ユカの物語①
真っ白な世界にひとりの少女がいた。
色のない無色の世界。
目に映るものすべて、空も雲も建物も自分の服や身体さえ全てが真っ白で色のない世界だった。
ここはどこで、私は誰だっけ。
「いってきます!」
6月のある晴れた朝、少女の声がある一軒家から聞こえてきた。
少女は真新しい制服に身を包み、踵の擦り減っていない茶色のローファーを履いて家を出た。
染めていない綺麗なまっすぐに伸びた黒髪は肩程の長さで揃えられている。衣替えのため卸ろした夏服の制服は、半袖のブラウスの襟元に赤いリボンもきちんと結かれ、青いチェックのスカートのプリーツも膝丈でふわりと揺れた。
「いってらっしゃい」と微笑む両親を後に、少女は学校へと向かった。
少女の名前はユカ。今年高校に上がったばかりの15歳だった。
ユカは家から最初の角を曲がると、軽やかな足取りを止めた。
今しがた曲がった角を振り返り、ふぅとため息をついた。
―学校に行きたくない―
それがユカの本音だった。
ユカは高校入学と同時にかかった麻疹を拗らせたまま世間はゴールデンウィークに突入し、学校に行けるようになる頃には5月も半ばに入っていた。
その頃にはクラスも「仲いいグループ」ができており、仲間外れにされている訳ではないものの、新しく来たユカが馴染める雰囲気ではなかった。
ユカは両親がやっと授かった待望の一人娘で、プレッシャーを受けている訳ではないものの、ユカなりに両親からの期待を感じており、高校は仲のよかった中学時代の友達が多く進学した学校ではなく、偏差値が少し高い知り合いのいない高校へ進学していた。
「可愛い一人娘が地元では少し有名な進学校へ嬉しそうに通う」
それが両親の願いであり、そう見せることが親孝行であると思っていたユカは、毎朝明るく楽し気に家を出ていた。
しかし本当は―。
「学校に行きたくないなぁ」
ユカは気持ちとは裏腹にキラキラ輝く青空を見上げながら呟いた。
ふぅと一息ついてから思い直し、進むべき道に顔を戻した。
そして、重たい脚を引きずるように学校へ向かった。