閑話 古代の化石を奪取せよ!
いくつものディスプレイが宙に浮かぶ部屋。
その中心には様々な保存瓶が置かれた机。一人の男が忙しそうに歩き回っている。
メニューにケンサンと呼ばれていた男だ。
相変わらず難しそうな顔をした彼は、部屋のあちらこちらに据えられた実験器具を観察し、パッドを操作し記録している。
ここはケンサンの研究室。テラオの魂に埋め込まれた何かを研究している場所のようだ。
ケンサンは部屋の隅へ移動し、設置されているドラフトチャンバーに腕を突っ込んだ。ガラスで防護されたチャンバー内には、ガラス瓶に入った青白く光るリンゴ大の玉が一つ。
ケンサンは瓶の蓋を開け中の玉を取り出すと、ぶすりと太い注射器を刺した。青白い玉から何かを吸い出すと、別の小さな容器に注入する。
「タマシイに埋め込まれてすぐのナニカは隔離して保存が可能……ですね」
青白い玉は魂だった。魂を使って何かの実験……、ケンサンはマッドサイエンティストなのだろうか。
「未成長のナニカは比較的扱いやすい物のようですね、となると……」
ぶつぶつと独り言を呟きながらパッドに何か記録している。
「テラオ君にナニカを埋め込んだあの化石と思われる物、それと拡散したナニカのサンプルが欲しいですね……。ここは適材適所と言うことで」
「シノービ、ちょっと来てください」
ケンサンは誰も居ない天井を見上げ声を掛けた。
数秒後、ケンサンの前に若い女性が現れた。
十五、六歳位に見える彼女は、健康的に日焼けした褐色肌、ハニーブラウンの長い髪はサラサラと美しく輝いている。
小柄な体にかわいい小顔、くりっとした黒い瞳がちら見えしてるが、まぶた半開きの眠たそうな目をしている。
とてもかわいい美少女なのだが、何故かペンギンがプリントされたスウェットにハーフパンツ、黄色いふわっとした足ヒレ付きシューズという出で立ち。
ケンサンに呼ばれたシノービというのは彼女のことだろう。
「来たッス、お仕事ッスか?」
ちょっとやる気のなさそうな、ベタな子分キャラのような口調が、かわいい女の子の口から飛び出した。
「テラオ君の走馬燈は見ましたよね。彼にナニカを埋めたあの化石の回収をお願いします。それからもう一つ、すでに拡散済みのセカイで、サンプルの採取もお願いします」
「大仕事ッスね。わかったッス行ってくるッス」
シノービが長い髪をふわっと払う動作をすると、その場から消えていた。
◆
シノービが転移した場所は、テラオの前世の世界だと思われる。
駅の改札口付近だろうこの場所には、待ち合わせの目印として置かれているのか、かなり大きなパンダのぬいぐるみが鎮座している。
都会の賑やかな駅構内は人混みで溢れていた。
人混みを避けるように、いや、人混みのほうが避けるようにスイスイと歩いているシノービ。
シノービの隣には小さな女の子が並んで歩いている。
肩まで伸ばした黒髪が揺れる十歳位に見える女の子は、シノービに合わせたのか、羊がプリントされたスウェットを着ている。
「えーと、急な呼び出しなのですが、お仕事なのです?」
「テラッチをあばばばってした化石を奪取するッス」
「えーと、もう少し説明が欲しいなのです」
「勉強不足ッス。テラッチの文化ファイルと走馬燈を見るッス」
というとシノービは女の子に文庫本サイズの本を渡した。
話の流れからすると、テラッチというのはテラオのことで間違いないだろう。文化ファイルは不明だが、走馬燈と合わせて文庫本サイズにまとめられた資料を渡したようだ。
「なるほどなのです、お仕事の内容はわかったのです。でもこの衣装は何なのです?」
「勉強不足ッス。『おしゃれ女子はスウェットの着こなしで大人かわいくなれちゃうぞ!』という記事が、テラッチの文化ファイルに載ってるッス。メイもそれを着れば大人かわいくなれるッス」
「ちょっとズレてる気がするのです……」
小さな女の子はメイというらしい。彼女の言う通り人混み溢れる町中を、スウェットと室内履きにしか見えないふわっとシューズで歩くのは、少々ズレているのかもしれない。
「これから『博物館』に行くッス。保管されている例の化石を奪取するッス。化石は巡り巡って、今はここの博物館にあることは調べが付いているッス」
「ちょちょいと召還すればいいのです、なんでわざわざ取りに来るのです?」
「勉強不足ッス。テラッチをあばばばってしたッスよ。あーしらでも危険な物かもしれないッス」
「きっともう空っぽなのです、抜け殻だから問題ないと思うのです」
などと会話をしている内に、目的地である博物館に着いたようだ。
都心の大きな博物館は人気のある展示物が多いのだろう、たくさんの人がエントランスへと向かっている。二人はエントランスではなく裏へと回る。
「ここからは隠密活動ッス。目立たないように行動するッスよ」
「この格好が目立っている気がするのです……」
かなり大きな博物館は、上から見るとプロペラ飛行機のような形をしている。先端のプロペラ部分がエントランスで、主翼部分に展示室、尾翼側にバックヤードといった配置。
裏口に回った二人は職員用の入り口を目指していた。
「警備員が居るのです、倒すのです?」
「だいじょうぶッス、作戦があるッス任せるッス」
というとシノービは警備員の元へと歩いて行った。
「館長の娘が来たッス、通すッス」
「そのような話は聞いておりませんが……、確認しますのでお待ちください」
「急がないとメイがお漏らししてしまうッス、緊急事態ッス。乙女の恥ッス。トラウマになるッス。責任問題ッス。お嫁に行けなくなるッス」
お漏らし寸前と言われたメイは唖然としていた。
「申し訳ありませんが、許可無くお通しする訳には――」
急にくらっと立ち眩みを起こしたような警備員。髪をふぁさっと払ったシノービ。きっと警備員に何かしたのだろう。
「あーしの魅力でくらっとしている今がチャンスッス」
「杜撰すぎる作戦なのです。もう少しでメイがお漏らし少女になる所だったのです」
この隙にと、二人はコッソリ館内へと潜入した。
「融通が利かないおっさんだったッス。美少女の頼みは何であろうと聞くべきッス。だめ親父だったッス」
いや、優秀な警備員だ。
潜入した二人は資料室を目指していた。件の化石が今どこにあるのかを調べるつもりだろう。
だがこれだけの大きな博物館。バックヤードに誰も居ないなんてことはなく、目立つ格好をした二人は、すぐに館内を巡回している警備員に呼び止められた。
「メイの咄嗟の対応で逮捕は免れたのです、危なかったのです」
「警備が厳重ッス、もっとすんなり奪取できるはずだったッス」
間違って迷い込んだ子供達というメイの演技で、怪しまれはしたがなんとか見逃してもらえた二人。入り口で漏れそうだと言う話をしていたことも、怪しまれずに済んだ理由の一つだった。
「仕方ないッス、プランBで行くッス」
「驚きなのです。行き当たりばったり作戦だけではなかったのです」
◇
「潜入成功ッス、これで勝つるッス」
二人は今、博物館内部に居る。
シノービのプランBとはこのような物だった。
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プランBを発動したシノービはまず潜入方法を変え、メインエントランスへと向かって堂々と歩いた。
頼もしい姉を見るような目をしたメイは黙って付いて行く。
シノービはエントランスに立ちふさがる女性の正面に立つと、髪をふぁさっと払う動作をする。
シノービの右手に怪しげな柄の袋が出現した。
袋の中から複雑な文様が描かれた紙を二枚取り出し、立ちふさがる女性に声を掛ける。
「高校生一枚と小学生一枚ッス」
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以上がシノービのプランB全容だ。
「ちっとも作戦じゃないのです、普通に入場料払って入っただけなのです。最初からこうすれば良かったのです」
「ぐぬぬッス、ぐうの音もでないッス」
と言う訳で、普通に入場した二人は地下展示場へと向かい階段を降りる。地下一階には目的の品はなく、地下二階へ。
「ここが怪しいのです、それっぽい物がいっぱいあるのです」
「走馬燈では顕微鏡を覗こうとしたテラッチがあばばばばだったッス、小さな化石ッスよ」
「アバウトすぎるのです、確定できる特徴が必要なのです。ケンサンに聞いてみるのです」
二人は急に黙り込むと、表情をころころと変えている。テレパシーやそういう類いの物でケンサンと会話しているようだ
「これに間違いないのです」
展示スペースを出て、一階のエントランス付近へと戻った二人。ここは博物館のお土産売り場。
「まさかお土産として売られているとは……盲点だったッスね」
売り場のワゴンに雑に置かれた、小さな標本ボックスに入った小さな化石。十二億年前の微生物の化石らしいが、全く人気がないため売れ残り、他の化石と抱き合わせで安売りされていた。
テラオが小学生の頃は博物館で展示されていた物。ワゴンセールに出されるほど価値が下がるとは……、世知辛い物だ
「任務完了ッスね、ミッションコンプリートッス」
「お買い物に来ただけなのです」