2, 護衛任務を受けよう
動力を失った飛行船の中は明かりが不足している。
危機的状況を脱し、誰もが安心感に包まれる中、一人の男が暗闇の中で何かを操作している。
「作戦失敗、対象は全員無傷。次のプラン実行を要請する」
男はどこかに連絡を取ったあと、装置を破壊しその場をあとにした。
◆
周囲のモンスターを一掃。
寄ってくるモンスターはいない、一安心だ。
船長のボルコーは、目の前で起きたことが信じられなかったのか、呆然としている。それは他の船員もおなじだった。
「えっと、全員で脱出ということで、準備を始めませんか?」
「お、おう。そうだったな、すまない」
テラオの一言で我に返ったボルコーは、船員達を集め作業に掛かった。
まずは負傷者の治療。不時着と、モンスターとの戦闘で負傷者が出ている、移動するためにも治療は優先されることだ。
次に亀裂の修理。これはあとで船を回収する際に、内部の安全を確保するため。
最後に積み荷の確認。この船は緊急性のある支援物資を運んでいた。飛行船が飛べなくても、徒歩で移動してでも急いで届けなければならないものだった。
「怪我人の治療でしたらお手伝いします、治癒魔法は結構練習したんですよ」
「はぁっ? 治癒魔法まで使えるってのか……。君の髪はどう見ても赤系だよね、氷の魔法や縛って潰した魔法だけでもすごいのに、とんでもないな君は……」
(あれ? 髪の色が魔法に関係あるのかな?)
テラオの髪は確かに赤系、赤錆色の髪だ。
ぼやっとフェイスに赤錆色の髪、鉛色の瞳は、異世界で浮かないように、目立たないどこにでも居そうな姿だと説明されていたテラオ。だが、髪色と魔法の関係は聞いていない。
(――♪髪の色で得意魔法が決まっていると信じられているんだよっ)
(なるほどー、じゃあ僕の場合は火の魔法が得意ってことかな?)
(――♪そうだねっ、まあ得意不得意ってだけだから、他の魔法が使えても問題ないはずだよっ)
「故郷でいろいろ教わったんですよ、便利だからってね」
「そうか、いやだが心配には及ばない。この船は病人の治療のために、医薬支援物資と治癒術士を運んでいるんだ、船員より治癒術士の方が多い位だから心配無用だよ」
「そうですか、何か手伝えそうなことがあったら遠慮なく言ってくださいね」
「あっあぁ、それよりもだ。助けてもらってこんなことを聞くのも無礼だと思うのだが、君は何者なんだ? ここは国境からは距離のある緩衝地帯、こんな危険な場所をそんな軽装でというのがちょっと信じられないんだ」
確かにテラオの装備は見た目頼りなさげだ。ハーフコートにジーンズ、荷物は背負った帆布の小さなリュックと両手剣だけ。
旅人にも冒険者にも見えない、ただ近場を散策しているような格好。
(アルムー、このセカイに転送魔法ってあるの?)
(――♪ないよっ、一番早い移動手段が飛行船だよっ)
「えっと、修行中なんですよ。実は寝ている間に師匠に置き去りにされちゃって-、困ってうろうろしていたら、たまたま危なそうな飛行船を見かけたって訳です」
咄嗟に思いついたちょっと怪しげな言い訳だが、ボルコーはそれ以上詮索することはなかった。少なくとも危害を加えるつもりはないだろうと判断されたのだろう。
「まあいいさ、それで君の強さを見込んで頼みたいのだが。近くの集落まで、できれば目的地の村までの護衛を頼みたい。もちろん報酬は出す、命には替えられないからな」
「そのつもりでいましたから請け負いますよ。ただ、ここがどこかもわからないんで道案内はお願いします」
「案内は大丈夫だ、航空地図が使えるから迷うことはない、護衛だけよろしく頼むよ」
(――♪ポーン。『輸送隊を護衛しよう』クエストに認定されたよっ)
(やったー、がんばるよーすっごい頑張るよー。だからどんどんクエスト認定してね!)
クエスト認定されたことにテラオは内心大喜び、それはそのまま表情にも表れニヤニヤとしている。
勘違いしたボスコーが、「いやあんまり大金は払えないからな!」と慌てているが、テラオはそれに気が付くことはなく、どこかに思いをはせているようだった。
◇
この辺りの地図と情勢について教えてくれると言うことで、船長のボスコーと木箱を挟んで向かい合いで座っている。
ここは『アトレー』という国の近く、国境付近の緩衝地帯で、比較的弱いモンスターが大量にいる地域らしい。
アトレーの西側、アクリ地方で最近流行始めた病気は、治療薬さえあればそれほど心配するものではなかった。
だが今回は進行が早く、なぜか急激に広まったため薬と治癒術士が不足し、せめて薬だけでもと、隣国であるボスコー達の国『デュシス』に救援を求めてきた。
「アトレーの西側で流行っていると言うことは、被害が拡大すればデュシスも危ないってことですね」
「そうなんだ。だがそれだけじゃない、人道的支援という側面の方が大きいことは覚えて置いて欲しい。そうでなければ直接支援に乗り出そうとはしないからな」
デュシスは事態を重く見て、緊急支援として医薬品や食料だけでなく、治癒術士の派遣も合わせて行うとアトレー側に返答。
ボルコー達が緊急支援隊の第一陣として、アクリ地方西側辺境の村へと向かう途中だった。ということらしい。
「で、護衛なんだが、辺境の村まで支援物資と治癒術士を送り届けるまで、ってことでいいかい? 報酬は金貨を五枚、前金で二枚だそう」
近くの集落までおおよそ半日、今からなら日のあるうちに付けるだろうとのこと。そこから目的地の村まで歩いて丸一日の二日間。
二日で金貨五枚。はっきり言ってこの価値がテラオにはわからなかった。だがこの状況だ、それほど安い依頼料ではないだろうと判断し、喜んで受ける事にした。
どちらかと言えばクエストの方が大事に思っているテラオだ、無報酬でも受けていただろう。
(――♪金貨一枚で豪華な夕ご飯を五食は食べられるよっ)
(なにその分かり難い例え! もう少しわかりやすく教えてよ)
(――♪まったくわがままだねっ、おいしい棒的なお菓子が一万本買えるよっ)
(うひょ、十万円分か! それはすごい)
貨幣価値が違うだろうが、二日で五十万とは……。護衛の仕事の相場はかなり高いようだ。
ボルコーとの打ち合わせも終わり、テラオは周囲の偵察を兼ねて飛行船をぐるりと見学していた。
大きさは大型トレーラーほど。だがその両サイドにはカヌーのアウトリガーのようなものが付属している。
上から見るとホットドッグの両側にソーセージを川の字に並べた形。ソーセージの真ん中当たりから伸びた棒でホットドッグと繋がっている。
そして前から見ると……。
(――♪荒ぶる鷹のポーズだねっ)
「ブフォッ、やめて、そのポーズにしか見えなくなっちゃったよ」
両手にソーセージを持って荒ぶる鷹のポーズ。
最新鋭の飛行船らしいのだが、おかしなイメージをすり込まれてしまった。
ぐるりと飛行船を一回り。
戻ってきたテラオは、荷物を満載した五台の手押し荷車を目にする。
「こ、これは! 車輪のない荷車だ。知ってますよこれ、魔道具ですよねっ」
「そんなに珍しいか? どんだけ田舎から出てきたんだよ。飛行船ってのは目的地近くに着陸できるとは限らない、だから積み荷は荷車に積んで運ぶんだ。どんな小さな村にでも荷車は一台くらいあるものだぞ」
作業中の整備士に田舎者扱いされたが、テラオは気にすることなく荷車をあっちこっちから観察している。
車輪のない荷車は、移動する時にはほんの少し、十数センチほ地面から浮いて軽々移動できる魔道具だ。
(これって飛行船と同じ原理で浮かぶのかな? なんかすごいな)
(――♪違うよっ、空気のコロを作ってその上を転がす感じだよっ)
「なるほど、コロかー」と感心するテラオ。整備士に聞いてみた所、この最新型荷車はアシスト付きで、坂道も楽に引けるらしい。これから森の中、木々の隙間を進む予定だ、アシスト付きの楽々荷車は大変ありがたい。
船に乗っていたのは三十人。そのうち治癒術士が十五人、船員十人に整備士三人と食事の用意や雑用を担当する二人といった構成。
荷車を動かすには魔力が必要だ。だが人の魔力には限りがあるため、できるだけ治癒術士の魔力を温存しつつ交代で動かすことに決まった。
「それでは出発! ここは危険な地域だ、周囲の警戒を怠るなよ」
ボルコーの号令でゆっくりと一列になっての移動が始まった。
船員や治癒術士達が大きなリュックを背負い、五台の荷車を交代で引く。一人身軽な装備のテラオは、荷車を動かす係を希望してみたのだが、護衛がすぐに動けないと困ると言うことで外されてしまった。
「手持ちぶさたになっちゃったな……。そうだ! 飛行船に結界を駆けておこう、戻ってきて傷だらけになってたら困るだろうしねー」
あまり得意ではないが、簡単な結界の魔法を習っているテラオ。飛行船の保全のために魔法を発動させた。
「【結界っ。飛行船と乗員に悪意を持って近づくものを、排除する設定でお願いします!】」
飛行船の周囲に不可視の結界が発動した。遠くで「ギョエー」っと声が聞こえたような……。
◇
集落までの道程は順調だった。
モンスター達にとっては近くで大規模虐殺があった直後だ、今は大人しくしている方がいいと、巣でひっそり隠れているのかもしれない。
それでも寄ってくる頭の悪いモンスターもいるにはいるが、警戒を張り巡らせたテラオが気付かない訳がない。氷の矢を飛ばし、他の誰もが気が付く前に倒してしまう。
「出発直後に一人怪我しただけ、順調すぎて怖いな」
「あれ? 怪我人出ていたんですね、気が付きませんでした。護衛できてなくてすみません」
「わははは、整備士の奴がすげえ勢いで足を踏み外しただけだ、すぐ治療したからもう問題ない」
ただ足を踏み外しただけ、護衛の責任を問われることは無さそうだと安心するテラオ。しかし笑われるほどすごい勢いで足を踏み外すとは、いったい……。
まだ夕方前、時間にして午後四時頃には集落に到着した一行。
十件ほどの家と僅かな農地、それに狩猟小屋があるだけの本当に小さな集落だ。
集落の代表に話を付けに言った船長が戻ってきた。
「集会場になっている広場を借りられた、今夜はここで休んで明日は日の出と共に出発だ。それではキャンプの準備に掛かってくれ」
テラオも手伝おうとしたのだが、慣れた者達に任せればいいということで、打ち合わせに参加することに。
打ち合わせは船長に用意された小さなテントで行われる。
参加するのは船長と副長に整備士長、それに治癒術士の代表とテラオだ。
「集落の通信機を借りて連絡を取った。軍の大型艦が早ければ明後日、引き上げに来てくれるそうだ。艦とは村ではなくこの集落で落ち合う、そこでここに三人残して行くことになった」
他国の大型戦艦が国境付近で作業すると言うことになれば、それなりに手続きが必要なのは当然だ、すぐに回収とは行かなかったらしい。
また病気を持ち帰ってしまう危険を考慮し、国境も近く病人もいないこの集落が、合流するには都合がいいと言うことになったらしい
「あれ? 通信機があるんだ……、なんで飛行船にいた時に通信機で連絡取らなかったのですか?」
「あぁ、君はあまりそういうものとは縁のない土地出身だったね。飛行船の通信機は不時着の衝撃で壊れていたんだが、無事だったとしても通信できなかったんだよ」
なぜかテラオが田舎出身という話がボルコーの耳にも入っていた。
だがまあそのおかげで基本的なことから説明してもらい、アルムの補足もあってこのセカイの通信機がどういうものかが判明した。
通信機は魔法を使って通信するため、セカイに充満する魔素に散らされ、それほどの距離の通信ができない。特に夜はほとんど役に立たないらしい。
直進性が強いために、山などに囲われているとどこにも通信できない状態になってしまう。
長距離の通信は、いくつもの中継器を経由して届けている。など、基本的なことを教えてもらえた。
「では、この集落に残ってもらうものを決めよう」
船のことがわかるものが必要だと言うことで、副長と補佐からもう一人、それに整備士一人の三人がここで分かれ、集落に残ることに決まった。
テラオはもちろん次の目的地、村までの護衛組だ。
ちなみに、この集落にも五日ごとに乗り合い竜車――馬車の竜版――が来るのだが、次は三日後、ということで最初の予定通り徒歩で村に向かうしかなかった。
「さて、打ち合わせは以上だな。夕飯食べたら充分休息を取って、しっかり魔力を回復してくれ。解散」
夕飯を食べ終わり自由時間になった。
集落の中なので特に警戒はいらないとのことで、敷き布を一枚借りたテラオは広場の隅に広げて寝床を確保した。
今日の出来事や簡易マップをノートにまとめたり、武器や防具の手入れをしたり、のんびりとした時間が流れる。
辺りはすっかり暗くなり、頭上で照らしていた光の魔法を消すと、ごろんと仰向けに寝転がった。
「一日がすごい短く感じるな-、これが普通なんだろうけどさ……。ところでここの一日って何時間なの?」
(――♪生前テラオが過ごしていたセカイと一緒だよっ)
テラオの元いたセカイ――地球というとメニューに怒られるため――と同じと言うことは、二十四時間。ここしばらく一日が最低百時間を軽く超えていたテラオにとって、ここの時間はすごく早く感じてしまうのも仕方ないだろう。
「そっか、いっしょなんだ……」
空を見ながらぼんやりとするテラオ。
その瞳には星空――、ではなくキラキラと七色に瞬く満天の魔素空が広がっている。
このセカイは魔素に満ちている、おかげで魔法が使えるのだが、代わりに星空を見ることができない。
魔素は大気圏外では太陽を嫌う。そのため夜の側へと自ら移動し続けているらしい。そういうわけで、夜になると魔素が濃くなり魔力の回復も早くなる。
キラキラと七色の光を放つ小さな粒――魔素に埋め尽くされた空を眺め、テラオは呟く。
「この夜空を見ると異世界に来たんだなーって、実感するね」
テラオの瞳には、東の空から昇ってきた青い月が映っている。
本日21:30頃に次話投稿します。




