9, 鉱夫達を救出せよ!
「じゃあまたこれね」とメニューがポイと放ったのは、黒い表紙の手帳らしき物。
「それは! あぁー、ぐぁー」
受け取ろうとするもその手をすり抜け、テラオの体の中へと吸い込まれた手帳。途端にテラオは頭を抱えて苦しそうに、痛そうにのたうち回る。
メニューが渡したのは『言語ファイル』と呼ばれている物。『剣と魔法のファンタジー異世界』は、テラオが普段の会話で使う日本語では通じない、それでは不自由だろうという心遣いから、支給されている物だ。
本来は『文化ファイル』という、言語の他にもさまざまな情報が入った物を使うらしいが、テラオではそれを受け入れる容量がないからと、言語だけに限った物を与えられている。
言語ファイルだけでも確かに苦しそうで、いまだにじたばたと転がり回っている。
「ぐぅ、毎回行く前にこれがあるの?」
やっと収まってきたようで、ふらふらとしたテラオがメニューに尋ねる。
「しばらくはそうね、じゃあ準備が整ったら出発よ」
◆
『出発よ』の『よ』で足下に突然穴が発生し、有無を言わさず落とされた。
「ぬぉー、お? っとっと」
前回と同じく、到着した途端尻餅をつくテラオ。
文句を言いたそうだったが、目の前には人だかり。なにやら人が集まる最後列だと気が付き、堪えたようだ。
「たのむ! 土の魔法が使えるなら誰でもいい、報酬はあまり出せないが助けてくれっ。お願いだ-、仲間がっ、仲間が危ないんだー」
何か事件か事故があって、救援のために人を集めているらしい。
「はいはーい、土の魔法使えますー」
ぴょんぴょんと小さくジャンプしてアピールしたテラオ。
他にも数人が参加を表明し、竜車へと案内された。
「本当にありがとう、これから大急ぎで鉱山へ向かう。かなり揺れるが堪えてくれ」
竜車には御者と人を集めていた男、それに募集に応えた四人の計六人。
二頭立ての大きな竜車だが、あまり人が集まらなかったのだろう。
「慌ただしくて済まない、状況を説明する。第七十二坑道が落盤で塞がってしまった、中には作業中の鉱夫達が百名ほど閉じ込められている。俺たちもなんとか道をこじ開けようとしたのだが、脆い天井が崩れてきて先に進めない。常駐している土の魔法使いも、魔力を使いきって今は気絶している状況だ」
救助の鉱夫達が主だった部分の補強はするが、特に脆い部分の補強を土の魔法で頼みたいという依頼だ。
時間との勝負だが、魔法使いに全てを任せるには落盤範囲が広すぎて厳しいだろう、だができるだけ人数を集め人海戦術で魔法を使ってもらうことで、人手による補強よりも時間を短縮したいということだった。
「事故からどのくらい経っていて、あとどのくらい耐えられると予想しているのか教えてくれ」
集められた魔法使いの一人が尋ねた。
「町で募集を始めたのが事故から一時間半ほど、それから一時間募集をしていた。坑道はそれなりに広いから、あと二,三時間は大丈夫だろう」
山道にさしかかった辺りで質疑応答があらかた終わり、到着まで激しく揺れる竜車の中で吹き飛ばされないよう堪える乗員達。
そんな中、御者の隣の席に移り疑問に思ったことを質問するのんきな男が一人いた。
「この竜車も魔道具ですよね? それなのにやけに揺れるのはなんでです?」
「あ? あぁ、安物だからスピードを出すと追いつかねぇんです。本来は荷物をたくさん積む竜車なんで、重量に耐える型の魔道具なんすよ」
「なるほどー、魔道具の竜車にもタイプがあるんだ」
と言うことは竜も? と思ったのだろう、走り続ける竜達を見て違和感を覚えた。
「ありゃ、しっぽが切れてる? 切っちゃったのかな」
「竜車用の竜はしっぽを切りやすぜ。しっぽがあるとその分引棒が長くなりやす、小回りが利かなくなる上に、無駄な出費も増えるんで切り落とすのが普通って訳でさ」
竜のしっぽは体長の半分近くを占める。確かにその分竜車全体が長くなるだろう、だからといって切ってしまうのも可哀想な話だ。
竜車を引く竜は大きなトカゲのような姿、つまりトカゲのしっぽ切りで、切っても問題ないのかもしれない。
「前に見た竜車の竜は立派なしっぽがあったなー」
「それは騎乗戦闘用か軍用の竜でさ、竜のしっぽは武器になりやすからね」
なるほど、それでボルコーは見ただけで軍用の竜だとわかったのだろう。
激しく揺れる竜車の中で、普段と同じように会話できていたのは、テラオと御者だけだった。
◇
三十分ほどの行程を竜車は無事耐え、事故のあったファンコルヌ鉱山第七十二坑道前にたどり着いた。
宿舎のような、共同住宅らしき建物が建ち並び、坑道前には大きな工場らしき建物が見える。
坑道前の広場では、全員真っ黒に汚れた大勢の鉱夫達が必死な形相で駆け回っている。
「魔法使いを連れてきたぞ、四人だ! 案内を頼む」
募集をしていた男が、現場指揮をしているらしき男に声を掛けた。
筋肉質の小男。全身真っ黒に汚れているためはっきりとはわからないが、深いしわの刻まれた顔から中年男性だと思われる。
「ありがとう、来てくれて本当にありがとう。現場指揮をしているリデールだ。今も手掘り魔道具による掘削で、救出のため全力を尽くしているのだが、さらなる落盤で二次災害の恐れがある場所で進めなくなっている。魔法使いの方々にお願いしたいのは、坑道の補強。無理を強いることになって本当に申し訳ないが、人命が掛かっている魔力の限りお手伝いをお願いしたい」
激しい揺れに体力を奪われているテラオ以外の魔法使い達、その構成は中年男性二人に年老いた男性一人で、テラオが一番若い。
「奥に進むほど難所があると予想される。一番若い君を先頭で、ご老体を最後と言うことでよろしく頼む」
このセカイでは、歳を重ねれば重ねるほど魔力総量が増えると信じられている、とアルムは言っていた。テラオが一番若く、魔力も少ないだろうから、最初の簡単な部分を任せようと言うことなのだろう。
リデールの案に反対する者はなく、依頼の内容も納得。四人は揃って了承し、全力で当たることを約束した。
(――♪ポーン 『落盤発生、鉱夫達を助けよう』クエストに認定されたよっ、がんばってねっ)
アルムのお知らせに、にやけてしまいそうのを必死に堪えるテラオ。
緊迫した場面でだらしない顔を晒すのはさすがにいただけない、ほんの少しだけ成長できたようだ。
坑道に入ったところでテラオはヘッドライトの魔法を使った、足下注意、頭上注意で、道中怪我がないよう気を遣ったつもりなのだが。
「君! 魔力は現場まで節約してくれ。こっちの魔道具を使えば明かりは充分だ」
周囲の魔素を巻き込むことで、魔力を節約して魔法を使うことができるテラオ。それに魔力総量もこのセカイの一般的な魔法使いとは、桁がいくつも違うほど多い。
が、救うため必死な人達に、正直にそんなことを告げるテラオではなかった。素直に従い、目に見える魔法を使うことは控えた。
ぼやっとしているが、ちゃんと空気は読める。
途中からトロッコに乗ってコトコト揺られること二,三十分。本来の坑道より小さめに補強された穴が見えてきた。ここから落盤が起きた現場らしい。
たくさんの鉱夫達が必死に作業をしている。
「この先は狭い穴になっている、這ってしか進めないようなところもある、きついと思うがよろしく頼む!」
言われるがままリデールのあとをついて行く一行。
救助のために掘られた坑道は狭く、人がやっとすれ違えるほどしかない。人海戦術で掘り進んでいるのか、土や石をバケツリレーのように出口へと送っている。
岩が張り出している場所など、確かに這って進むしかないような難所がいくつもあった。二,三時間は大丈夫との説明だったが、ここに到着するまでにすでに一時間半以上掛かっている。かなりギリギリのスケジュールだ。
「この先辺りから脆い地層で崩れる恐れがある、最初の魔法使い、若い君! 補強しながら穴を開けていってくれ。できるだけ限界まで、気絶するまでとは言わないが寸前までよろしく頼むっ」
魔法を使ってもいいと許可が出た、テラオの出番が来たようだ。
「わかりました、まずは方向と状態を探りますので少し待ってくださいね」
「いや、そんな魔力は……」とリデールは言いかけたが、すでに集中を始めているテラオの邪魔をするのは控えたようだ。
「【空間詳細把握! 前方に集中して探査距離を伸ばすようにでお願いします】。気配は……怪我人が多いですね、大丈夫今すぐ助けます! 【地面圧縮! 穴を掘り進んで壁を作るようにでお願いしますっ】」
露天風呂は掘れなかったが、地面圧縮の魔法は優秀だ。
しゃがみ込んだテラオは、地面をペチンペチンと叩きながら前方に穴を造り、かまぼこ形になるように土を動かし、圧縮した土で壁を作って行く。
人が二人立って歩ける幅と高さで作られた穴がどんどん先に進んで行く。
天井の所々に照明の魔法を埋め込み安全を確保、ゆっくり歩きながら新しくできた坑道を進む。
テラオを先頭に、リデールと三名の魔法使い、その後ろにはズラッと鉱夫達が付いてきている。
魔法使いの魔力をできるだけ温存し、安全な部分は鉱夫達が掘り進める予定だったのだが、その出番は回ってこない。
相変わらずしゃがんだ姿勢で、両手で交互にぺちりぺちりと地面を叩きながら進むテラオ。
「き、君……。こんな立派な坑道でなくても、いや、それ以前に魔力は大丈夫なのか? こんなに勢いよく魔法をつかうとは思ってなかったのだが……」
驚いていたのはリデールだけではない、あとに控えていた三人の魔法使い達も驚きを隠せないでいる。
「そうだ、役割分担しましょう。途中の狭かった部分の修正を、三人の方にお願いしてもいいですか?」
「いや、まだあと半分以上……。もしかしてそこまで掘れるのか?」
「大丈夫です。僕のことより、閉じ込められている人達を早く治療しないと危険です。時間は限られています、僕もあっちとこっちの両方はできません、この案ならかなり時間が節約できるはずです」
話をしながらも掘り進める速度は変わらず、その様子を見た老魔法使いがリデールに声をかけた。
「この子の案でいこう。見たところ魔法の行使や魔力量共に儂よりかなり上じゃ、この子の魔力が切れるのを待っていても儂らに出番はないじゃろう」
「それほどですか。わかりました、では抜け道の確保はお三方にお願いします。くれぐれも注意して、事故のないようにお願いします。何人か一緒について行ってくれ」
鉱夫数名を連れて、三人の魔法使い達は後方へ下がった。怪我人を収容したあとで急ぎ治療を施すためにも、安全な通路の確保は大切な仕事だ。
万一の時はテラオは治癒魔法の行使もためらわない、そうなると手が足りなくなるのは必然。
できることをできるうちにやっておこうと考えたテラオは、なかなか計画的に物事を考えるようになった。
「もうすぐ抜けます」
コポンと静かに坑道が開通した。
淀んだ空気が坑道を抜けて行く。
途端にテラオを追い越したリデールが叫ぶ。
「助けに来たぞ! 全員生きてるかー」
後に続いていた鉱夫達も、我もわれもと救助を待っていただろう被災者達の元へと駆けて行く。
テラオは真っ直ぐ怪我をして寝かされている者達の方へと向かった。
怪我人の治療に当たっていたのは、同じ鉱夫達の中から応急処置ができると言うだけの者、充分な治療を施すことはできていなかった。
落盤事故で亡くなった人もいるだろう。だがそれよりも、充分な怪我の治療ができずに弱ってしまい、命を落としてしまった人もかなりいる。
テラオは今の自分にできること、救える命を救うために治癒魔法で協力する。
「【診断!】【治療っ! 僕の魔力の指示に従って――、足りない魔力はこれを――】、次【診断!】……」
完治させるまででは時間が掛かりすぎる、数をこなすために最低限の治療を施しては、次々に怪我人を見て行く。
落ちてきた岩に腕を挟まれたもの、落石で頭に大けがを負ったもの、転がってきた岩に挟まれたもの、診断には時間が掛かり、治療を最低限に抑えてもそれなりの時間を食う。
怪我人の数は多い、応急処置を担当していた鉱夫と協力して、あっちこっちと駆け回る
。包帯に薬、水などの必要物資はすぐに運ばれてきた。傷口を洗ったり、治療後に包帯を巻く作業は他の者達に任せ、治癒魔法に専念するテラオ。
テラオの治癒魔法でも、失ってしまった部位を戻すようなことはできない、ちぎれてしまった腕や足にショックを受け、これからを悲観して嘆いている者がいる。
激しい痛みに耐えきれず叫び続ける者がいる。
簡単で最低限な治療を施し、鉱夫達を呼んでは地上にいる治癒術士の元へ送ってもらう。
忙しくあっちにこっちにと飛び回り、次々に治療を施して行く。ケンサンの治癒魔法講習で教わった以上の急がしさ、魔力にはまだまだ余裕がある、体力も充分、だが時間だけが足りない状況で焦りを隠して必死の治療を続ける。
テラオがここに来てから、どれだけの人を救えただろうか。もちろん全ての怪我人が助かった訳ではない、テラオの見ている目の前で亡くなった方もいる。だがそれ以上に、地上まで運んでいては間に合わなかった者、そこまでの体力がなかった者を救うことができた。
被災した鉱夫達はすでに全員地上に向かった、あとは救助に来たテラオたちだけ、張り詰めていた雰囲気もやっと一段落の落ち着きを見せている。
「ここはもう大丈夫ですね、地上に戻ります」
◇
後片付けをする救助班と別れ、一人自分で作った坑道を戻るテラオ。
――♪最初から自重無しだったねっ、面倒が待っているかもしれないよっ。
「行動指針に則って自由にってことだからさ、できることはできる限りやってみたよ」
――♪なるほどっ、でもいつ行動指針なんて決めたのっ?
「あ、あはははは、まあそれは置いておいて、実際の現場はきついね、今までは『都合のいい患者』の相手しかしていなかったから、今になってちゃんとできていたのか不安になるよ……」
――♪テラオの手の届く範囲でちゃんとできていたんじゃないかなっ。
「そうかな、治癒魔法がもっと万能なら、僕がもっと早く魔法を使えたらとかね。今になって冷静になると考えてしまうよ」
――♪今のテラオじゃ足りない、奇跡のようなことを起こしたいなら、もっと昇格しないとだねっ。
「天使の上ってこと?」
――♪もっともーっとだよっ、がんばってねっ。
這ってしか進めなかった場所は、魔法できっちり整備されて楽に通れるようになっていた。他にも危なそうな場所の補強など、見るものが見れば魔法で仕上げられていることがわかる箇所がいくつもある。
三人の魔法使い達が頑張ってくれたのだろう。
コトコトと揺れるトロッコに乗って、テラオは坑道をのぼる。
二度目の異世界出張も最初から大忙し。
もしかしたら狙って送り込まれているのかもしれないが……。




