効かなかったのだ、その魔法も意味を成すかは分からないが、どうせ逃げ場所などない。
そんな出来事から既に三日経つが、あの小間使いは甲斐甲斐しく《竜の子》の面倒を見ているらしく、頻繁に隣の部屋を訪れているようであった。
時折、笑い声まで聞こえてくる。
それは、ここでは久しく聞いたことのない明るいものであった。
その声にまた訳も分からず苛々した。
金輪際あの《竜の子》とは関わりたくないのに、何故か気になってしょうがなかった。
耐えきれなくなってノックもなしに隣の部屋を訪れると、僕の顔を見て信者の女がさっと顔色を変えて部屋の隅へと移動したのが見えた。
机の上には紅茶の入ったティーカップが二つ置いてあり、それが余計に苛々を募らせた。
「いいご身分だね?」
「どうかされましたか?」
「笑い声が五月蠅いんだよね。囚われの身ならそれらしく行動したら?」
「それはご迷惑をおかけしました。それで、すみませんが……それらしく、とは?」
予想だにしない問いに、少しだけ言葉に詰まった。
「っそれらしくは、それらしくだよ。泣いて命乞いして、絶望しながら過ごす、とか」
その返答に、目の前の《竜の子》は眉尻を下げた。
「それなりに、覚悟しながら過ごしているつもりではいるのですが……」
「どこが? ふざけたこと言わないでくれる」
そんな様子おくびにも出さないくせにと苛々しながら詰め寄ると、小間使いの女は青い顔をしながら身体を震わせたが、対峙する少女の表情は何一つ変わらなかった。
それも無性に腹立たしかった。
「屁理屈言える元気があるなら、あの研究者のとこに行ってくれてもいいんだからね。それとも、あいつを目の前で殺す方がお前はしおらしくなるのかな」
部屋の隅で成り行きを見守っていた女を指さすと、女は面白いぐらいに顔を強張らせた。
それなのに、こういう反応を見たかったはずの少女は困ったようにこちらを見つめるだけである。
「私のことでしたら、貴方の判断通りにしていただいて構いません。ただ、ミアを巻き込んで乱暴なことを言うのは止めてください。彼女は貴方の言いつけを守って、私のことを見ているだけなのですから」
「それって楽しく笑ってやる必要ある?」
「……以後気を付けるようにします」
「もしかして、アレを懐柔でもして逃げるつもり? そんなの無駄な足掻きだけどね」
彼女から謝罪の言葉を引き出しても胸に蔓延るもやもやとした気持ちは晴れず、八つ当たりのように隅で立ち尽くしたままの女を睨んだ。
「……僕は面倒を見るようにとは言ったけど、一緒にお茶を飲む許可は出してないよね。その罰は与えないと」
「っ、わ、私はっ、」
震えて満足に言葉も紡げずにいる女に向かって掌を翳した。
軽く怪我でもさせてやろうと思って放った魔法は目標に届く前に消失し、この場で攻撃魔法は意味を成さないことに気が付いた。
何が起こったのか分からない様子で、女は涙に濡れた顔のまま浅い呼吸を繰り返してその場にへたり込んだ。
忌々しく思って振り返る。
彼女はあの紫色の瞳で、真っ直ぐに僕を見ていた。
「私が身勝手にも同席して欲しいとお願いしたのです。ミアに罪はありません」
「誰に罪があるかを決めるのは僕だよ」
「ミアがダメなら、貴方がご一緒してくださいますか?」
目を瞠った。
この状況で、堂々と誘いをかけられることが信じられなかった。
「……何馬鹿げたこと言ってんの」
上手く返せなかった。
結局逃げるように話を切り上げたのは僕の方だった。




