ごきげんよう・ごきげんよう
高校を卒業して、今年で二年目。
就活氷河期時代は未だに続いていて、その結果…――というのは言い訳に過ぎないが、現状めでたくフリーターである。
否、正しくは「だった」。
蘆原 こより、二十歳。
――そして、無職。
中学時代に朝の新聞配達、高校に入学して以降は飲食のアルバイトをしながら、空いた日にイベントスタッフ等の単発の仕事をこなしていた。
思い起こせば、単発ではあるが一応多岐に渡って色んな仕事を経験し、高校を卒業間近になると長期の仕事を探し始めた。
日雇いの派遣を続けていた時期もあったが、その派遣会社が何を思い何があったのかさっぱり分からないが、急に連絡をくれなくなった。
とまあ、毒にも薬にもならない言い訳はさて置き、諸々の結論として、――お金が無い。
今住んでいるアパートは六畳一間でトイレと風呂と洗濯機付、なのに家賃は格安の二万五千円という素晴らしいお得物件だが、その家賃もこの侭の状態だと数か月すれば払えなくなってしまう。
「…今日犯罪者になったら、無職女性って呼ばれるのか」
かくり、と項垂れながら呟いた少々物騒な発言は、犯罪者になる事前提の話で。
勿論なる予定は無いものの、そんな発想が浮かぶ程度には如何やら困窮しているらしい。
何にせよ、現状を如何にか打破しなければ、と見飽きる程睨みつけていた求人情報誌から視線を背け、ベッドから降り立つ。
一旦落ち着く為にお茶を飲もうとキッチンへ行くと、テーブルの上に何かが置いてあった。
チラシ特有の、薄っぺらいのに妙に頑丈そうなつるつるした紙は、とても小さい。
行き付けの服屋さんから来るシークレットセールのお知らせも、確かこれ位のサイズだな、と思った。
つまり、ハガキサイズ。
記憶が無いが、昨日ポストに入っていたものを持って、その侭卓上に放っておいたのだろうか。
カラー刷りでデカデカと書かれていたのは、『高時給! 社宅完備! 難しいお仕事はありません!』。
「うわー…」
「胡散臭さの代表ですが、何か?」、という内容に、思わず目を眇めてしまう。
裏面を見てみれば、「あなたは特別です!」「あなただけのお仕事!」「あなたにしか出来ない!」と全面に押し出していて、何だか心の距離も物理的な距離も引いてしまった。
タコ部屋というやつの新手の勧誘だろうか、それともこの社宅という所で訪れた男性達を喜ばせるという?
正直、この切羽詰まっている状況で貞操観念が云々と説く訳ではないが、卑猥な仕事は高時給でもつい身を引いてしまう。
かといって、こよりには水商売に対する差別意識は無く、需要と供給が見合っている立派なお仕事だと思っている。
お水な女性達もそれなりのレベルを要求されている訳で、顔が良くても頭がすっからかんなら飽きられる、というのは高校時代の友人談だ。
友人の中にはラウンジで働いている子もいたので、ちょくちょくそういう話を聴いていた為、特段抵抗は無い。
無い、――が、自分が働くと考えた場合、想像が出来ないのと長く続けられる気がしない。
客を殴り従業員を蹴り倒す姿が鮮明なビジョンとして脳裏に浮かび、即座に却下した。
ハガキには「卑猥なお仕事ではありません!」、と最後の行に書かれていたが、それが此れ以上無いほどの嘘臭さを倍増させている。
先ず、どんな仕事か書いていない時点で駄目だ。
連絡してしまったら最後、個人情報を抜き取られてしまう、というのがありありと分かる。
求人情報からゴミと化したハガキは、近くにあったダストボックスの中に放り込まれ、
――薄くて軽い紙は、音も無く底の方へ落ちて行った。