よくある台詞-前編
長くなったので二つに分けます
家の中にいても何も始まらない。
そう思い、最近の日課に散歩を組み込んだ。
日々移り変わるもので、最近まで在った筈のビルが更地になって売りに出されていて、前は此処に何があったんだっけ、なんて考えてしまう。
薄情なのかもしれないが、無いことが当然の世界に浸っていれば、いつかそれに慣れてしまうもの。
人間の感覚は自分に対する痛み以外には鈍く出来ているものだ、なんて悟った風を装う。
ぶらり。
ぷらり。
宛ても無く歩いていると、二駅先の商店街まで来てしまっていた。
何の目印も無しに、二駅先まで来られるなんて、私の方向感覚も捨てたものじゃないな、などと一人でふんぞり返る。
勿論それは心の中でのことで、実際には、お昼休憩をとっている労働者の合間を、丸めた背で歩き進んでいる。
この背中が真っ直ぐ立つのは、いつになるのだろう。
そう思いながら、ぼちぼちと商店街の中を歩いて、そうして出口付近に差し掛かった時。
「幸せですか?」
整った顔立ちの青年に、呼び止められた。
「…はい?」
――あ、失敗した。
如何してこういう勧誘ばかり引っかかるのか。
こういう手合いは関わらないのが一番だというのに、返事をしてしまったつい五秒前の自分を思い切り殴りたい。
内心諦め半分で、出逢い頭に質問をくれた青年を見詰める。
最近外出していないこよりよりも白い肌に、ふたつ嵌め込まれた空色の眼は穏和な微笑の為に細められている。
先程耳朶を打った言葉は随分と流暢な日本語だったので、想像していた発言者とは全く違う容姿に、少々面食らってしまった。
それに、他国の人間をこれ程間近で見るのもそうそう無いことだったので、じっと自分の瞳とは全く違う色合いの双眸を見詰めた。
話す時は人の目を見て話せ、という小学校の教師の教えに則り続け、今では人の目を見るのが癖になっていた。
大抵相手は、その強い眼差しにたじろぐのだが、彼は然程気にした様子も無く、微笑を一層深めた。
パッと見、穏やかそうな好青年だ――只、黒いスーツに黒いネクタイ、というのは葬儀屋を髣髴とさせるが。
「神様を、信じますか?」
ああ、ちくしょう。やっぱり好青年じゃない。
走り去りたい衝動と同時に、本当にこういう人がいるのだ、と思わず興味が湧いてしまったのも事実で。
漫画や小説位でしか聴いたことのない質問に、こよりはまじまじと青年を見詰めてしまった。
大多数の日本人と違って、他国の人間は宗教に熱心な者が多い――というのは、ニュースを観た印象の所為だろうか。
宗教一つで戦争が起こせてしまうというのだから、その信心深さは脱帽ものだと思う。
まあ、共感は出来ないし、しようとする気も全く湧かないが。
とにかく、こういう手合いには下手なことを言っちゃダメだ、ダメだ、と自分に言い聞かせていると、彼が問い掛けを続けた。
「神様は、いると思いますか?」