不快感 【月夜譚No.58】
ゴキブリだって懸命に生きていることには変わりないのだ。嫌いな人間、許せない相手、誰にだってそういった対象が一人はいるだろう。だが、その人もまた一つの命を持った存在だ。
その人を好きになれとか、許せなどとは言わない。そう思おうとしたって、結局嫌いなものは嫌いだし、許せない思いは心の奥底に燻り続けるものだ。ただ、その者の命を揺るがすような真似だけはしてはならない。相手がどんなに厭な存在であっても、それだけはしてはならないのだ。
しかし――ずっとそう思ってきたが、この思いは一体何処に吐き出せば良いのだろう。胸の内に轟々と滾る熱く苦しいものは、どうやっていなせば良いのだろう。
シャツの真ん中辺りで拳を握ると、くしゃりと布が歪んだ。それと同じように、まるで自分自身も歪んでいるような気さえしてくる。
――嫌いだ、こんなものは。酷く自分が醜く見えた。