ワンルーム
先日のお話
髪を踏まれて起きるのはこれで何回目かはわからない。それでもこの狭いワンルームの部屋にいるわたしは出ていこうとかそういう決心がなかなかつかなかった。
ベッドじゃなくて敷布団、地味な色のカーテン。ご飯を一緒に食べていたテーブルも低いし、なんだか背の低いわたしに合わせて視点が下げられたようなちょっと嫌な感じだ。
彼が仕事を辞めて一緒に住もうか。と言ってからもうちょうど一年になろうとしている。芸大の同期で、昔から優しそうな彼だったけど、大学で勉強した芸事を活かせない『不動産』という職業に就いた。
不動産という仕事は本当に大変そうで、帰ってくるのも遅いし、同僚の人達はみんな明くて夜遊びするタイプなので、彼はどんどん影響されて変わった。わたしがご飯を作って待っていても、帰って食べればどこかに行く。帰ればお酒とタバコの匂いがきつい口で無理矢理。
付き合うまで。正直、最初はこういうことにならないんじゃないかなって思ってた。喘息持ちで休みがちなわたしを心配して、車で夜景を見るがてら空気の美味しいところに連れて行ってくれたり、たくさん海も見に行った。新卒の二人だからお金もそんなになくて、でも色々工夫してくれるし、頑張ってる姿が可愛くて付き合うことにしたんだから。
同棲する前の彼の誕生日。プレゼントを買ってあげたくてバイトを始めた。別に夜職とか水商売じゃない。ただのゲームセンター。その時は本職のほうも、コロナでリモートワークになったばかりで楽だし、身体の調子もすごく良かった。
でもそれがバレちゃって、俺のために無理しなくていいとかそういう事を言い始めて、本職も辞めて同棲をした。
わたしはどこか受動的になってしまう事が多くて、他人と生活するのは嫌だったんだけど、自然に楽をしようとしてた。そこで彼を止めてればこんな文章も書いてないと思う。というかわたしが止まれば良かったんだけど。
朝、起きるとスーツに着替えて彼は仕事に行く。狭い部屋のクローゼットを開けて着替えるんだ。わたしがアイロンをかけてピシッと伸びたその姿はかっこいいな。と思うけど、寝ぼけたわたしの長い髪を、敷布団をまたぎ損ねて踏んで行く。もうおわりにしよう。
ーもう慣れたよ悠二。
ん?
ーよく髪の毛踏むよね。痛いけど慣れた笑
謝れってこと?ごめんごめん行くわ
ーいやそういうんじゃなくてわかれよっか
ごめんごめん
本当に今日は帰ってきて欲しくない。と思った。
本当に痛いのも無理矢理なのも慣れっこなんだわたしは。