証拠,
それと同時に妙に思考がクリアになって行くような感覚になり、これからのどのように生活していくのかを考えている自分がいる。
第二王子のルイスだけでなく本来わたくしを護衛しなければならないシュベルトまでわたくしにたいしてこの対応。
恐らくこの状況から考えてお父様もわたくしの妹は抱き込んでいるのであろう事が伺える。
すなわち今わたくしには味方が一人もいないという事であり、だからこそ妹は実行に移したのであろう。
それも多くの貴族だけではなく我が帝国の王族達も集まる今日を狙って。
我が妹ながらここまで完膚なきまでにやられると天晴れと思えてくる。
そしてそう思わなければ、強がらなければわたくしは声を上げてはしたなくも泣いてしまいそうで。
「証拠はあるのか?」
「あ?」
「マリアがやったという確固たる証拠はあるのかと聞いている。まさか証拠も何も無いのにこんな事をやっているわけでは無いよな」
そんな時わたくしの元へ近づいてくる足音が聞こえたかと思うとその足音の主はわたくしを庇うような発言をする。
しかし相手は第二王子であり、わたくしの妹は腐っていたとしても公爵家の娘である。
いくら位の高い貴族といえどそうやすやすと、しかもタメ口で名乗りもせずそんな事を口にできる者など本来ならば居ようはずもないのだが、わたくしはそのような方を一人だけ知っていた。
「お前には関係ない事だ。誰かこの物を捕らえよっ! 不敬罪にて後ほど処するから逃がすなよっ!」
「このような常識もわきまえない者など私が取り押さえてくれよう」
第二王子のその言葉により真っ先に動いたのは先程までわたくしの頭を押さえ地面に押し付けていたシュベルト。
彼の強さは帝国軍大隊長かそれ以上であり恐らく今日この場では第三王女レミリア様に次いでの実力の持ち主であろう。
そしてわたくしを庇ってくれる者へ逃げるよう口にしようとして、その者が誰なのかを、正確には誰の婚約者なのかを思い出す。
「邪魔だどけ」
たったその一言でシュベルトをまるで羽虫のごとく会場の窓から外へ吹き飛ばしてしまうその姿はまさにレミリア様の婚約者であると言えよう。
その後も第二王子が飼っている護衛等が彼を取り押さえようとするもことごとく城外へ吹き飛ばされ、もはや彼を取り押さえるどころかその歩みを止める者すら残っていなかった。
「で、話を戻すが証拠はあるのか?」
「しょ、証拠ならあるっ! マリア・ドゥ・フレールの妹であるアンネが何よりもの証拠であろうっ!被害者自身が語っているのだからなっ!」
第二王子ルイスは唾を飛ばし激高しながら抱き寄せているアンネこそ証拠であると声高々に叫ぶ。
もはやそのみっともない姿やわたくしに対する事実無根の罪をなすりつけるだけではなく、数多の貴族がいるこの場所で全員に知らしめるかのように断罪または魔女裁判の如く攻め立て挙句の果てに婚約を破棄すると吐き捨てたのだ。
こんな人間はいくら第二王子といえど敬称など必要とはまったくもって思わない為心の中で呼び捨ててやる。
「ほう、アンネという者の証言が証拠であると言うのか」
レミリア様の婚約者様はルイスの言葉を聞きアンネに問いかける。
「そうだっ!」
「お前少しうるさいぞ。俺はお前ではなくアンネに聞いているのが分からんのか? 少し黙れ」
「貴様ぁっ! さっきからなんだその言い草はっ!? 俺は王国第二王子ぐべあぎゃっ」
そして件の第三往生レミリア様の婚約者であるお方がわたくしの妹であるアンネへ近づき視線を向け問いかけるもその問いにはアンネではなくルイスが激高しながら答える。
しかしレミリア様の婚約者が問いかけたのはアンネでありルイスではなくアンネに聞いていると、黙るように言うのだがそれを聞いたルイスが自らの第二王子という立場を武器に怒鳴り散らしながら言い返すのだが、そんなものはそれが通用する相手にしか効果は無く犬の餌にも劣ると言わんなかりにどこからともなく生成された金属製のナイフのようなものでルイスを床に磔にする。
それはまるで実験解剖時のマウスのようである。
「で、話を戻すがアンネ、お前は確実に証拠たりえる何かを持っているのだろうな。ここまでの事をしでかしたんだ。今更証拠は持ってませんでしたは通用しないぞ?」
「あ、ああ………姉に毎日のように裸にさせられ背中を鞭で叩かれ棒で殴られましたわっ!」
当のアンネはレミリア様の婚約者が金属を扱い、自分の体の一部のように扱うその様を間近で見た為、彼の魔術師としての強さに一瞬怯むもありもしない嘘をまるで悲劇のヒロインであるかのように語りだす。
恐らくルイスはこの妹という魔女の演技にまんまと騙されたのであろう。
その事がたまらなく悔しい。
しかしレミリア様の婚約者は魔女の言葉に耳を傾けるところかより一層疑いの目を向ける。
「では今この場で脱いで背中を見せてもらおうか。本当にマリアが貴様を日々裸にし背中を鞭や棒で叩いていたのだとすれば貴様の背中には見るも絶えない生傷や古傷が残っているはずだろう?」
「こ、この場で服を脱ぎ背中を見せよだなんて汚れなき乙女へ何たる言い草ですのっ!! 信じられませんわっ!!」
「勘違いして貰っては困るな。今の貴様に拒否権など無いに等しいという事を」
「きゃぁっ!?」
そう言うとレミリア様の婚約者はアンネの服を無数のナイフで切り刻み上半身下着姿となる。
突然の行為にアンネは悲鳴をあげ身体を隠す様にしゃがむ。
本来であればレミリア様の婚約者が批難されてもおかしくない状況にも関わらずあたりは静まり返り誰かが息を飲む音が聴こえて来る。
そしてアンネの背中には傷一つない美しい玉のような肌がそこにはあった。
それが意味する事が分からないような者はここにはいない。
「そもそもおかしいと思っていたんだよ」
「………どういう事ですの?」
そんな中、レミリア様の婚約者が徐ろに喋り出しアンネは親の敵の様にレミリア様の婚約者を睨み付けるながらその先を促す。
「最初、王国第二王子であるルイスがお前を抱き寄せた時、その巨乳をルイスの胸板に押し付けていたのだが躊躇う素振りも恥じらう素振りもなかった当然第二王子であるルイスも同様にだ」
「そ、それがどうしたと言うのですの。ルイス様は紳士であるという事では?」
レミリア様の婚約者の話を聞き、アンネがそれに答える。
自らの嘘がバレてしまっているというのに以前どこか余裕めいたその態度に何か他にあるのではと勘ぐってしまう。
それと同時にあれはわたくしの妹は悪魔に魂を売ったんだと思ってしまう。
「童貞を舐めてんのか? もし、第二王子であるルイスが童貞ならばお前のような巨乳を自らの胸板に押し付けられた状況であのように立ち振る舞う事など不可能なんだよ。ましてや抱き寄せたついでに尻を触るなどというような行動など頭が胸で一杯で出来る筈がない。そしてお前が処女ならば胸を異性の胸板に押し当てているだけでなく尻まで触られて恥じらいの一つも見せないなどまず有り得ない」
「そ、それがどうしたと言うのですの。お互いにその様な汚らわしい感情を持っていない何よりもの証拠ではなくて?」
「それこそふざけた話だ。人間は人間である前に動物であり子孫を残す為の本能は動物である限り無くならない」
そこでレミリア様の婚約者は一度深く呼吸をすると射殺さんばかりにアンネを睨み付け、その殺気にアンネは小さく悲鳴をあげる。
「貴様等、性行為をやりまくってんな? さぞ童貞を掌で転がすのは簡単だったろうよ。なんせ童貞、しかも年頃の男性など性行為をさせてしまえばそれしか考えられなくなる猿になるからな。そして、お前はシュベルトとも寝た。だとすれば本来マリア様の護衛役でもあるシュベルトがこうも短略的な行動を取ってしまうのも理解できる。シュベルトの場合は大方嫉妬による行動であろう。『俺は第二王子よりもお前の事を思っいる』という意思表示と共に」
「そ、それこそでまかせ、嘘ですわっ! このわたくしが婚前前にも関わらず異性と蜜ごと、それも隠れて二人と交わっていただなんてたとえ嘘だとしても不敬罪で死刑ですわよっ!!」
レミリア様の婚約者が語った内容にアンネは権力を振りかざし喰ってかかる。
しかし、そもそもが相手が王族の婚約者である為自分の、公爵家の次女としての権力などあって無いようなものである。
確かに今はまだ婚約者である為確かに立場としては今はまだアンネの方が上なのかもしれない。
しかしその婚約の内容も最上級の契約なのである。
このまま何事もなく婚姻関係が結ばれた場合不利な立場に立たされるのはどちらかなど子供でも分かる力関係であろう。
それは言うなれば今この場にいる者達がそれを分からないはずがないという事でもある。
更にアンネは先程わたくしに虐められていたという嘘を暴かれたばかりである。
その事からこの場に居る者達がどちらの話を信じるのかは火を見るよりも明らかであろう。
「あ、貴方達っ! わたくしに向かって、次期王妃に向かってその様な目を向けて良いと思っておいでですのっ!?」
ざわざわ、ざわざわと少しずつ少しずつ騒がしくなっていく野次馬貴族達に堪らずアンネは犬のように吠えるのだが、低くとも怒りを宿したその耳に残る声音が辺りを再び静寂にさせる。
「本当か? アンネ」
「ルイス様……何の事ですの?」
「お前はこのシュベルトなどと言う騎士と蜜月を交わしたのかとっ! 言っているのだっ!!」
「そ、そんな訳ないじゃないですの。わたくしがこんな、ただの平民崩れの騎士などと蜜月を交わす訳ないじゃないですの」
「アンネ様、あの夜私と交わして下さいました約束は、嘘であったと言うのですか? あんなに激しく求め合った仲では御座いませんかっ!!」
「うるさい黙れ蛆虫っ!! 一回身体を許しただけでわたくしの心まで手にしようとしてっ!! 図々しいったりゃありゃしませんわっ!!」
この瞬間、空気だけではなく時間すらも凍った気がした。
そしてアンネは自分の発した言葉の意味を次第に理解し始めたのか凍った空間から「違うんですのっ! 違うんですのっ!」と必死に取り繕うとするのだが最早後の祭りである。
次の瞬間にはゴシップ好きの貴族の女性達の声で騒がしくなる。
そしてわたくしは強い意志と共にアンネ、ルイス第二王子、シュベルトと前へと歩き出し可哀想な者を見るような目で彼らの前に立つ。
「ルイス様、貴方様の希望通り婚約を解消致しましょう。シュベルト、貴方は今日限りでわたくしの護衛件従者を解任させて頂きます。明日より我がフレール家へ来なくて結構です。そしてアンネ、今この時よりフレール家の名を語る事は許しません」




