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5, 最小限の被害に抑えよう

 軍の指揮所と思われるテントの中から、激しく叱咤する声がする。

 門の前でボルコーに対応していた指揮官らしき人物と、その副官だろう者の二人が中にいた。


「くそっくそっくそう! なんだって暴発なんか、これでは作戦失敗ではないかっ」


「仕方有りません。黒煙が上がってのろしになっています、このまま通信封鎖をしているとアトレー軍に気付かれる恐れがあります。今すぐ撤退を進言します」


「このまま戻れば私は処分されてしまうでは無いか! なんとかならないのかっ」


「三段階の計画全てが失敗。責任者はあなただ、……仕方有りませんな」


 指揮官のことはもう見捨てた、そのような態度でテントをあとにする副官らしき人物。


 「くそうくそうくそーぅ!」一人残された指揮官は、酒をあおろうとテーブルの上の瓶に手を伸ばす。


「【振動遮断】【触手】」


 一人きりだったはず、他に誰も居ないと思っていた指揮官、意味不明な呪文が突如背後から聞こえたことに驚き振り返ろうとするが。


「な、なんだこの蔦は! くそ動けん。何者だ!」


 蔦にぐるぐるに巻かれた指揮官が大声を上げる。


「あー、騒いでも外に音は漏れません、誰も助けに来ませんよ」


 指揮官の背後の影からするりと出てきたのはテラオだ。

 テラオの使った魔法は二つ、振動遮断――結界の一種で外から中、中から外への振動の一切を遮断する。当然音という振動は遮断されて漏れることはない。

 そして、触手――拘束系の地面から生える触手ではなく、テラオの体から伸ばす触腕で、手足の延長として自由に操作できる便利な魔法だ。


 するりと近づいたテラオは、指揮官の鼻を思いっきりつまむ。


「むごぉっ、ふぁうぃうぉふうふぉふぁ ふがふが……」


 大きな口を開けた指揮官の口に、台布巾か雑巾かその辺にあった布を突っ込んだ。


「また自殺とかされると面倒ですからね。あとでいっぱいしゃべってもらいますので、それまで大人しくしてくださいね」


 フガフガ言いながらじたばたと蔦から逃れようとする指揮官を転がし、テラオは室内を物色し始めた。


「証拠になりそうなものーっと。お、字もちゃんと読めるなーさすがメニューぬかりないね」

 異世界で会話に不自由しないようにと、テラオにねじ込まれた『言語ファイル』は会話だけではなく、読み書きも対応していたらしい。

 そんなことに感心しながら、目に付いた書類をリュックにどんどんしまって行く。


「一番大事なものはどこに隠しました?」

 唐突に振られた質問にフガフガ言いながら焦る指揮官。


「ふむ、こういう時は慌てた時の視線の先って言うのが定番なんだけど……。わかんないから【空間詳細把握で!】」


 昨日今日で設置された簡易テントの指揮所に、それほど隠す場所がある訳が無い。

 さらにテラオの空間詳細把握は、空間把握よりもさらに細かく、塵さえ見逃さぬほどの細かさで三次元を把握する。


 「みつけちゃったー」とそれっぽく壁際に掛かっていた旗を捲り、テラオはアタッシュケース型のカバンを取り出した。

 フゴフゴと暴れる指揮官の様子を見るに大事な物に間違いなさそうだ。


 さてもう用はないと、指揮官とカバンをひとまとめに縛ったを肩に担ぐと、指揮所に向かって魔法を放つ。


「【火の玉! テントだけ燃やし尽くす感じでお願いします】。火事だー、早く消火してくれー!」


  ◇


 炎の柱の隙間を通り、村に戻ったテラオは小さな声で大歓迎された。

 巨大な炎の柱に燃やし尽くされたかに見えた村だが、中は建物も含めて全員無事。魔法砲の暴走も、巨大な火の玉の爆発も全てテラオの作戦だった。


 テラオが村の外に出る直前、集まってくれた全員に作戦を説明していた。


~・~・~・~


「魔法砲を暴発させます。で、村の回りを炎の柵で囲います」


「はぁ? そんなことしたら村も危ないだろうが」

 当然の非難を受けるが、片手に火の玉を浮かべそれを丸や星形ハート型変形させ、自由に操れること。

 さらにその火をボルコーに投げつけ、当たる寸前に結界に当ててふわりと消してみせる。これを何度も見せ、同じ結界で村全体を包むので、中にいる人は安全だと説得した。


「みなさんにはオーバーリアクション。わざとらしい位に反応して欲しいんです。ある程度時間が経ったら今度は静かにでお願いします、そうすればきっと撤退してくれます」


 戦いに参加させられる訳ではなく、ただ演技をして欲しいというお願いと、安全を保証するテラオの説得に納得してくれたのか、村人達はテラオの作戦に乗ってくれることになった。


 重要だったのがボルコーだ。

 テラオの準備が終わるまでなんとか時間を稼ぎ、さらに迫真の演技を要求されて頭を抱えている。


「演技かー、演技かよー代役は……いないよなぁー」


 という訳で決まった『張りぼて炎で村を囲っちゃおう作戦』が決行された。


~・~・~・~


 村を囲む兵士に見つからないよう、こっそりと抜け出したテラオ。魔力を操作し、魔法砲の砲口前に巨大な火の玉をゆっくりと時間をかけて作り、放った火の玉が大爆発に見えるよう、半球状に弾けさせると大爆音が出る魔法で演出。

 それと同時に、昨晩密かに仕込んでおいた地面に穴を開けつつ蓋を作る魔法で、村を囲う壁を立ち上がらせると共に、作戦説明の前に穴の中に準備していた魔力に火を付けた。

 というのが今回のテラオの仕込みの全容。


「しかしテラオ君の火の操作はすごいな、炎の柱が衰える気配が全くない。それに結界もだよ、村が熱くなることもなくかえって快適だ」


「あ、あぁあの炎は昨日の夜中に準備した、固形燃料的な物とか廃材とかなんですよ。燃料が切れるまで燃え続けるはずです」


「昨日って……、じゃあ怪しい動きがあるとわかっていたってことか」


「そうですね、斥候のような人達が村の外から探っていたので、念のためにと思って。あと結界は……さすがにこの広さはできなかったので包んでいません、村上空の空気を操作して中から外へと誘導しているだけです」


 この説明を聞いた船員や村人はどよめいた。が、まあうまくいったからいいかっ、と作戦説明の事実と違うことを深く追求されなかった。


「はぁ? そうなのか、いやでもしかし助かった。あとはあいつらが撤退してくれれば一安心できるな」


「指揮官がいなくなったから時間の問題でしょう。副官が撤退を進言していましたし、そんなに時間は掛からないと思います。ということで、拾ってきた指揮官は預けますので、尋問なりして真相を吐かせてください」


 テラオの指さした先には蓑虫。ぐるぐるに巻かれた指揮官が転がっている。


「アトレー軍とは関係なさそうです、知られたら困ると話していました。詳しいことは専門家にお任せします」


 小声でボルコーに伝えると、テラオは集会所の方へと歩いて行った。



(――♪固形燃料的な物ってなんなのっ。テラオの魔力量と魔法を誤魔化したねっ!)

(う、うん。治癒術士みんなの総魔力量があんまりにも少ないから、あれ? って思ったんだよね……。ボルコー船長が面倒に巻き込まれるって言っていた意味が、なんとなくわかったかな)


 説得する時は仕方ない。

 大魔術師が守ってくれる、あれだけのことができるなら心配ないと、安心してもらわないと納得してくれないだろう。

 一件落着したあとで、実はタネがありました、それほどでもない魔法使いです、とバレても笑い話で済すむ。

 変に噂になって、このセカイで生きにくくなるよりはと、テラオなりに考えた『それほどでもない魔法使いが、自分を大きく見せちゃいました』は一応成功したようだ。


(――♪余裕があるなら賢く立ち回るってことかなっ)

(そうだねー)


 実際は今も炎と風の操作をしつつ、村全体を結界で守っている。

 それを維持する魔力もまだまだ余裕がある。

 天上界で厳しい特訓を受けていたテラオだ、このくらいのこと片手間でもできる、と言えないようでは、さらに厳しい特訓が追加されてしまうだろう。


(――♪ポーン。『所属不明軍から村を守ろう』クエスト達成を認められたよっ!)

(達成って、えぇ! クエスト認定されてたの? それならそうと言ってよー)

(――♪だってクエスト認定されたと知ったらさっ、絶対テラオは気持ち悪い位にやけるでしょっ! 認定されたのはみんなの前で説得したあとだよっ。びしっと決まった場面でそれはないなーと判断したんだよっ。褒めて欲しいよっ!)


 テラオの気配察知では、軍の撤退、というより逃げるように去って、感知範囲外に出て行ったことはわかっていた。

 その途端に突然告げられたクエストの達成報告。驚いて文句を言うテラオだが、アルムの言うことにも一理ある。

 いや間違いなくアルムの判断が正しい。説得したあとでいつものちょっと不気味なにやけフェイスを披露してしまったら、作戦自体が失敗していたかもしれない……。


  ◇


 昨晩に引き続き調薬作業を手伝っていたテラオ。

 とは言っても、調薬担当のパルマに気があるからという訳ではない。テラオの表情は普段通り、気になる相手ならば酷くだらしない表情になるはず。とてもわかりやすい男なのだ。


 船員がちょっと来て欲しいと呼びに来たのは、もうすぐ昼になるという時間だった。

 急ぐ訳ではないと聞いていたので、のんびりと広場に向かったテラオを迎えたのは、大笑いする船員達だった。


「ブフォ。足を踏み外して天井に腰をぶつけるってどういう状況だよっ」

「いや聞いたままなんだよ。船に牽引フックを付けようと、降下したと思ったら飛び上がったってんだ。その場にいた全員大笑いしたってよ。わっはっは」


 どうやら集落に残していた船員と整備士が、船を戦艦に引き上げるフック取り付けのためにデッキから降下、が、整備士長が足を踏み外してなぜか放り上げられたと言うことらしい。


「えっと、もしかしてその整備士長って船から集落に向けて出発した時『すげえ勢いで足を踏み外した』って人ですか?」


「ブッファッ。そういやそうだ、踏み外し方がすげえのはあの時からだったな」


 船員達は思い出し笑いを堪えきれず噴き出している。


「ボルコー船長、お話があります……」


「ぐ、ぐはははっ。な、なんだ?」


 通信を聞いたのはボルコーだ。こんなおもしろい話を独占してはもったいないと、全員に(うっかり)話してしまったらしい。

 楽しんでいる所を悪いなと、話しにくそうにテラオはボルコーに告げる。


「実はですね……、実はあの不時着した船が、誰も居ない間に傷つけられたりしないようにって思いまして……」


 そこまで話した途端、ボルコーの顔がきりっと真剣になった。


「敵対する物を排除する結界か?」


「はい、そんな感じの物です、勝手なことをして悪いかなとは思ったのですが」


「いや、助かった。すぐに連絡をしないといけなくなったな……」


 ボルコーは早足で村長宅へともどった、その様子に大笑いしていた船員達も表情を変え、直立で船長が戻るのを待っている。


「とりあえず拘束を頼んだ、尋問はこれからだ。テラオ君何から何まで本当にありがとう。それから戦艦が村の付近まで来ることになった、竜車を買い取れる、報酬を払えるぞ!」


 戻ってきたボルコーの表情は非常に明るかった。

 突然の不時着、なぜか襲われた道中、村全体を巻き込んでの妨害。全てが繋がりそうだと大満足な様子だ。


 ボルコーの報告によると、テラオが捕らえた指揮官(蓑虫)は、アトレー・デュシス合同で尋問して真相を吐かせると決まったらしい。

 別の国――おそらく両国の南にある、クラトリア帝国が絡んでいるだろうとのことで、慎重に捜査することが決まった。


 どのような計画だったのかはまだ明らかになっていないが、両国を緊張状態にして漁夫の利を得るか、どちらかに協力して攻め落とすことを計画していたのではないかと、ボルコーは推測した。


 なるほどなるほどと聞いているようなテラオだが、異世界の国同士の関係など全くわからない。

 話の腰を折らないタイミングで、この辺りの地理などを聞いてみることにした。


「このアトレーの西に我々の国デュシスがあるのは先日話したな。両国の関係は今のところ良好だ。間に緩衝地帯、モンスターの多い地域があるので、領土を奪おうという戦争もない。飛行船時代になって、緩衝地帯を安全に移動できるようになったことで正式に直接国交を始めたってところだ」


 間にある緩衝地帯は飛行船で一,二時間程、地上はかなり危険で、一般の商人が渡るのは難しい。

 以前は南に別の小国があり、国交樹立前は二国の窓口のような立場だったのだが、件のクラトリア帝国に攻め落とされ帝国の一部となってしまった。

 大きな湾と海峡があったため、それほど警戒していなかったのだが、飛行船時代になり勢力を伸ばした帝国の、一方的な蹂躙で小国はひとたまりもなかったらしい。


 帝国が隣国となったことで、アトレー・デュシス両国も飛行船技術に力を入れており、引けを取らない性能を発揮しているとのこと。

 帝国も両国の関係が良好な間はうかつに手を出せない、だからその関係にひびを入れようと計画されたのではないかとは、ボルコーの予想だ。


「なるほど……、では狙うとしたらどちらの国がいいんですかね? どっちかを仲間に引き込んで、相手の国を奪うって話でしたよね」


「そうだな、どちらかとなると我々の国かな、最近魔結晶の大きな鉱脈が発見された。手に入れれば帝国の戦力は増強されるな」


 魔結晶とは、魔道具を動かすために必要な動力源で、加工して圧力を加えることで魔力に近い魔素を放出するらしい。

 大きな魔素を取り出すには大きな結晶が必要で、鉱脈の発見は国の一大事業になっている。

 大きな魔道具にはもちろん飛行船や魔法砲が含まれている。軍事戦略物資として国力に大きく関わる物だ。


 小一時間続いたこの辺りの国家関係講習だが、ふと頭を上げたボルコーが呟いた一言で中断することになった。


「そういえば、固形燃料燃え尽きないな……。このままだと戦艦が来ても動けないぞ」


「あぁ忘れてた! 消してきますー」



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