第1話
お楽しみください。
世界全土が震撼した“魔霆”の存在。
後世にも凄惨たる戦跡を遺した。
止まない被害、蹂躙──その結末はひとりの剣士が担った。
後に“剣卿”と呼ばれるその剣士は仲間たちと共に世界を知り、全てを苦しみから解放し、遂には“魔霆”の喉元に刃を突き立てた!
大きな戦いが終わってもついぞ平和は訪れはしなかったが人々は口にする──「平穏な世」だと。
凄惨さにも花が彩られ、時代も移ろい、生き残ったかつての兵士の掌には権威が添えられた。
三十年。
“剣卿”の名を尋ねれば、親の親世代から子の子世代も想像する姿はまさに伝説!
“剣卿”マイオ・マイクマイ。
歳月過ぎれば、経験を重ねれば容姿も考え方も人は変わる。
マイオは金に困っていた。
「条件ひとつも欠けることなく、とされる場合ですとご提示いただいたご予算では大幅に……」
「そう、ですか」
と、街の不動産屋にて机上に置かれた資料、計算された金額とにらめっこするこちらの老人、伝う汗は彼のふくよかなアゴ肉の曲線をなぞった。
「ありがとうございました!またのご来店お待ちしております」
中肉中背、やや前に腹が出た御年62歳、かつての“剣卿”マイオ・マイクマイ。帰路に着く彼の背中は夕陽に照らされても面影を見ることも無いほど情けなく、意気消沈からかたくわえた口髭は少し湿気を含む。
「マナスを魔術連に通わせようと思うの」
「魔術連──たしか王都の高等教育機関、だったわよね」
「先月学園で試しに受けた認定調査での判定で魔力の値が高かったの。ま、通わせると言っても試験の結果次第だし、あの子が行きたくないと言えばそれまでなんだけど」
「王都なんて結構距離あるぞ?通学ひとつとっても一苦労だ」
「んでね、近くに引っ越そうかな~って」
「ユーリくんの仕事の関係もあるだろう」
「でも彼、普段から遠征が基本だからあんまし関係ないんだよね。今度帰ってきたらそこも含めて話してみる」
「じぃじ剣ごっこしよっ!」
そんな会話をした一年前。
つい先日届いた一報。「合格」の文字に歓喜しつつ、妻の発言がマイオを駆り立てた。
「そうか、王都となるといままで通りには会えなくなるな」
「……寂しくなるわね」
物憂げな表情、見覚えがあった。そしてそれを蔑ろにした過去も。
マイオは決断した。
「王都に家族みんなで住めるような家を建てよう!」
「は?」
「前々から考えてはいたんだ。マノアやユーリくん、マナスが実際に共に暮らすかどうかは一旦置いておいて、みんなが気軽に集まれるような家を」
一言ありそうな顔のシワを横目で流して
「ま、世界救った分の貯金はあるから安心しろ」
暗礁に乗り上げていた。
単純な壁を前に思考を巡らせても一向に解決法が見つからず帰路は残すところ坂道越えての一本道。探せばいくつでも解決法は見つかるだろう。しかし、今のマイオにはそこに至るメンタルケアには時間がかかった。なによりも一番はあんな自信満々に家を飛び出した手前、収穫もなく、難しいと伝えた妻の顔が想い浮かんだこと──男としてのプライドがただでさえ街と自宅を繋ぐ長い道のりを足取り重く、永遠とも思える道へと変えた。
坂越えた先から静謐な夕陽模様に似つかわしくない喧しい笑い声が漏れ出ていた。
職業斡旋組合。
(建物が出来ていたのは知っていた。一線を退いてから活発化した商いのようだが、その実、実態は詳しく知らないな)
最後まで読んでいただいてありがとうございます!
貴重なお時間をいただいたのを少しでも返せたらなと思います。
これからよろしくお願いします。