しにたがり
「なぜここにいるんだ?」
何故と問われても、習慣のようなものだ。この時間に、私はいつもここにいる。
「なぜ何も言わないんだ?」
言いたいことも特にないので何も言わない。それとも、何か言って欲しいのだろうか。
「止めてくれないのか?」
止める理由などあるものか。そもそも、自らが進んでこの場にいるのだろうに。
「なぜ見ているだけなんだ?」
別段観察しているわけでもない。ただ、いつもの風景に男が入り込んでいるというだけである。
「なぜ、なぜなんだ?」
何を言っているのだろう。質問の意図が愈々わからない。
それにしても、なぜなぜと子供でもあるまいし、質問が多い男だ。
「本当に、俺は、本当にやるぞ?」
すればいいではないかと思う。そのためにここにいるのではないのか。
「頼むから、何とか言ってくれよ。」
先程までとは違い、随分と弱気になったものだ。まるで、何も言わない私を怖がるかのように。
「お願いだよ!」
そう言った瞬間、強い風が吹いた。
情けなく声をあげた男は、よろけ、何かを掴もうと両の手で空を掻き、私を見ながら、視界から消えていった。
随分と時間がかかるものだなぁ。皆、あれほどに躊躇うものなのだろうか。それならば初めからそんなことをしなければいいのだ。
それとも、私がここにいることで男の覚悟を挫いてしまったかもしれない。自身の大切さを、必要を説いてくれるかもしれないという希望を、男に持たせてしまったのだろうか。
どのみち、男は死んでしまった。
それでいい。男はそのためにここに来たのだろう。
私は男が羨ましい。どのような方法を採ったところで、苦痛が伴うであろうという考えが、私を生かしている。
情けない。とは思う。それでも、私には生きることしかできない。
結局あの男は、どうしたかったのだろう。動きが鈍い私の頭では、男の気持ちは想像できなかった。
下のほうが騒がしいように思う。立ち上がり、男が居た場所を見る。
焦ることはない。ただ、待てばいい。
そう思い、私は屋上を去った。