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4, 燃え上がる辺境の村

「ところで今夜はここに宿を取るとして、このあとはどうするつもりなんだ?」


 クエスト達成の報を聞き、どこか惚けていたテラオを現実に引き戻すように、ボルコーが今後の事を訪ねてきた。


「二,三日滞在するつもりです。治癒魔法でお手伝いもできそうですし」


 この先の予定を全く決めていなかったテラオだが、急ぐ予定は全くない。できればどこかで新しいクエストを受注できれば、その程度のことしか考えていなかった。


「病人達は集会所に集められている、治癒術士達が早速治療を始めているはずだ。そっちは報酬を出せないぞ」


「ははは、報酬をもらおうとは思っていませんよ、できることをやりたいだけ。あと、現場の治癒魔法を見てみたいんです」


  ◇


 村の奥にある一番大きな建物、ここが病人が収容されている集会場だ。

 その隣、一段上がった所に村長の家がある、背の高い火の見櫓が目立つ立派な家だ。ボルコーは挨拶と通信機を借りるために村長宅へと向かった。

 一人になったテラオは集会場に顔を出すことにした。


 中には百人ほどの老若男女が、床に布を一枚敷かれただけの簡素な病床に寝かされ、苦しそうにうなっている。


「流行病とは聞いているのですが、どんな病気なのですか?」


「あっ、あぁテラオ君でしたか。そうですね、気管支から肺に駆けて激しく痛みを感じます。全身の倦怠感と関節の痛み、高熱に下痢や嘔吐で体力を削られます。子供や老人、体の弱い方ですと命の危険があります」


 元のセカイの気管支炎や肺炎のようなものだろうか。

 ただ、このセカイの病気についての知識が全くないテラオ、勝手な行動はせず、できる範囲で手助けをするつもりらしい。


「初期症状が出た段階でしたら治療薬ですぐに治ります。ですが、進行してしまうと治癒術を使って抑えない限り、どんどん体力を削られて死に至ります」


 患者を不安にさせないよう、後半は小声で伝えた治癒術士――術士チームのリーダー、ヤトロスの気遣いはさすがだ。


「邪魔はしませんので、現場の治癒魔法を見学させてもらっていいですか?」


「はい、かまいませんよ。ですが注意してください、治癒魔法では無く『治癒術』です。魔力を使いますが魔法では無いんですよ」

(――♪と、言うことになってるよっ)


「あっ、はい気をつけます」


 内心では魔法だよなーと思いつつ、郷に入ればの精神で素直に引いたテラオは大人の対応ができたようだ。


 こっそりアルムと脳内会話した所、分けないと治癒を使える魔法使いが酷使されてしまう、そう危惧した治癒魔法を使える者達が、治癒術と魔法は違うものと定義し直した、そんな歴史があるらしいことがわかった。


 その経緯は容易に想像が付く。戦争などに駆り出される魔法使い、その中でも治癒魔法が使えるものは、便利に使われ酷使され、疲弊して使い捨てられる、そのようなことが過去行われたのだろう。


 純粋に人を救いたいと思う者達が志す『治癒術士』。その職分を守るための方便に、テラオが抗う意味はない。


  ◇


「こちらの患者は……魔力不足ですね。こちらは七割、施術可能です」


 ヤトロスについて患者を見て回り、現場の治癒術を知ることとなったテラオは、雲上の孤島で教わった治癒魔法との違いに驚いていた。

 いまヤトロスが行っているのは、患者の残り魔力の割合を計り、すぐに施術可能かどうかを判断する作業だ。


 余談だが、テラオが計ってもらった所ほぼ満タンとの結果だった。

 計器が壊れるほどの魔力量! すごい! といった展開はなかった、何しろ割合を計るだけの器具だから。

 さらに余談だが、魔力総量を計る器具は、その必要性が全くないことから作られていないらしい。魔力量はおおよそ年齢で増える、と信じられているために年齢を聞けばそれで充分、というのがその理由だった。


 さて、話は戻るが、なぜ患者の残魔力の割合を基準として、治癒術が使える使えないの判断していのには理由がある。


 よくあるヒール! と唱えればたちどころに……、という呪文はこのセカイに存在しない。治癒術士は魔法を使える医者のようなもの、魔力に指示を出し、患部や病巣に修復するよう指示するのが治癒魔法や治癒術。

 そう、患者の魔力を使わなければならないのだ。


 治癒魔法に関わる魔力の大原則は二つ、『他人の体内に自分の魔力を取り込ませることはできない』、そして『他人の魔力を直接操作することはできない』。


 この原則は絶対で、そのために術者の魔力を直接患者の体内で操作して治療することは不可能となっている。

 もしできたら攻撃魔法など無くとも、魔力を操作するだけで暗殺も可能になってしまう。

 神がそういう仕組みを作ったのか、このセカイに生まれた生物が元から持っていた性質なのか、大原則は変えることができない、こればかりは仕方ない。


 そして肝心な治癒術なのだが、肺と気管支の炎症ということがわかっていながら、胸の辺り全体に魔力で指示を出し、『治癒術を使います、治癒術ですー。この辺りの悪い所なおってー』という意味の呪文を唱えている。


(――♪だいぶ遅れているねっ。でもテラオが手を出したら、みんなのプライドを傷つけちゃうかもしれないよっ)


 テラオが天上界、雲上の孤島で講師に教わった治癒魔法はもっと進んでいた。

 治癒術士達がせわしなく働く様子を見ながら、熟考し、テラオは方針を決めたようだ。


(これがこのセカイの最先端治癒術だったとしたら、そのバランスを崩すようなことしちゃいけないよね)

(――♪テラオのくせによくそこに至ったねっ! ちょっとだけ感心だよっ)

(治癒魔法じゃなくて治癒術、って話を聞いていなかったら考えつかなかった……かもしれない。治癒術は戦争でも使われる、そしてそれが戦局を左右するかもしれない)

(――♪そうだねっ、きっと持ち帰って自国内だけに広めるねっ)

(ということで、決めた! こっそりやろう)


 アルムがずっこけたような、遙か上の方でもずっこけたような気配が五つ六つあったが、テラオは気付かなかった。


  ◇


 治癒術の流れを一通り見たテラオの関心は、誘拐所の隅で行われている調薬作業に移っていた。

 部屋の隅で新人治癒術士――パルマが村人全員分の薬を作っている。


「力仕事とかあったら手伝わせてください、あと魔力はほぼ満タンなので魔法使う仕事もできますよ」


「たすかりますぅ、この瓶の中身を攪拌してくださぃー。分離してますがぁ、白っぽくなってぇ、とろぉっと乳化するまでおねがいしますぅ」


 パルマはめんどくさそうな話し方の女の子だった……。

 渡されたのはバケツサイズの透明な瓶。中身は二層に分かれていて、透明な液体の上に、オレンジジュースのような液体が入っている。


 魔法を使って攪拌しようとしたテラオに、パルマがのんびり口調で注意する。


「魔法は使っちゃだめなんですよぉ、魔力が混じると効果がなくなっちゃうんですぅ」


 瓶を抱えたテラオは唖然とする。調薬作業はなかなかに大変そうだ。



 今夜のうちにできる治療は終わったらしい。

 あとは明日の朝から、患者の魔力が回復してからということになり、治癒術士達は宿に向かった。

 テラオは調薬の基礎中の基礎、材料の混ぜ方や取り扱い方を教わり、それなりの収穫があったようだ。


 すでに夜も深まり、村はすっかり静かになっている。

 小さな村の宿は、治癒術士達だけで満室状態。船員達は村長宅と集会所の間にある広場で野宿をしていた。

 テラオも広場の一角に場所を取って一休みしようとしたのだが。


「ちょっと一回りしてこよっと」

 気配を操作し、小さく、極小さくする。

 いつの間に姿が見えなくなった! とまではいかないが、意識しないと存在を確認できないほど。蟻程の小さな存在感になったテラオ。

 村の外周を囲う二メートルほどの柵を跳び越え外に出ると、少し歩いては地面をペシン、歩いてはペシン……ペシン……。知らずに目にしてしまったら、かなりホラーな行動をしながら、ゆっくりゆっくり、ぐるりと一周するまで続けた。


  ◇


 東の空がほんの少し白んで、もうすぐ夜が明けるという時間。

 早い時間から農作業に出かけようとしたのだろう、南にある門の方から村人の声が聞こえてきた。

 この村には門が三カ所ある。農地方面に出る南門、テラオたちが入ってきた、集落へと続く北西門、町へと続く東門だ。小型モンスターの侵入を防ぐための物で、木製のそれほど丈夫ではない門。その全ての門で村人達が騒いでいる。


「大変だ! 村が軍に囲まれている。全員武装して待機しろ、一体何が起きているんだ……」


 騒がしい門の様子を見に行ったボルコーが、慌てた様子で船員達に指示を出す。

 村から誰も出られないよう、三カ所全ての門の外側数百メートル先を兵士達が囲っている。密かに抜け出す隙のない配置、村は完全に封鎖状態になっていた。

 だが、テラオはまだ様子を見ていた。何が起きているのかを正確に把握して、間違った判断をしないように、努めて落ち着いているようだ。


 その時南門の外から大きな声が聞こえた。


「侵略兵達よ! 村人に危害を加えるなっ、村を開放しろ! 今すぐ降伏すれば配慮した対応を約束しよう。くれぐれも早まった真似をするな!」


「なにっ! 侵略兵だと」「ひ、酷い誤解だ」

 船員達が驚き、一斉に声を荒げた。


「侵略などされてないぞー」「病人を治療してくれた人達です! 誤解してますー」

 村人達も外を囲う軍に大きな声で誤解を解こうと叫ぶ。


「くそっ、昨日通信できなかったのはこいつらのせいかっ。嵌められたってことか」

 ボルコーが悔しそうに呟いた。

 昨日の道中襲われたことを、この国の窓口と、集落で待機している仲間に伝えるため、村長の家で通信機を借りたのだが、どこの中継所とも繋がらなくなっていたらしい。

 事態はさらに悪い方向へと展開する。


「魔法砲だ! 魔法砲がこっちを狙ってるぞ!」「うわぁ、おしまいだー」

 南門から悲鳴のような声が聞こえる。外には大砲のような物が三門、魔法を使う大砲だろうかが村に狙いを定めて据えられていた。


「村人相手に魔法砲を持ち出すなんて……、あんな物で撃たれたら村なんてひとたまりもないぞ!」


 外を囲う兵士達は総勢三百を超え、武装も強力だ。

 対して村側で戦えそうな人員は船員ら十一人と、動ける若い村人三十名ほど。たいした武器も防具もなく、防衛だけだとしても頼りない柵しかない。

 黙って様子を伺っていたテラオが動き出した。


「ボルコー船長。僕はあなたが悪い人には見えません、でも命令に忠実に従う軍属の、それもそれなりの地位の人ではないかと思っています。だから正直に答えてください、この村の病人の治療と支援、それ以外の、誰かを害するような命令を受けてはいませんよね?」


「テラオ君……、信じてくれ。正確には明かせないが、確かに我々は軍に所属している。だが今回は間違いなく支援のために来た、誓って言う、この国をこの村を侵略するつもりなどないと!」


「わかりました、では村を守るために僕は動きます。いろいろお願いすることがありますので、船員、治癒術士、全員ここに集めてください、あと村長と村の人も何人かお願いします」


 テラオはしゃがみ込むと地面に両手をあて、難しい顔をしながら集中する。


 全員が集まるまでそれほど時間は掛からなかった。

 テラオは全員を前に作戦の説明をする。

 うまくいけば全員無傷で切り抜けられる、そんな作戦を全員に告げた。


「みなさんの協力が必要です。よろしくおねがいしますっ!」

 テラオは全員に向かって頭を下げる。


「よっしゃやるぞ!」「任せとけ派手にやってやるぜ」「俺もできる限り頑張るよ」

 村人も船員も、治癒術士もみんながやる気になってくれた。あきらめの表情だった者達に、やる気と希望の光が宿ったようだ。


「それでは作戦開始です! いってきます」

 テラオはそう告げると気配を極小にして、音もなくその場から消えてしまった。


  ◇


「支援部隊のリーダー、デュシスの輸送船船長をやっているボルコーだ! 侵略軍ではないっ、誤解だ攻撃を控えてくれ!」


 ボルコーは魔法砲が狙いを定めている南門前で、軍との交渉を行うために大声で呼び掛けた。

 ボルコーの後ろには、不安そうな村人達が交渉の行方を見守っている。


「誤魔化すな! 他国の支援を受け入れるなどという連絡は来ていない。そのような重要なことが通達も無しに行われる訳がないだろう! 下手な嘘はつくな!」


 前に出てきたのは指揮官らしき人物。自慢の魔法砲の前に立ち、聞く耳は持たぬとボルコーの話を嘘と切り捨てた。


「嘘ではない! 確認してくれっ、一昨日もアトレーの窓口と連絡を取っている。そちらに連絡が来てないというのは何かのミスだろう、頼むから攻撃の前に確認をしてくれ!」


「その必要はない! 卑怯にも人質など取っていることが動かぬ証拠だ、この状況で逃げられると思うなよ! さっさと投降――」


 「な、何もしていない。勝手に動いて」「止まらない! 制御不能だ」兵士達が突然騒ぎ出した。

 村側からも悲鳴が聞こえる。

「やめてー撃たないでー」「そんなー、死にたくない!」「助けてくれー」


 何が? と振り返るアトレー軍指揮官。

 そこにはまさに発射寸前の魔法砲。三門共に砲口部に大きな火の玉を浮かべ、さらにさらに大きく膨らませている。


「魔法砲の暴走だ! 暴発するぞっ」


 暴走暴発と聞いた兵士達は一斉に逃げる。そこに兵士の統率の取れた動きなどなかった。

 最後まで制御しようと奮闘していた砲兵も、他の兵士に引きずられるようにして魔法砲から、村から離れるように連れて行かれる。


 爆発はしなかった。アトレー軍兵士達にとっては最悪の結果は免れた。だが、村人達にとっては最悪の事態に。


「発射されたぞー!」「にげろー」「どこに逃げろって言うんだー」「ママーママー。ビエーン」

 村は大パニック、悲鳴と混乱と絶望の声が辺りに響く。

 そして着弾。


 ズォーンと地面を揺らし、辺りを振るわせ、腹に響く低音が三回響いた。

 はじけ飛んだ炎が一瞬にして村を取り囲み、四メートルを超える炎の壁が村を覆い隠す。


 激しい勢いの炎は大きく揺れる津波のように、呆然と見つめる兵士達を飲み込もうと、何度も何度もその炎の腕を伸ばして掴もうとしているようだ。



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