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遥飛蓮助アンソロジーシリーズ

夕立

作者: 遥飛蓮助

 周りが火を噴くトカゲや、翼の生えたヘビを『ドラゴン』と呼ぼうと、小さい頃の僕は『彼ら』のことを『ドラゴン』と呼んだ。


 彼らは銀杏の形を似ていた。黄色い体は細くて、脚も鱗もなかった。カーブがかかった両翼は動かないようで、毎年秋になると、風に運ばれてやってくる。

 草原を横切る彼らは、山脈のような群れを成す。どんなに注意深く見上げても、頭と呼べるものはなかった。だから、両翼の中心に、こぶのようなでっぱりを発見した時はとても嬉しかった。

 反対方向から、彼らと同じ鳥の群れがやってきた時だ。

 こぶの薄皮が捲れたと思った瞬間、まるで竜巻が起こったような強い風が吹いた。それぞれの方向に体をひねった彼らが、ものすごい勢いで鳥の群れに突っ込んでいったのだ。

 数匹がその両翼で次々と鳥たちを捌いていき、残りの数匹は真下に落ちてきた鳥の死骸を『口』で受け止める。滴る鳥の血は、彼らのいる場所だけ赤く染まった。

 僕がこぶだと思っていたものには、薄皮に似た瞼があり、同時に鋭い牙があった。

 恐怖で震え上がった僕は、尻尾を巻いて逃げ出したものの、次の年にはケロッとして彼らを見に出かけた。今にして思えば、彼らのことを『変な生き物』だと侮っていたのだ。

 

 ある年、小さい個体を連れた彼らに遭遇した。

 他の個体はゆったりと風に身を任せているのに、そいつだけ右へ左へ、ゆらゆらと動いていた。僕は一発で「こいつは風に乗るのが下手だ」と思った。もしかしたら、初めて落ちるところが見られるかもしれない、とも。

 案の定、そいつはドシンという地響きを立てて、草原の真ん中に落ちた。片翼と体は地面に対して斜めに刺さり、こぶの薄皮――瞼を持ち上げ、一つしかない目を忙しなく動かしていた。

 僕はそいつにばれないよう、地面に這いつくばって様子を眺めた。他の個体は先に移動しているから、自分で体勢を立て直さなければいけない。彼らの翼は羽ばたかない。脚もないし目も一つだけ。

 やがてその目も動かなくなると、さっきまで風の乗り方を馬鹿にしていた僕は、「このまま死んだらどうしよう」という不安に駆られた。

 しばらくすると、僕とそいつがいる場所だけ雲が灰色になり、雨が激しく降り出した。夕立だった。

 僕は急いで立ち上がると、そいつは瞼を閉じて体をひねり、両翼を水平にした。

 そよ風が、だんだん強風へと変わる。そいつの体も、風が強くなればなるほど、だんだん浮き上がっていく。

 僕と同じ目線だったそいつが、また見上げる存在になる。

 僕の頭の中で、彼らが鳥の群れを襲った場面と、『ドラゴン』という単語が浮かんだ。どんな動物よりも、どんなモンスターよりも圧倒的な存在。小さい個体といっても、体は大人より大きい。僕は、『変な生き物』と侮っていた自分が怖くなった。

 雨に打たれながら、足がすくんで動けない僕を尻目に、そいつは元いた空へと戻っていく。

 耳の奥から「今だ!」と叫ぶ声が聞こえた。

 動けないはずの僕は、気がつくと、その細い体にしがみついていた。『ドラゴン』と呼んだそいつを怖いと思ったばかりなのに、僕はなぜか、悔しいと思った。風に乗るのが下手だったくせに、いっちょまえに風に乗ってみせるなんて。変な生き物のくせに、僕を怖がらせるなんて。そんな度胸があるなら、僕を上まで運んでみせろ。

 そいつの体は、子どもの僕が両腕でしがみついても細かった。けれどお互い雨で濡れていたせいで、僕は数センチ浮き上がったところで落ちてしまった。

 背中をしたたかに打った僕は、雨と泥でグチャグチャになりながら、そいつが空へ戻っていく姿を見送った。

 雨上がりの空と、空にかかる虹。僕と同じように雨に濡れた『ドラゴン』は、また風に運ばれていく。

 僕は「負けたー!」とか、「ちくしょう!」とか、『ドラゴン』に向かって叫んだことを覚えている。悔しさの中から、達成感が芽生えたことも。

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