5,まずは『チュートリアル 基礎編』から
雲上の孤島に戻ってきたテラオ。辺りはすっかり日も暮れて暗くなっている。
昨日に続き、今日も羊小屋の空きスペースへ潜り込みごろんと寝転がった。
「実際に異世界があるってわかったのは大きいよね。あんな大きな生物とか見たことなかったし……」
魔素の尾だけでなく、竜種や巨人族などを見たことで、元の世界とは違う異世界をはっきりと認識できたのは、テラオにとって大収穫だったのだろう。
決意を固めた表情でじっと天井を見つめている。
(まさか異世界に居るすべてがあんな恐ろしい生物ってことはないよね。
でもきっと、あんなのを倒せるような強者もいるんだろうな。
そこまで強くなりたいというわけじゃないけど、のんびり楽しく過ごせるだけの力は身につけたいな)
――♪ドゥンチャカドゥンチャ、タカタカターン
「朝だヨ~~~♪」
「はやくない? 時差……なのかな?」
相変わらず唐突に朝がやってくる。
テラオも疑問に思ってはいるようだが、異世界と雲上の孤島の時差のせいかもしれないと、無理矢理納得している。
枕元にはいつの間に支給されたのか『カユトマール』が置かれていた。
テラオはグビッと一気に飲み干すと、小屋の外へ飛び出した。
◇
要領を得たのか、昨日よりも慣れた手つきで羊小屋の掃除を終わらせたテラオ。最後の干し草を積み込み、リサイクルされた干し草俵がズーンっと落ちてくると、裏へ回って毛玉を回収する。
「ペーターさん! 羊の毛、集め終わりました、確認お願いします!」
――♪ドゥンチャカドゥンチャ、タカタカターン
「クエスト完了を確認したヨ 報酬持ってくるからまっててネ~~~♪」
借りていたバリカンと毛の詰まった布袋を渡すと、ペーターは自分の小屋へ入っていった。
突然バン! っと言う音とともにテラオの目の前に看板が現れる。
【服を手に入れよう その一
クエストクリアー
クエスト報酬:服一式】
もちろんAR表示ではなく、メニューの手持ち看板だ。
「メニュー、毎回それやるの?」
「様式美ってやつね」
――♪ドゥンチャカドゥンチャ、タカタカターン
「お待たせー報酬ダヨ、追加報酬もあるヨ~~~♪」
渡されたのは麻の服セットと布の枕。クエストで集めた羊の毛入り布袋に、枕カバーを付けて仕上げてある。
「ありがとうございます、枕までもらえるとはうれしいです」
(ここに来て三日目だけど、初日に起こされてからずっと寝てない気がする……)
枕をもらって大事なことに気が付いたようだ。今更過ぎることなのだが……。
「枕は居住スペースに持って行きなさい、今夜からはそっちが寝床だからね」
メニューに言われ、テクテクと居住スペースに指定されたゴザへと戻るテラオ。
服を着てから戻ればいいのにパンツ一枚のまま。すっかり裸族になってしまったのか。
ゴザに戻りもらった服を着たテラオ。麻の服セットは、上着にズボンと靴のセットだった。サイズはぴったりだが、新品のためちょっとごわついている。
新しい服を着て、準備運動らしき動きをしていたテラオの元にメニューが現れた。
「村の子供っぽくなったわね、これから修行のチュートリアルを予定してるけど大丈夫?」
「ついに修行が始まるんだね、いつでもいけるよ」
雲上の孤島には牧場以外に小さな小屋が三棟建っている。
目的地はそのうちの一つ、ゴザから一番近くに建つ赤屋根の小屋だ。
木を組んで作られたログハウス風の小屋には、ちょっとしたウッドデッキが付いたかわいらしい造り。
バン! 小屋に入ろうと足を向けたテラオの目の前に、いつもの看板が現れた。
【チュートリアル -基礎編-
基礎を身につけるために、練習方法を教えてもらおう。
】
「ここで教えてもらえるのは基礎ね。『剣と魔法のファンタジー異世界』で生きていけるだけの基礎ってところかしらね」
「なるほど、基礎は大事だね。いってきます」
ウッドデッキに上り、ドアを開けたテラオの表情が引きつった。
「来たな小僧、基礎担当のベイスだ! がっかりさせるなよ」
真っ黒い大男が小屋の中から威圧していた。
ベイスを一言で表すと、黒人スキンヘッド髭マッチョと言った所か。
初心者の教官と言うよりも、どこかの部隊の司令官といった雰囲気。
二メートルを超える身長に、腕だけでテラオの胸囲以上ありそうなマッチョな体、頭はつるつるに磨き上げられ黒光りしている。
黒いあご髭の上にはガハハと笑う白い歯が光っている。仁王立ちするベイスが一人いるだけで、四畳半ほどの部屋が威圧感で溢れているかのよう。
「ベイス司令官、テラオですよろしくお願いします」
「教官だ! あほたれ。
早速始めるぞ、オレが教えるのは基本的な訓練方法だ。『剣と魔法のファンタジー異世界』で使える技能の基礎ってとこだな。
今日はチュートリアルってことだから、基礎訓練のやり方を教えてやる。
こんな狭い場所じゃ訓練にならねぇから外でやるぞ、外だ」
司令官、いやベイス教官に連れられ一緒に部屋の外に出たテラオ。ベイスは歩きながらこれからの予定を話し始めた。
「まず基本的なことだが、おまえはいくら鍛えても筋肉はつかない」
「え?」
「刺されても切られてもぶん殴られても壊れないボディーだが、ボディー自体の成長はしないんだ。
だが全く問題ない! タマシイを鍛えるからだ。おまえは『異世界転生』が目標だ。だがその時、そのボディーは持って行けない。タマシイだけで行くことになる。
だからタマシイを鍛えるってことはかえって都合がいいんだな。筋肉を鍛えるような修行ではない、タマシイを鍛えタマシイに知識を刻んで強くなれ! そういう修行になるわけだ。」
「な、なるほどー」
修行と言えば筋トレと思いがちだが、テラオの体はただの魂の入れ物、筋トレは意味がないとわかった。だが、魂を鍛えることで強くなることができるようだ。
テラオが転生するためには、魂を修行で鍛え、取り憑いている何かを除去しなければならない。そのために必要な修行が『魂を鍛え魂に知識を刻んで強くなれ』と言うことらしい。
「さて、おまえは剣と魔法のとか言ってたが、剣も魔法も使ったことはないだろ。だからチュートリアルでは、基本的な訓練方法をを教えることにする。剣、槍、棒、弓、盾、魔法といったところだな」
「えーと、憧れ武器のカタナはありませんか?」
何となく前世日本人なら日本刀、などと憧れてしまうのも男の子なら仕方ないことだろう。
「カタナが得意になっても、『剣と魔法のファンタジー異世界』にカタナなんかねぇぞ。おまえが作るのか?」
「あ……、作れないです」
存在しない、作れない。憧れ武器はあっさり却下された。
「どこにでもある武器、応用が利きやすい武器ってのを覚えておけば、無駄にはならねぇな。無駄なことは余裕がある奴がすればいい」
「わかりました!」
「それから魔法のほうは、いきなりぶっ放す練習はできないな。なんせおまえのいたセカイに魔法の魔もなかっただろ。
だからまずは体内の魔力の動かし方、魔力操作を教えることにする」
魔法と聞いて目を輝かせたテラオ。
一行は雲上の孤島の端に到着した。小屋のすぐ裏なので歩いて数歩といった距離なのだが。
「よし! 訓練島を浮上させるぞ」
「えっ島? 浮上?」
雲上の孤島は雲海に浮かぶ小さな島のような土地。
周囲はぐるっと崖になっており、砂浜のような場所はない。足を踏み外せばどこまでも落ちてしまいそうな急斜度の崖。雲は途切れることがなく、その下がどのような場所なのかは伺うことができない。
島の縁ギリギリのところでベイスが下を覗き込む、つられてテラオもおっかなびっくりで覗いている。
「おーきたきた」「な、なんかでかい物が浮いてきた!」
音もなく浮いてくる大きな影。
雲を突き破り現れたのは大きな島だった。
野球場ほどの広さで楕円に近い形。きれいに平らに均されており、芝生と思われる低い草に覆われている。何もないただ広いだけの島は、訓練専用の島と言うことらしい。
「メニューは言ってなかったと思うが、島の周りは結界があるから落ちることはないぞ、安心して訓練に励めよ」
「そういえば端に来たのって今回が初めてでした、結界があれば安心ですね」
「だろ、ぶん殴られて落っこちましたじゃ笑えねぇもんな、ガッハハッ」
「そ……それは遠慮したいですね」
やたら物騒なことを笑いながら話すベイス。「じゃあ、ここからつなげるか」っと言うと、地面をベシッっと平手で叩き付けた。
ベイスの叩き付けた地面がもこもこっと盛り上がり、にょきにょきっと蔦が生えてきた。
ぐんぐんと伸びた蔦は緩いアーチを描くと、その先にある訓練島に突き刺ささる。
刺さった蔦はさらに横方向へと成長して太くなり、島同士を繋ぐ橋へと変化した。
初めて魔法らしき現象を見たテラオは、ぽかんと口を開けたまま惚けた表情で突っ立っている。
「じゃあまず、訓練島の端をぐるっと走ってこい! 全速力だ! オレがいいと言うまで周回を続けろよ」
「ひゃぁー」
惚けている暇はないらしい。テラオは威圧に押され、全速力で走り出した。