第11話 らっしぇい!
「とびっきり美味しい昼食を食べていただきたい! そういう真心をたっぷり込めて、このリリスちゃんが精いっぱいの手料理を準備したっす!」
「あ、そう……」
満面の笑みのリリスに対して、王子の取り巻きたちはいまいち嬉しそうではない。
(コイツの『精いっぱい』って、絶対ロクなもんじゃないぞ)
(食って大丈夫なのか? 我らはともかく、殿下に万一のことがあっては……)
(そもそも宮中にロクに出入りしたことも無い貧乏男爵家なんだろ?)
リリスの信用がモノを言い、誰もカワイイ女子からの差し入れを喜ぶ者がいなかった。
そんな空気の中で、手を出すのはやはり一人しかいない。
「諸君、せっかくだからお招きにあずかろうか」
「殿下ッ!?」
誰にでも気を使う男が最初に手を上げたのでは、他の者も嫌とは言えない。それ以前に王太子の口に入れる前に、まず誰かが毒見をしなくては……。
いやいや頷いた一人がつぶやいた。
「コイツのことだ、一体何を弁当に詰めて来たのやら……」
手料理なんか一度も見せてもいないのに、ここまで言われるリリス。初対面のショックがどれだけ大きかったか分かるというものだ。
そしてリリスは期待を裏切らない。
「え? 弁当じゃないっすよ」
当然みたいに言われて、全員の顔が一瞬で無表情になった。
「……まさか、昼飯とか言いながら菓子でも作ってきたのか?」
剣の練習なんかで汗を流す成長期男子が、甘い物を飯の代わりになんかできる筈がない。
だがリリスはそれも笑って否定した。
「アタシはお菓子なんか作れないっす」
「じゃあなんだよ!? 前提条件が絞れないのがすでに怖いよ!?」
「それは見てのお楽しみっすよ~」
「それが怖いと言っているんだ!」
そんなリリスが物陰から引き出してきたのは……。
屋台。
独りで運べるように車輪付きだ。
「下ごしらえは済ませてあるからお待たせはしないっすよ」
「いやいやいやいや!」
「なんすか?」
「おまえ、これ……王宮の門を通ってきたのか!? コレで!?」
「何をバカみたいに当たり前な事を言ってるんすか。王宮の中でどこから屋台なんか調達するんすか」
「そういう事が言いたいんじゃなくてな⁉」
屋台の裏に回り込んだリリスはすでに煮え立っている寸胴へ材料を放り込んだ。
「いやあ、真似して出してた店はいくらでもありましたけどね。そういうのはやっぱり形だけなんすよねえ」
「いや、まずどんな料理かを教えろよ」
「その点アタシのは直系の店主直伝だから、そこらの真似っことは味のレベルが違うっすよ!」
「直伝て!? そんなに知られたものなのか? なあ、おい?」
「おっ、待ちきれないって顔っすね? もうすぐっすよ~」
「だから、何を作っているんだ!? おまえはまず話を聞け!」
「よし、まずは二人前~」
人の話を聞かないリリスがそう言って出してきたのは。
半球型の深いボウルに、限界まで山盛りの野菜のごった煮。
その山の表面を覆うように敷き詰められた、やたらと厚切りな煮豚肉。
やけに食欲をそそるけど、何かが分からない暴力的な薫り。
「へい、ジロウお待ち!」
ジロウという名の、よく分からない料理だった。
「……」
男たちは誰も何も言わず、リリスが突き出すほぼ球体のシルエットをしげしげと眺める。
食材を使っている「何か」であることは、見れば分かる。
脂の乗った肉の照り照り具合とか、庶民ならコレを見て美味そうと思うかも知れない……しかし。
貴族の食卓に、こんな異様な盛り付けの料理なんか、出てこない。
このビジュアルはちょっと、ここにいる者たちには食べ物に見えない。
そしてまさか正体不明の料理を、いきなり王太子に食わせるわけにはいかない。
そうなると、誰かがまず手を付けないと……。
「……」
リリスの正面に立っていた騎士団長令息のダントンに、自然と視線が集まる。
「……えっ? 俺!?」
「まあ、そうだよなあ」
「うむ。こういう時に先陣を切るのは……」
「お、おい……」
後は言わなくても分かるだろ? と言いたげな同調圧力に負けて、泣きそうなダントンがリリスの差し出すボウルを受け取った。
騎士団長令息は、手渡された物体をしげしげと眺めた。
「これ、要するに煮込み野菜に肉を載せたものか? こんな荒っぽい料理、野戦中の給食でも見たことがないぞ……」
「野菜の下にはヌードルも入ってるっす。肉・野菜・ヌードルを一緒に食う料理っす。下町で大人気だったんすよ」
「庶民はこんなものを喰っているのか……」
覚悟を決める意味で喉を鳴らしたダントンは、恐る恐るフォークで一口……。
「……うそだろ?」
「どうした、ダントン!?」
「……ウマいんだ……美味いっ!」
「えっ⁉」
「嘘でしょう!?」
危険物が意外と美味かった。
警戒していたのが的外れだったのを理解し、ダントンは普通に食べ始めた。そしてどんどん勢いよくむさぼり始める。
「なんだこれ……見た目は品性のかけらもない盛り付けなんだが、濃い味のスープに絡めたシャキシャキの野菜とつるっとしたヌードルが不思議と合う……そしてこの分厚い煮豚が、口の中に入れると噛む前にとろけて……脂どころか、赤身までがしっとりとほぐれて口の中で溶けてしまうだと!?」
「兄ちゃん、やたら細かいっすね。美味いって言えば良いんすよ、一言で」
目を丸くしている観衆の中、それなりにマナーに習熟しているはずのダントン氏が品性のかけらもなく貪り食う。
「くそっ、美味い! 止まらない!」
そのガツガツした食い方に周囲を囲む王子の取り巻きたちも、思わず無意識につばを飲み込んだ。
およそ荒ぶる食欲と無縁な王太子も、これには興味をそそられた。
「ふむ。ではリリス嬢、私もいただこう」
もう片方に王子が手を伸ばし、食べ始め……。
「なるほど、これは……何だろう、食欲を誘う薫りだ」
王子も行くなら他の者も後に続く。
二人の食べっぷりを見て、残りの取り巻きたちもワッと屋台に群がった。
「つ、次は私に!」
「俺にも!」
「あーい、順番でお出ししまーす!」
◆
リリスから「騎士団の練習場近くで昼に手料理を振舞う」と知らされていたので、カテリーナたちも遅れて現場へと向かっていた。
今日の作戦の段取りは。
まず皆が喜んで食べているリリスの手料理を、カテリーナが見つけて叩き落す。しかるのち「こんな下賤な物を殿下に食べさせるなんて!」と声高にリリスを糾弾する。
皆が美味いと思ったものをカテリーナが聞く耳持たず貶すことで、王太子たちに侯爵令嬢への悪感情が溜まる。そういう流れ(になるつもり)だ。
「でも、あのリリスに美味しい手料理なんか作れるのかしら」
現場まで急ぎながらも、カテリーナが首をひねった。後ろからついて行くクララベルも、腑に落ちない顔をしている。
「そこがまず問題でして……侯爵邸から料理を出そうかと聞いたのですが、自信があると断られました」
「本当に大丈夫なの? 誰も手を付けてなかったら、そこで終わりなんだけど」
リリス、王子の取り巻きどころか侯爵家一同からも信用がない。
「まあ、おかしなものを食わせてたなら別に名目が経ちますけどね」
ナネットはそう言って肩を竦めるけど、それならそれで王子が心配になるカテリーナだった。
そして、人だかりを見つけて近寄った三人は。
「……なに、これ?」
異様な光景に、思わず立ちすくんだ。




