第26話 お菓子の出どころ
「さあどうぞ! なかなか美味そうでしょ?」
と言われても。
宰相令息がメガネの位置を何度も直す。
騎士団長令息がひきつけを起こしそうな顔で喉を鳴らす。
彼らは差し出された菓子を前に、同じ事を思っていた。
なぜ揚げドーナツが、こんな見るからに気持ち悪い色になっているのか?
青紫色と言っても、その色合いはブルーベリーや葡萄のような瑞々しさを感じられる感じじゃない。敢えて言ったら熱帯雨林にいる、極彩色の甲虫(もちろん有毒)のような……。
王族に出所不明なものを食べさせられないとか、身元卑しき者が外部から持ち込んだものは信用できないとか、そう言う当たり前の理屈をすっ飛ばして……まず皆が思ったのが、
“とてもじゃないけど、口に入れたくない”
持ってきた男爵令嬢が、なぜウケると思って勧めるのかがまず分からない。
いつぞやうっかり食べてしまった“ジロウ”なる料理も、確かにヒトの食べるものには見えなかった。だがあれはまだ、「食材でできている料理」なのは分かったのだ。
(ちょっと盛り付けた見た目が超庶民派過ぎた)。
だけど、この菓子? は……そもそも食品らしさが、全くない。
そんな人々の困惑が分かっていないのか、出した本人はどうぞどうぞと勧めている。
「あれ? 皆さんいらないんすか?」
「いや、だっておまえ……これ……」
割とチャレンジャーなダントンでさえ、こればかりは勇気が出ないようだった。
そんな彼らの姿を見ていて。
「あら?」
レイラはなぜか既視感に襲われた。
(なぜかしら? 何か、覚えがあるような?)
あんな毒団子みたいな菓子、見るのは絶対に初めてで……。
……“毒団子”?
その言葉にハッとしたレイラが、それでも(まさか!?)と思った時。庭園を分ける生垣の向こう側に、自分の取り巻きたちが忍んでいるのが見えた。
「ん?」
伯爵令嬢と子爵令嬢は、こっちのグループに見つからないように気を使いつつも……レイラに対して、何かを伝えようとしている。
(あの子たち、今日は……)
今目の前でバカをやっている男爵令嬢へ、トラップを仕掛けるよう命じてあったはず。
その二人が必死に腕でバツを作って、レイラに向けてジェスチャーしている。その意味するところは……。
(まさか……)
つまり。
これは。
(……男爵令嬢に食べさせるはずだった毒団子!?)
レイラは思わず呻きそうにになって口を押えた。
(どういうこと!? アレはコイツに食べさせて……食べ、させて?)
状況から察するに。
王太子殿下の御前へ出るのに、男爵令嬢は手土産が無いのを気にしていた。
それがちょうど菓子を拾い、良い物だと思って一人で食べるよりも献上を選んだ。
なるほど、思考の順番として正しく筋が通っているように見えて……途中の判断が肝心なところで間違っている。
(殿下に落ちてた菓子を食べさせようと思うんじゃないわよ!?)
言えないけど言いたい。
今すぐあらん限りの語彙力で罵声を浴びせたい。
しかしそれをやってしまうと当然、なぜそれを知っているのかという話になる。
だけど言わなければ、コイツに押し付けられて食べる羽目になってしまう。
リリスを止めるのか、止めないのか。
隠すために食べるのか、食べないのか。
究極の選択を迫られたレイラは、声に出せない悪態をつきながら脂汗を流して唇を噛み締めた。
◆
毒団子を持って勢いよく走り去ったリリスを追いかけた取り巻き二人だけど、お嬢様の足の速さなどたかが知れている。
結果的にお茶会の会場まで付いてきてしまい、おまけにうちのボスがキレまくっていたので怖くて口を出せなかった。
それで何となく生垣の陰からお茶会? の様子を覗いていたのだけど……事態は二人の想定を高々と飛び越えた。
(ちょっ、マズいですわ! あのアホ毒団子を、あろうことか出席者たちに!?)
(何を考えたらあんな物を他人に勧められますの!?)
拾い食いまでは予想してた。
でも、そんな物を王子様に食わせるって、どこのバカが考えるだろうか。
本物を知らな過ぎた彼女たちはさっき以上に慌てたが、ここに至ってはどうしようもない。
慌ててレイラに向かって身振り手振りで「それ、あかん!」と知らせるが、教えられた方もまさか「それ毒です」なんて言えるわけがない。
(どうしましょう!?)
(これは、いざとなりましたら……)
二人は顔を見合わせ、頷いた。
親分に任せるしかない。
◆
「あれー?」
なぜか皆、食べない。
リリスは首をかしげた。
これはきっと、アレだ。
お金持ちたちはこういう時、やたらとマナーを気にするのだ。
「あー、つまりアレじゃね?」
リリスは皿を王太子に突き出した。
「なんで育ちが良い人たちって、人目ばっか気にするのかにゃー……どうぞ王子様!」
「えっ、私!?」
いきなりの指名に、さすがの博愛主義者もビビっている。
「どうも皆さん、一番偉い人が手を付けないと食えないみたいっす」
「それはそうだけど!?」
問題点はそこじゃない。
出席者は思わず全員でツッコんだ。
(ちょっと、誰か強く止めなさいよ!?)
侯爵令嬢はパニック寸前の内心を押し隠しながら周りを見回すけど、誰も彼もバカ娘に飲まれて制止する事を忘れている。
みんな、慣れすぎちゃったのだ。
「あー、えーと……」
さすがに口に入れる勇気が出ない王太子に、リリスは更にじりじりと迫る。
「んもう、アレっすか? ラブい感じにアタシからの『あ~ん』待ちっすか? にゃはは、王子様ったらしかたないにゃー」
(そうじゃないでしょ!? それは私がやることよ!)
あんたもそうじゃない。
宰相令息を見る。
身の程知らずが王子に迫るのを、口を開けたまま呆けてぼんやり見つめている。
(ええい、いざという時に役に立たないわね!)
こいつはダメだ。
騎士団長令息を見る。
矛先が自分から他人に移ったことで露骨にホッとしている。
(仕事しろ!? このクソが!)
思わずお下品な言葉が漏れてしまう。
ほかの男連中も大なり小なり同じようなありさまだ。
(役立たずどもがぁ……!?)
高慢で自己中で有名な侯爵令嬢は珍しくも、今日に限っては一番の常識人だった。
「お待ちなさい!」
制止の声がかかったのでリリスが見ると、新人ちゃんが立ちはだかっていた。
「この私の許可もなく、あなたは何をするつもりですか!」
「はあ」
この時、レイラは言うべきことを誤った。
普段の「偉い自分」が出てしまい、まるで“「あ~ん」に自分の許可がいる”みたいな言い方になってしまった。
だから、リリスもそう考えた。
「分かったっす」
「あら、そう?」
バカ娘が意外とあっさり手を引っ込めた。
レイラが拍子抜けしていると、リリスはなぜかレイラに菓子を突き付けてきた。
「じゃあ、美味しいところを譲ってあげるっす」
「……はっ?」
底抜けのアホは、にっこり笑ってレイラに言った。
「レイちゃん王子様に「あ~ん」してあげたいんすね? 今日のところはその出番、譲ってあげるっす」




