タル男
こんな怪人、大好きです。いたらいいな、とまではいきませんが、見てみたい気はします。
もし続編を書くなら連載でしょうか。タル男の全てを書いてみたいと思います。
「ねえねえ、こんな都市伝説、知ってる?」
都市伝説?
友達である麻野の言葉に、私は思わず笑ってしまった。都市伝説だとか、幽霊だとか。そんな不確実なもの、私は信じない主義なのだ。
しかし、麻野のほうはけっこう真剣だったようで、機嫌を損ねてぷいっ、と顔をそらしてしまった。子供か。かわいくて笑える。
しばらく彼女は口も聞いてくれず、帰りにファーストフード店でなにか奢るという話で決着がついてしまった。
全く、食い意地だけは張った女である。
すっかり、帰りが遅くなってしまった。麻野とのお喋りに花が咲きすぎて、もうあたりは真っ暗、満月が顔を出している。
お母さん、怒ってるだろうなぁ……はあ、気が重い。
もたもたしながら家の前についている策を開けていると、キコキコという耳障りな音が聞こえてきた。油をさしていない、なにか回転するものをむりに回している、そんな感じの音だ。
いったい、なんだろう?
あたりを見回していると、どうやらそれは道路から聞こえているようだった。私の家は道路のすぐ隣に建っている。段々と近づく音に、私は興味を持ち、待つことにした。月が明るくて、車の通りも多かったのが原因かもしれない。
ともかく私は、そのときは恐怖を感じなかった。
「――え……?」
思わず、声を漏らす。ブロック塀の上を、人形――いや、被り物をした頭がすぎていく。ムンクの叫びをモデルにしたような、しかし極端につぶらな目が可愛さを引き出させている白い被り物。そして――
ハサミ。
キコ、キコと、それはゆっくりと前進した。私がばかみたいに突っ立っていると、ブロック塀を抜けて、その姿が晒される。
――樽のように丸々と太った腹、異様に細長い手足、それに不釣合いな小さい一輪車――そして、例の被り物とその肩に乗せる、ばかみたいに巨大なハサミ。
……わからない、これはいったい、なんなのだ?
茫然自失、というよりも色々と頭の中を駆け巡っているせいで動けない私に気づいたのか、奇妙なそいつは一輪車を絶妙なバランスで止めた。下半身は揺れているが、上半身は一切、揺れていない。
そいつは、巨大なハサミを片手に、うちの向かい側の家の塀と、私の目の前にある柵とに手を置いて、ゆっくりと顔を近づけてきた。
そうして、そいつは一言。
「コンバンハ。今日ハ、トッテモ月ガキレイデスネェ」
と、律儀な挨拶をした。色々な声が重なった感じの――複合音声? ボイスチェンジャー? 私はばかみたいに、「はい、そうですね」と返した。
返事に満足したのか、そいつは「夜ハ危ナイヨ、気ヲツケテ」と私の身を案じてくれた。それから、また耳障りなキコキコという音をたてて、ゆっくりと遠ざかって行く。
――なんだったんだ、あれは。
私はお母さんが家の外に出るまで、呆然としていた。
次の日、学校への道すがら、私はつい昨日のことを麻野に話していた。彼女とはいつも一緒に学校に行っているくらい、仲良しだった。
「それって、絶対タル男よ!」
タ・ル・オ?
てっきり、昨日の今日で笑われると思った私は麻野の言葉に面食らった。「可愛かったん? 被り物可愛かったの!? ぎゃー! 見てえ!」と空になった缶をゴミ置き場に捨てる。やかましいことこの上なく、彼女は興奮していた。なんでも、彼女が昨日、話そうとした都市伝説の主人公こそ、私が昨日見た怪人だと言うのだ。
「――で? その都市伝説ってなんなわけ?」
私の言葉に彼女は頷いて、「それはね」と耳に唇を寄せた。
息を吹きかけられた。
思わずびくついて離れた私を、麻野が指を指して笑っている。このぉ……。
「麻野! ゲンコだからね!」
「うひゃあ、怖い怖い!」
追いかけた私をよけるようにして走り出す。もちろん私はそれを追いかけた。しかし、すぐに息が切れてしまう。麻野は、陸上部の選手だ。追いつけるはずがない。
麻野は私を見ながら「ちっちっち」と指を振った。ムカつく。前を歩く麻野へよたよたと走って近づこうとした私。麻野は私をにやけながら見ていたが、急に横を向いた。表情が、消える。
なんだろう、と思ったそばから、麻野の見ているところからなにか黒いものが出てきた。二本あるそれは、彼女の首へ迫る。
「――え?」
じょきん。
嫌な音がして、麻野の首が転がった。
悲鳴をあげる私をよそに、するすると黒いものが戻っていく。壁と、壁の間。細い脇道へ――それを見送る。
ああ、あれはハサミなんだな、と私はなんとなく、だけれど理解した。
そして私は気絶した。
私は、公園のベンチに座っていた。いつもなら、この隣に麻野が座っているはずだった。
――泣きたくなる。
あの後、気絶していた私は病院に送られた。医師の診断を受けて、外へ出た私に警察の人が事情聴取をしにきた。まるでドラマの通りで、私はそれを断った。明日にしてほしい、と懇願した。
翌日、学校に出た私をお母さんは止めなかった。クラスのみんなも、温かく迎えてくれた。いつも意地悪な男子は、これでもかというぐらい優しくて、女子はいつもと変わらず、それでもずっと私のそばにいてくれた。
隣にはゴミ箱がある。――親友を目の前で惨殺された少女。
捨てられた新聞に書き出された一文。気分が悪くなって、そのゴミ箱を蹴り倒した。頭が痛くなってくる。
これから警察へ行くつもりだけど、なんて言おう。なんて言えばいいの? 細い脇道からでかいハサミが、麻野の首をちょん切ったって? 昨日の夜には一輪車に乗った怪人に会ったって? それは都市伝説のタル男です、って!? 言えるわけがない、バカにされるだけだ。
溜息をつくと、からん、という音がした。ゴミ箱に入っていた缶が転がりでもしたんだろうと思って、何気なく倒れたゴミ箱を見た。いや、見ようとした。けど、私は顔をあげた瞬間に、いつの間にか目の前に立っていたそいつから目をはなせなくなっていた。
タル男だ。今日は、黒いシルクハットを被っていて、一輪車に乗ってはいなかった。
タル男は私の視線など意に介さず、そのある意味バランスのとれた体でよたよたと倒れたゴミ箱へ歩いていった。黒いコートの中からチリバサミを取り出して、ゴミ箱を立て直してあたりに散らばったゴミをそれに入れる。
タル男は、一通り――いや、完璧に作業を終えると、チリバサミをゴミ箱にかけて、私の隣に座った。そのデカイ腹だとちゃんと座れないのか、私とは逆方向に、椅子の背に尻を置いている。
「アレハ、君ガヤッタノカイ」
タル男が、シルクハットを私の頭の上に乗せた。私は、答えられなかった。体が緊張して、動けない。体の芯は熱いのに表皮が冷たい、そんな感じだった。まるで、悪夢を見たあと、起きようにも起きれない子供の頃を思い出させる。
いつまでも口を開かない私に、タル男はひとり頷いた。
この後、どうなる。私は、どうなる? タル男の都市伝説って、なんなんだ。
タル男は、よたよたと去っていった。呼吸が荒い。
ぜえぜえと息を吐きながら、動悸を鎮めるために深呼吸する。そうして、やたらと重い頭に気がついた。シルクハットだ。なんでこんなものを……。
けれど、もしかしたらタル男の、なにか秘密が隠されているかもしれない。もしかしたら、警察もタル男のことを信じてくれるかもしれない。
私がそのシルクハットに触れると、中でガラスの割れる、バリンという音がした。
頭から、なにかが垂れてくる。たらたらと、この液体はなんだろう。鼻血を出したときに似ている。
いったい、なにが起きたんだろう。いったい、なにが――
なにが起こったんでしょうねえ。
そこはご自由に想像してお楽しみください。




