不老不死と青年
【不老不死】これを、聞いて皆はどのような感情を抱くだろう?大体は、羨望の感情を向けるだろう。だけど現実は、酷く退屈なものだ。
これは、集落の外れにある屋敷に住む、不老不死の女性のちょっとしたお話。
窓から差し込む日の光で目を覚ます。着替えを済ませ、朝食を摂る為に寝室から出る。廊下に出ると雑巾や箒などの掃除用具がそれぞれ意思を持っているかのように動き掃除をしていた。
この屋敷では、この光景が日常だ。この屋敷は、1人で住むにはあまりにも広すぎる。当然手入れなんて行き届かない為魔法で勝手に家事が行われる様にしている。
食堂に着くと、出来たての朝食が配膳されている。食器とカトラリーが当たる音だけが響く。食べ終わったら、庭に出て散歩したりら雲を眺めて時間を潰す。午後になったらガゼボで庭に咲いてる花を見ながらお茶を飲む。そして夜になったら夕食を食べて、お風呂に入って寝る。一言も喋らない。こんな生活を500年続いた辺りから数えるのを止めてしまった。私の時間は、止まっている。寂しいと言う感情も忘れてしまった。
いつも通りガゼボでお茶を飲んでいると
「待って!」
後ろから大きな声が聞こえたので振り向くと、私の胸に子犬が飛び込んで来る。そして肩で息をする少年がいた。
「ご、ごめんなさい!散歩してたら、犬が逃げ出してしまって」
少年の手元を見ると千切れた紐を持っている。
「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。それにしても可愛いわんちゃんね」
「君、名前は?」
「ミ、ミハイです」
「そ、ミハイ。私の名前は、エリカよ。よろしくミハイ」
■
次の日今日も私は、ガゼボでお茶を飲んでいると、
「こんにちは、エリカさん」
「ミハイいらっしゃい、貴方のこと待っていたのよ」
昨日、いつもこの時間帯にお茶を飲んでいるから遊びに来てほしいと言っておいたのだ。ミハイに席を勧める。私は、ミハイのために買い足したカップにお茶を注ぐ。 雑談しながらお茶を飲んでいると。
「それにしても安心しました」
何が?と言い先を促すと
「エリカさん、町では魔女って言われていて絶対に近づくなって言われているんです。呪われるからって」
私が、何年経っても一切年を取らないから、そういう噂が流れているんだろう。
「あ、今日はもう帰らないと」
「明日も来てくれる?ミハイ」
「勿論」
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「あれ?ミハイ身長伸びたわね。初めて会った時なんて私の肩位だったのに」
「エリカさん、当たり前じゃないですか。あれから4年も経ってるんですから。今年で俺も成人です」
ミハイとお茶を飲むのが日課になってもう4年がたつ。最初の頃は、可愛らしい少年だったが今は、青年だ。身長も私がミハイの肩位になっている。
もうミハイは、私が不老不死である事を、知っているが気味悪がらずに接してくれている。
「エリカさん、今日はもう帰りますね」
「あら、もうそんな時間なのね」
ミハイが庭から出ていくのを見送る。最近ミハイが居なくなると寂しくなる。これまで寂しいなんて感じた事なんて無かったのに。
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ミハイが成人して、働き始めた。そのおかげか筋肉がつき逞しい体つきになった。どんどんかっこよくなってきている。
「……ん。……カさん。エリカさん!」
「え?」
意識を戻すとミハイが顔を覗き込んでいる。
「大丈夫ですか?ボーッとしちゃって少し顔も赤いですし」
「大丈夫よ。気にしないで」
「そうですか……」
少し、納得が出来ていないような返事が帰ってくる。
「そういえば、ミハイまだ結婚はしないの?普通は、そろそろでしょ?」
成人して働き始めて仕事に慣れて来ると結婚を考えて始めるのが普通だ。
「今、結婚を申し込みたい人がいるんです。それの資金を貯めてるところです」
少し、胸がチクッと痛む。
「そうなの。いい返事が聞けるといいわね」
「はい!」
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今日のミハイは、どこか落ち着きがない。一言でいえば挙動不審だ。時々深呼吸なんかもしている
「ミハイどうしたの?具合でもわるいの?」
「だ、大丈夫です。き、気にしないでください」
「そう」
お茶が冷めてきた頃、ミハイが急に席を立つ。
「エリカさん」
ミハイがポケットに手を入れ何かのケースを取り出す。それを私に向けて開ける。
「僕と、いや俺と結婚して下さい」
ケースに入っていたのは、指輪の様だった。
「ミハイ?私あなたより、ずっと年上よ?」
「歳なんて関係ありません!そんな事を気にしていたら最初からこんな話してません」
ミハイがこれまでにないくらい、真剣の顔だ。
「ミハイ、指輪付けてくれる?」
ねぇ、ミハイ恥ずかしいから貴方に言わないけど。この長い人生できっと今が一番幸せよ。
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結婚してから30年たった。ミハイの髪に白髪が混じって来ていた。しかし、今は渋みのある男性と言う感じでダンディーと言う言葉が似合う。
「ミハイも、歳をとったわね」
「ダンディーな男になっただろ?」
と言いながら歯がキラリと光りそうな笑顔を向けてくる。
「それ、自分で言うことじゃないわよ」
今日もミハイと日課のお茶を飲む。
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「エリカ、そこにいるか?」
「いるわよ、安心して」
そっとミハイの手を握る。ミハイは、歳をとり今はもうベットから起き上がる事も出来ない。
「エリカ、私と結婚してくれてありがとう。本当に感謝している。君を1人残してしまうのが悔しい」
「私も貴方との日々が楽しかった。大丈夫私は貴方よりずっと年上なのよ。1人になっても問題ないわ。だからゆっくり休みなさい」
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「今日の茶菓子いつもより上手く出来たわね」
この言葉に返してくれる者は居ない。ミハイは、居なくなってしまった。当然だ、私は不老不死なのだからこうなる事は予想出来ていた。しかし……
「ねぇ、ミハイ貴方が居なくなってから、1人でいるのが寂しくなってしまったわ」