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正負の境界  作者: ぬしま
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先が見える世界

 月明かりの中、白い髪の少女は優しく微笑む。

 神々しく。その姿はまるで聖母のように。

 彼女は目の前の男に近づくと、その手を彼の頭にかざす。

 彼はその姿を見て、呆然としていた。

 そして彼女が何か唱えると、彼は意識を失った。


 目覚めると頭はすっきりしていた。

 毎日の頭痛や、気持ち悪さ、憂鬱な気分などまるでなくなっていることに気づいた。

 いつものようにテーブルの上にあるタバコを取り、口にくわえる。

 だるい頭で起きて、一本吸ってから雑に身支度をして仕事に行く。

 ぎゅうぎゅうに詰まってビニール袋にまとめられたタバコの数が、その年数を物語っていた。

 しかしそこでふと思った。

 もう必要無いのでは無いか。


 一つ下の大卒の上司の言葉も、ハゲ散らかしたおっさんの嫌味も、ババアになっても女子でいるつもりのセクハラコールも、もうどうでもいい。


 窓を開けて、吸い殻が散乱したベランダへと出る。


「空ってこんなに広かったっけなァ。」


 そこには、青々しく。広大な空が広がっていた。

 いつもはあんなに灰色なのに。


 ふと、自分の掌を見ると赤い炎に包まれていた。

 不思議と驚きはなかった。燃えているのではなく、燃やす力なのだとなぜか理解できた。


 試しに部屋の壁に向けて、力を解放する。

 すると手に纏っていた炎が壁のシミに真っ直ぐ飛んで行った。

 壁には大きな穴が開いていた。


 この家も、もう必要ない。


「ははッ」


 この力で、全てから解放される。

 そう思った。




「おはよーちひろ。」

 眠気まなこで学校へ歩いていると、目の前で私を待っていた相手に声をかけられる。

 いつも通り。いつもの時間くらいに、いつもの挨拶を交わす。

「おっすー。」

 正直この朝の気分で挨拶するのは面倒だ。

 適当に挨拶を済ませ、合流して横に並んだこはると学校へと歩を進める。

「、、、でさー、、が、でー。」

 こはるの一方的なトークを聞き流しながら、朝見た夢の続きを考えてぼーっと歩く。

 朝は本当に辛い。目覚まし消して、さあ動くぞと思ったらいつのまにか寝てるし、とりあえずお茶と思っても低血糖で握力なさすぎてお茶開けられないし。

 ちなみに昨日見た夢は学校がバイオハザードして空想のイケメンのあんちゃんといちゃいちゃしながら生き残る夢だった。つづけ。

「ちょっと!ちひろ聞いてないでしょ!」

 やべ

「え?いや聞いてたよ。こはるが彼氏できたんだっ「んなわけないじゃん殺すよ?」

 殺気。びっくりして眠気が覚めた。

「そうだよねー、こはるなんかに出来るわけ、、いや見合う男なんていないからねー」

「そうなんだよねえ、あんまりかっこいい人いないんだよねー。じゃなくて。」

「ラインで告白ってどう思う?」

「え?なんで?」

「だーかーらー、昨日私の友達が告白されたんだって、ラインで。それが今時なのかなー?とか、されたらどう返したらいいのかなーとかそんな話だったじゃん?」

 正直全く覚えていない。人の話を全く聞かないところは私のいいところの一つだ。えっへん。

「んーどうかなぁ、告白されたことないからなぁ。」

「え、何?以外。もう告白何回もされてると思ってた。」

「ははー、こんな無気力な女に告白するやつなんていないでしょ。」

「いやいやー、それがあるのが恋愛だよ。ちひろは顔は可愛いからあると思ったんだけどなぁ顔はね、顔は。」

「はいはい顔はね顔は。」

「自分が男子だと仮定してちひろが同じクラスだったとするとー、、、あーたしかにいっつもたるそうで近づくなオーラも出てるから近づかないかも。」

「まぁ少しは意識してるからね。そういうの。」

 恋愛絡みのいざこざは本当に面倒だ。あの子がこの子を好きになって、それが気に入らない誰かがピリピリして、、、

 とまあ簡単に友情が崩壊したり立場が危うくなったり、、、

 そんなことは避けたいので私はそういう立ち位置を意識してやっている。

 なるべく男子とは喋らない。目線を出来るだけ合わせない。学校以外で話すことも連絡もとらない。

 もちろんレズではないが、そう思われたほうが好都合だ。

「へー意識してやってたんだ。うーん、そういうのってやっぱり過去の経験からっすか。」

「まぁ、、、ね?」

「なるほどぉ」

 あんまり話したくない顔をして答えると、それを察してくれたこはるは変な顔をしながら納得した。

 その後も、男子との接し方についてのトークは教室に入るまで続いたが、ラインで告白の話はどっかに消えた。


 席に着き授業が始まると、思考のパターンが会話用から一人で考える用にかわる。

 自分にとって学校に行ってすることというのは勉強ではなく考える時間だ。

 昨日見た映画のストーリーを思い出して考察をしたり、窓から見える景色が通学路のどこだとか、五億当たったら何に使おうだとか。

 先生の話を聞いていても眠くなるだけだ。

 どうせノート書いて復習すればテストで点は取れる。

 それにそれ以上勉強する理由は私にはない。


 今日も退屈すぎるくらいに平和だった。


 学校が終わると、ゆったりと帰る支度をしている私の席に、先に支度を終えたこはるがやってきた。

「いつも思うけどすっごいゆっくり教科書しまうねえ。」

 ゆっくりと支度する私をよそに、こはるは窓の外の運動部へと目を向ける。

「それにしてもよくみんな部活動とか出来るよねー。授業が始まる前に来て、終わっても残るとか私じゃ考えらんないわー」

「それに関しては全面的に同意。夏は暑いのに走るし、冬は寒いのに走るとか。」

「そうそう、せめてやるなら全部空調の効いたところでやりたいよね。」

 そんな話をしながら、学校を後にした。


 夕方になって完全に覚醒した頭なら、まともに会話ができる。

 通学路を歩きながら、こはるの友達の話や、クラスメイトの噂。他愛のない話題を共有しながら歩いた。

 それはこはるの中学時代の友達の話になった時だった。

 突然。駅の方から爆発音がした。

 初めての感覚だった。体や空間ごと揺れるような音を聞いたのは。

 爆発音のした方向を見ると、少し先のビルあたりから黒い煙が立っていた。

「え?なにガス爆発?」

 取り敢えず見に行ってみよう。

 内心少しワクワクしていた。


 近くまで来るとそこには視界いっぱいの真っ赤な世界だった。

 ビルは激しく燃え盛っており、激しい弾けるような音と、人々の悲鳴。サイレンの音が大きく聞こえていた。

 私達は結構な数の野次馬の最後尾に行った。

 完全に非日常の光景だった。

 あの中に何人ほど人がいるのだろう。今どうなってしまっているのだろうか。大丈夫なのだろうか。

 最初に思うべき思考も、しばらくしてから湧き出てきた。

 私が最初に思ったのは、ただ。非日常への好奇心だけだった。


「うわぁ、あれやばそうだね、、、」

 いつもは明るい表情を保つこはるも、被害者の多さが一目で分かるこの状況では不安そうな表情で見ていた。

「野次馬になるのもあれだし、、いこ?」

「あ、うん。いこう。」

 もう少し非日常を味わっていたいと思う気持ちを抑えて、しばらく赤い炎に釘付けになりながら私は火災現場から離れた。



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