第06話 あらやだ、偶然ぶつかっちゃった
「ほわー、ここが王宮かあ」
カテリーナの手配した馬車を降りたリリスは、初めて見る宮廷を興味津々で眺めまわした。
「本当に初めてなんですね」
案内係兼監視係でついてきたクララベルに言われ、最低限令嬢っぽく見えるドレス(カテリーナ支給)を着たリリスが振り返る。
「初めてじゃないっすよ? 記憶にないくらい小さい頃にも、一度来たらしいっす」
「それは初めてと変わりません」
廊下を歩いていても、街中と違って身分が高そうな人ばかりが歩いている。さすが王宮だ。まるで世の中に貴族しかいないみたいに見える。
「はー、お金持ちそうな人ばっかりいるっすね~……ここもしかして、私が足を踏み入れていい場所じゃないんじゃ」
「あなた、一応貴族令嬢でしょうが」
◆
カテリーナに特命工作員として雇われたリリスは最低限の訓練(スパイじゃ無くてマナーの)を受け、ついに(ほぼ)初めて王宮へ踏み込んだ! 貴族令嬢なのに!
「それで、アタシはまず何をやれば」
工作員1号に問われた侍女が、廊下の先を指さした。
「まずは王太子殿下とばったり顔を合わせ、運命の出会いを演出します」
「王子様って希少生物なんでしょ? そう簡単にうろついてるもんじゃ……」
「だから私が、出会える確率の高い場所を確定して連れて来ているのです」
リリスは思わず後ろから付いて来るクララベルを振り返った。
「クララさんがやった方が早いんじゃ……」
「それは最近毎日のように思っていますが、私はお供としてでないと宮廷内を歩けないんです」
「じゃあ、お嬢様がやれば……」
「何の為にこんな事をやってるのか、覚えてます!? お嬢様の好感度を上げてどうするんですか」
侯爵家の侍女の調べでは、王太子ミシェル殿下はちょうどこの時間に友人たちとここを通りかかるらしい。
クララベルがじろっとリリスの顔を覗き込む。
「まさかと思いますけど」
「なんすか?」
「……殿下のお顔、きちんと覚えて来ましたよね?」
「もちろんす! お嬢様に見せられた肖像画をちゃんと覚えました!」
自信満々に答える男爵令嬢に、クララベルは複数人を描いた小さな肖像画を突きつけた。
「殿下はどの方?」
リリスはしばらく視線と指先をさ迷わせ……。
「一番男前の人っすよね? これかな」
「この中にはいません」
リリスが真顔になる。
「設問が間違っているっす」
「ちゃんと記憶しているかどうか、引っ掛け問題です。聞いたのはたった一人、しかも超有名人ですよ!? なぜ覚えられないんですか!」
「いやー、アタシも覚えようと頑張ったんすけどね? お嬢様のくどい説明がうるさくって、視覚情報が頭に入ってこなかったっす」
「あ、あー……それは……とにかく今、コレを見て覚えて下さい」
◆
「うわー、遅刻遅刻ー!」
いつも通りに剣の練習に行こうと、友人たちと歩いていた王太子ミシェルはおかしな声を聞いた。けたたましい足音とともに何やら騒々しい気配が近づいてくる。
「うん?」
聞こえてくる方を見ると、猛スピードでミシェルの方へ突っ走ってくる少女の姿。
「え?」
緊急事態で逃げているんじゃあるまいし、王宮で走るなんてありえない。呆気にとられた王子たちは、思わずぽかんと見つめてしまった。
どこかの令嬢らしいその娘は、あっという間に近づいてくると。
「どいたどいたどいたーっ!」
威勢のいい声と共に、ミシェルへと突っ込んできた。
王宮の人々は見た。
はしたなくも廊下を走る令嬢が、見事に途中の通行人をかわしながら王子様へ突撃かますのを。
「だらっしゃー!」
「ぐふぉっ!?」
猪突猛進の少女に跳ね飛ばされ、王太子は宙を舞った。
「殿下ーっ!?」
「大丈夫ですか!? お気をしっかりなさって下さい!」
「あ、ああ……大丈夫だ、大事ない」
慌てふためく側近たちに助け起こされ、よろよろ起き上がる王太子。
……の脇で、潰れたヤモリのように寝そべっていた少女がガバッと顔を上げた。
「あれ!? しまった、私が助け起こすもしくは助け起こされるはずだったのに!」
王子は助け起こされちゃったし、まだふらついてるから助け起こしてくれそうも無いし。
「これじゃ駄目だわ!? よし、テイクツーいこう!」
王太子が何とか無傷っぽいのでホッとした学友が、その王太子にぶつかってきた慮外者がいたのを思い出した。
「おい、きさま何のつもりで……あれ?」
そこの床に伸びていたはずの少女がいない。
「おかしいな。王子に当たってきた痴れ者はどこへ行った?」
「む、本当だ。いないぞ!?」
取り巻きたちががやがやし始めた、ちょうどそこへ。
「いやーん、遅刻遅刻ぅ!」
不穏な叫びにハッと見れば、問題の女がはるか向こうから駆けてくる!
「おい、またアイツだ!」
「え? なんで繰り返してんの?」
またもや猛スピードで突っ込んでくる少女。
「……まさか、もう一回やる気か?」
「はっ!? おい、王子を守れ!」
突撃してくる少女と王太子のあいだに、慌てて側近たちが割って入るものの……。
「なに!?」
「嘘だろ!?」
彼女は引き絞り放たれた矢のように、一直線に飛び込んで来たかと思うと。
「なんと!?」
風に舞う木の葉のように。
「うおっマジか!?」
岩間を流れる清水のように。
少女は機敏なステップで、拘束しようとする王太子の側近をするりとかわす。
「おい、誰か捕まえろ!」
「とにかく通すな!」
避けられない間合いへ飛び出した伯爵令息がなんとか立ちふさがる。そしてこれで捕まえられるかと思ったら。
ふっと左へ沈みこむ令嬢。
阻止する側も合わせてディフェンス。
「もらったぁ!」
しかし次の瞬間……。
ぬるりと動いた令嬢が、右から突破!
「体を変えた!? ……フェイントだとっ!」
愕然とするお坊ちゃんを置き去りに、リリスが一直線に王子様の元へ……の前に、最後の砦が立ちはだかった。
「やらせはせん! やらせはせんぞ!」
王太子一行の中でも、一番運動神経に優れた王国騎士団長の長男。最終関門である彼が、謎の令嬢の突破を許さない。
機敏な足捌きで完全にリリスを捕捉した騎士団長令息が、被さるように手を伸ばした。
「よしっ! ……んおっ!?」
鍛えた巨体が空を掴み、あらぬ方向へ……。
「うわぁぁああ!?」
相手の勢いを利用して一本背負いで床に叩きつけたリリスは、後ろも見ずに走り抜ける。
そして……いまだ足元がおぼつかない王太子へ、見事フライング・ボディ・アタック!
「ごめんあさっせー‼」
「うわぁーっ!」
王太子は今度こそ、テラスの外まで空を飛んだ。
これにて正月3ヶ日の特別進行を終えまして、明日からお昼1回の更新となります。




