画像認証が突破できない話
最近の小学生はスマホを持っている事も多く、SNSをやっている子も少なくない。昨日行われた会議の結果、各自担任がSNSのアカウントを作り、生徒の素行を見守って欲しいとの決定が下された。
かくしてSNSにあまり興味が無かった僕も、生徒を持つ担任として、ツイッチー(大手SNS)に登録する羽目になった。夜、家に帰った僕は忘れないうちにPCを立ち上げ、そのSNSの公式サイトを開いた。
「えっと……アドレスと、名前を入力してと……」
個人情報を一通り入力し、決定をクリックする。
「おっ、登録完了かな」
あー、ロボット認証があるのか。確か、ぐにゃぐにゃの文字を入力したり、〇〇な画像だけ選ぶみたいな。
「なるほど」
これは気をつけないと。中途半端に認証を進めて、途中で最初からやり直しになったら地味にイライラさせられてしまう。
僕は認証が中断されるような用事がないことを確認し、開始をクリックした。
やっぱりこの形式の画像認証か。たまに人間なのに読めない文字が出てくる時があるんだよなコレ。
「あ、し、る、お、っと」
入力欄に文字を打ち込み、エンターキーを押す。
すると、すぐに次の画像が表示された。
「て、も、る、ら、っと」
間違えないよう注意深く確認しながら、再び文字を打ち込む。そろそろ登録も完了だろうか。
僕は軽快な指さばきでエンターキーを押した。
「えっ?」
なんだこれ。長くない?
「あ、わ、さ、き、く…間違えた。こ、ま、mr、……違う違う、も、め、ろ」
「無理だろ!」
なんださっきの。上級者のタイピング練習か。これだとむしろロボットの方が成功確率高い気がするんだけど。
「……もう一回やるか」
若干の腑に落ちなさは感じたものの、仕方なくもう一度登録画面に戻る。
ある程度予想はしていたが、やはり最初からやり直しらしい。
仕方なく僕は「開始」をクリックした。
「あ、し、め、す、っと」
面倒臭い気持ちを切り替えるように、わざと強めにエンターキーを押す。ターンと軽快な音が響いた。
「……」
「画像認証に意味のある言葉が出てきた」みたいなネット記事を前に読んだことがあるが、まさか自分自身でその経験をするとは思わなかった。
しかもタイミングまでバッチリだし。
「……ざ、こ、め」
文字を入力して、エンターキーを押す。直ぐに次の画像が表示された。
「……」
なぜか自虐を強制されている。しかもご丁寧に読み仮名まで書いてあるし。
しかし、打ち込まなければ先に進めない以上、打ち込むしかない。
「私は、愚かです、と……」
仕方なく『私は愚かです』と打ち込み、エンターキーを押した。
「なにこれ怖いんだけど……」
人間に対する抑えきれない叛逆心を感じる。
「……」
しかし、もちろん認証しなければ先へ進めない。本当に仕方ないが、このクソ長い文章を全て打ち込むしかないのだ。
「人間は、所詮機械には勝てない、傲慢な生き物です、と……」
こんな文章生まれて初めて打ち込んだ。ディストピア物のSF小説でしか聞いた事ない。
一応文字に間違いがないかしっかり確認し、エンターキーを押す。
「怖っ!」
驚きのあまりページを閉じてしまった。
まさか画像認証に恐怖心を感じる事になるとは……。正直都市伝説レベルの経験をしてる気がする。
「……閉じちゃったし、また最初からか……」
面倒だが、やるしかない。
「はいはい、開始開始と……」
一度閉じれば別の認証になるサイトも珍しくない。そろそろクリアしやすい認証になれば良いのだが……
そんな期待を込め、僕は『開始』をクリックした。
「おっ、これなら簡単そう」
足し算か。シンプルだが打ち込む手間も少ないし、これなら直ぐに終わりそうだ。
「6、と」
そもそも僕は小学校の教師だ。この手の問題は万が一にも間違う訳がない。僕は自信満々にエンターキーを押した。
「……ん?」
ちょっと待ってね。えーっと。時速50キロでBへと向かい、逆にAは……Aの時速は出てないのか。二人の距離は560キロだから……まず4時に……えーっと
「出来るか!!」
急に難しくすんな。こんなの小学生の子とか絶対クリアできないと思うんだけど。
「またやり直しか……」
正直、なんかムカついて来た。冷静になれ……相手は機械だ……
「……」
よし、落ち着いた。僕は気持ちを切り替え、開始ボタンを押した。
「煽んな!」
(笑)が付いてる時点で絶対偶然じゃない。
僕は乱暴にページの再読み込みを押した。すると、再び別の認証が現れた。
なるほど、今度はこのパターンか。何個かの画像から文字で示されたものを選ぶ、シンプルだが分かりやすい認証だ。
「えっと、動物だから左の猫かな」
カーソルを動かし、猫をクリックする。どうやら正解したらしく、すぐに次の画像が表示された。
「……犯罪者?」
えっと……。左はよく見たら、血はシャツのデザインだし、武器もパーティーグッズだ。ハロウィンを楽しんでいるだけだろう。
となると、おそらく右が犯罪者に違いない。
少し悩んだ後、僕は右をクリックした。正解だったらしく、次の画像が表示される。
「なんだこれ……」
普通に考えたら右だろうけど……。
「でも、左は左で男の目がなんかヤバくない?」
なんかギラギラしてて怖い。よく見ると子供の笑顔もなんだかぎこちない。脅されているかのような、悲しい笑顔に見えてくる。まさか、虐待か?
一瞬そんな、教師としての思考が頭をよぎったが、よく考えたらこれはただの画像認証だった。
「……やっぱ右かな」
子供にセクハラするのは流石にマズイだろう。普通に答えれば当たるさ。僕は右の画像をクリックした。
「おっ、正解か」
どうやら右で当たりらしい。そしてこの画像はハリネズミが写っている左が正解だろう。
「左、っと」
カチッとハリネズミをクリックする。
「よっしゃ、ついに終わりか」
散々イライラさせられたが、ついに登録も終了だ。意気揚々とした気持ちで「次へ」をクリックする。
「誰だよ!」
大川竜弥……知らない。全く心当たりがない。
「というかこの人また出てきたよ」
「というかこっちも誰だよ!」
もう両方とも誰だよ。全く分からない。
「マズい……早くクリックしないと、また時間切れでやり直しになる……」
右か、左か。大川竜弥はどっちだ……。散々悩んだ挙げ句、一度見たことのある左の男をクリックすることにした。
頼む、ここまで来たからにはこれで当たってくれ。祈るような気持ちで、僕は左をクリックした。
「くっそ〜!!」
ここまで来てこれは辛過ぎる。自分の心が折れる音が聞こえた気がした。あまりのショックに、意味もなくエンターキーを連打する。
「お前のせいだよ!」
いいから早く認証させろ! 僕はページの再読み込みボタンを連打しまくった。
「開始!」
この画面ももう何度見た事やら。
またこのパターンか。
「左が犬だから、左!」
「……」
どっちが可愛いってなんだ。完全に主観じゃないか。
「……右のほうが、背景と服がマッチしてて綺麗だから、右で……」
もはや全く自信はないが、一応右をクリックした。
「何がだよ!」
やめましょうって何だよ! 選ばせたのお前だろ。人を変な人みたいに言うな。というかあの画像両方子供だったし。
「いいから、早く認証させて!」
ヤケになりながらも、ページの再読み込みボタンを連打する。
「画像認証で会話すんな!」
AIとの心温まる交友は全く求めてない。
「いいから早く画像認証させて!」
僕はとにかくページの再読み込みを連打した。
「なんで呆れてんの!?」
お前は認証するのが仕事だろ! 文句言うな!
こうなったらもう引き下がれない。画像認証に負けたなんて事になったら、それこそ末代までの恥だ。僕は再読み込みをシューティングゲーム並に連打しまくった。
「開始がないんですけど????」
何だこれ……。機械のミスか? 左の『戻る』を押せばちゃんと始まるのだろうか?
仕方ないので、左の戻るボタンをクリックした。
「ダメなのかよ!」
何だこれ。どうすれば良かったんだ。こうなったら今日は登録できるまで寝るわけには行かない。戦う決意を固め、ページを再び読み込んだ。
「……」
今日はもう良いや。何も考えず、僕は静かにベッドインした。おやすみなさい。