1, 異世界旅行に出発!
金色に輝くオーラを放つ美少女が、小汚い塊の前でふわりと浮いている。
彼女の背には三対の羽。おそらく女神のような存在であろう。
金色の女神はゆっくり諭すように、小汚い塊に向かって語りかけた。
「あんた死んじゃったの、だから今はタマシイだけになっちゃったのね。ちょっと特殊なタマシイだからここに居るってところよ」
小汚い塊は、どうやら元人間。死後、魂になって女神の前に連れてこられたようだ。
このままでは永久に凍結、ほぼ殺処分するしかないらしい。
だが、魂を強化して、小汚いもの――何かというものらしい――を浄化できれば、輪廻転生の輪に戻すことができるとのこと。
『修行します。それで何かが取れたら剣と魔法のファンタジー異世界転生ってことでお願いしますっ!』
◇
新しい肉体をもらった小汚い魂こと『テラオ』。金色の女神『メニュー』に連れられやって来たのは、これから修行と生活をする施設。
周囲は崖になっていて、ぐるりと雲海に囲われている。
高い山の山頂なのか、空を漂う島なのかはわからないが、幻想的な美しい風景が広がっていた。
「ここはあんたのために用意された『雲上の孤島』よ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
長く苦しい十九日間の修行生活が続いた。
日数で言うと短く感じられるが、それは違う。ここ『雲上の孤島』は時間の進み方が全く違うのだ。
与えられた課題が全て終わらないと一日が終わらない。
課題が終わるまで、それが体感で何日でも何ヶ月でも何年だったとしても、ここでは一日でしかない。
とても恵まれた環境で修行を続けたテラオは大きく成長した。
成長しすぎてしまった。
「おめでとう! 一段階昇格。あんたは天使になったの」
メニューが統括し、四人の優秀な、それはもう優秀すぎる講師陣の指導。その熱意溢れる修行が実を結び、テラオは人という種族を超越してしまった。
ついうっかり調子に乗って鍛えすぎたというのは、いまのところ内緒らしい。
「今までの修行、チュートリアルは研修期間だったと言うことね。ということで、今からきっちり働いてもらうわよ」
天使とは、天上界の使者という立場らしい。今までの居候的な立場ではなく、天使となったからには仕事をしないといけない。
職場は下界、仕事内容は自由。だが、査定は厳しそうだ。
「じゃ、剣と魔法の異世界にいってらっしゃーい」
「えぇー。いきなりすぎだよー、もうちょっと説明をぉー、あぁー」
床が消え、テラオは真っ暗な空間へと落ちて行く。
◆
「ぬあー、落ちるぅー。う? あれ?」
真っ暗な穴をひたすら落ちていたはずだった。
だが、瞬きしているほんの一瞬で場面転換。
いつの間にか地面に立っていたテラオは、バランスを崩して尻餅をついた。
「いててて、ここは? 異世界に着いたのかな……」
尻をさすりながら立ち上がったテラオは、ぐるりと周囲を確認する。
それほど高くない山に囲まれた森林地帯にいるらしい。
小高い丘の上、崖っぷちにテラオは立っていた。尻餅が逆方向だったら尻から崖に落ちていただろう。
「何でこういうひやっとする所が着地点なのかなぁ! というかさぁ、転送は落とし穴じゃなくてもいいんじゃないかなぁ!」
何の前触れもなく昇格、途端に仕事を与えられ、心の準備もできぬ間に即転送。
文句の一つも言いたくなるのは仕方のないことだろう。
「剣と魔法のファンタジー異世界かー、わくわくするね。どんな仕事をすればいいのかな。いや、まずは周囲の確認からだな」
実はテラオ、異世界は初めてではない。修行期間中の体験クエストということで、講師と共に何度か異世界で過ごしている。
だが、今回は一人。初めての異世界一人旅だ、わくわくしない訳がない。
「【気配察知】【空間把握】【物理防御】」
周囲の生物を探知する気配察知。
自分の周囲を三次元的に把握できる空間把握。
そして、物理攻撃から身を守るバリアのような魔法、物理防御。
修行中のテラオが常に使っていた三種の魔法を、警戒のために早速発動させた。
「おぉ、生物がたくさんだ。これはウサギかな? こっちはリスっぽい小動物だな」
仁王立ちで目を瞑り、崖の上から異世界を全身で感じている。空間把握の範囲を伸ばし、世界がどんどん広がる。
「あそこは……、野生動物同士が争っているのかな。こっちは虎のような大きなネコ? 後ろから巨大な――」
――ゴゴゴゴッ。
「巨大な!?」と叫び振り返ったテラオの視界の先には、金属製の大きな楕円形。潜水艦のような物体が高速で迫ってくる。
「ぬあっー! 異世界わけわかんないよー」
慌てて崖から飛び降り、即座に魔法を発動する。
「【拘束!】」
崖の法面から蔦がにょろりと伸び、テラオはそれを掴む。敵を地面に拘束する魔法を、命綱に転用したのだ。
――ズガガガッ。
間一髪、テラオが立っていた崖の上を抉るように金属の塊が通り抜ける。
崖に当たることで跳ね上がった塊は、テラオの上空を通り過ぎていった。
「さすがにあれに直撃されたらダメージあっただろうな。それに突き飛ばされて落っこちて……、異世界油断できないね」
常人なら即死だろう。だが、修行で鍛えたテラオと、天上界で作られた肉体は並ではない。
拘束の蔦を操作して、テラオは元いた崖の上へと戻った。
「うわー、がっさり削られてるね。で、あれは何だったんだろう、まさかミサイルとか魚雷とかそういうものだったり?」
――♪飛行船だよっ、このセカイの乗り物だねっ。
テラオの左腕、黒く輝く腕輪から聞こえた活発系少女の声。
声の主はテラオ専用腕時計――見た目はただの腕輪――ことアルムのものだ。
「飛行船かー、ってアルムはこのセカイのものよく知ってるんだね」
――♪テラオが頼りないからねっ、いろいろ覚えてきたんだよっ。
「うっ、ごめんね頼りなくって。それにしても飛行船か、ファンタジー異世界だからそういうものもありかー。機会があったら乗ってみたいな」
ファンタジー異世界に思いを寄せるテラオ。空を飛ぶ所を想像でもしているのか、普段以上のぼんやり顔。
「あぁ! 飛行船ってことは乗員がっ、人が乗っているってことだよ。救助、助けに行かないと!」
気が付くのが遅すぎる。
崖に激突した飛行船が通常航行中なはずはない。爆発音や火災の煙がないことから、近くに不時着しているのだろう。
テラオは空間把握を一方向、飛行船の向かった方法へと伸ばして行く。
「あった、十キロほど先だ。急がなきゃ、モンスターが集まってきてる!」
――♪ポーン 『乗組員を守り抜け』クエストに認定されたよっ、がんばってねっ。
「【触手】【空板】! えっクエスト!? それってどういうことなの」
蔦を伸ばして崖を降りながら、空気でできた足場の板【空板】を次々作って落下速度を抑える。
空板はその性質を自由に変え、走る速度を上げたり、滑りやすい足場にすることができる。
応用範囲が広い空板の魔法をテラオは習熟していた。
崖から降りたらあとは走る。
【身体強化】の魔法で筋力を通常の五割増しに、天上界特製ボディーのテラオは疲れ知らずだ、ひたすら短距離走の早さで木々の間を走り抜ける。
――♪クエストをクリアーすると、雲上の孤島に戻った時に報酬がもらえるよっ。
「報酬! もしかしてそれは『雲上金貨』!」
――♪せいかいっ! 是非とも集めないとだねっ。
「うぉーやる気みなぎってきた! アルム、クエストどしどしちょうだい、がんがんクリアーしちゃうよ!」
これ程までテラオのやる気に火を付けた『雲上金貨』とは。
それは雲上の孤島にある食堂、『メイズキッチン』で唯一使える通貨。食事をするためにどうしても必要なものなのだ。
ではなぜそこまで、メイズキッチンで食事をしたいのか……。それはくだらない、とてもくだらない理由だった。
「シノービさぁ~ん、待っててくださいねー」
講師の一人『シノービ』、美しかわいい彼女に会いたいがため。彼女がいつも利用している食堂で一緒に食事をしたいという、実にくだらない理由だった。
――♪シノービのことになると、テラオは酷いねっ、実に酷いねっ。
走り出してから十分少々、到着した飛行船の墜落現場は危険な状況だった。
「モンスターを近寄らせるな! 亀裂を塞ぐまで持ちこたえてくれっ!」
不時着の際にできたのだろう、船体の左舷には大きな亀裂が走っている。
積み荷に興味を持ったのだろうか。船の周囲をぐるりと囲うように、野生動物型モンスターが狙っている。
船体はモンスターの攻撃でも耐えられるのだろう。だが、亀裂から侵入されれば乗員の命が危ない。
乗組員か兵士かは不明だが、揃いの装備に身を包んだ五人の男達が、亀裂の前で剣と盾を構え威嚇し、切りつけている。
その背後にいる整備士だろう数人は、どこかから剥がしてきた板を亀裂に当てては、呪文のようなものをぶつぶつ呟き修理をしているようだ。
「【氷の矢】!」
じりじりと集まりつつあった亀裂前、モンスターの囲いの一角を魔法で破りテラオは男達の前に立ちはだかった。
モンスター達に両手剣を向け、近寄る隙を見せないよう威嚇をする。
「助太刀します! 【氷の壁っ!】」
振り返ったテラオは、男達に一言告げると亀裂の前に氷の壁を造った。万が一モンスターをうち漏らしても、これで時間が稼げるはずだ。
最前に立つテラオに虎型モンスターが飛びかかる。だが遅い。爪を立てて襲ってくる虎をすくい上げるように両手剣の腹で。
――ボゴォ
勢いよく跳ね上げられた虎は、血を吐き息絶えた。
「切らないのかよっ! だ、誰だか知らないが助かるっ! 船の動力が死んでいるんだ、修理が終われば武装が使える、それまでなんとか!」
剣を使って跳ね上げ撲殺。突然現れた青年――テラオの意外な行動に、思わず突っ込んだのは隊長だろうか。一番年長に見える男が状況を説明してくれた。
モンスターの闊歩する異世界の飛行船だ、武器を積んでいない訳がない。だが、それが動作しないために危機的状況に陥っているということらしい。
「テラオと言います、新品の服を汚したくなかったものですから……。で、修理はどのくらい掛かりますか? 場合によっては船を放棄して脱出した方が……」
テラオの服は一見すると普通の普段着、ベージュのフード付きハーフコートに、ジーンズ、とても戦闘用の格好には見えない。だがこれは、修行の一環で挑戦した『中ダンジョン』の攻略報酬、『福引き』で引き当てた豪華景品なのだ。
防塵防水防汚などなど、『防』という字がやたらたくさん付く高性能素材を使い、天上界の講師が仕上げた逸品だ。
「服を汚したくない、か。船長のボルコーだ。亀裂はあと一時間あればなんとか、動力は……確認させる」
ボルコーは整備士に声を掛け、修理の状況を確認してくるよう指示を出した。
(魔法の銃とかないのかな……。飛行船がある位だから、光線銃とかありそうだけど)
(――♪動力を取り出すのが大変なんだよっ。自分の魔力を使う魔道具もあるけどねっ、魔力に自信がないと使えないから使い勝手が悪いんだよっ)
「なっ、声が! 直接!」
思考を読まれ、それに的確な答えを脳内に直接届けられた。あまりのことに驚き、思わず声を出してしまったテラオ。
(――♪声に出すとおかしな人と思われちゃうよっ)
アルムの突っ込みも的確だ。
だが幸いなことにテラオの独り言を気にした者は居なかった。
(最低一時間か、倒しても集まってくるんじゃきりがないよね……、さてどうしよう)
「なんだと! それでは動力の修理は不可能だと言うことか。くそう、万策尽きたか……」
「聞こえました、モンスターをなんとかして、全員でここを脱出するという方針でいいですね」
「な、なんとかするだと! この大群を相手に――」
方針は決まった。テラオは魔力を集中させ、大がかりな魔法の準備を始めた。
「【触手拘束】【触手拘束】【触手拘束】【触手拘束】……絡め取れ!」
連発する触手拘束の魔法。一本の蔦で相手を縛る【拘束】の強化版だ。
地面を突き破り、うねうねとイソギンチャクの触手のように何本もの蔦が伸びる。
それが数カ所、飛行船を囲うモンスター達を一匹も逃さぬように、一気に伸びた蔦が絡め取る。
モンスター達の悲鳴にも似た叫びの大合唱。危機を伝える声がが森に響く。
「潰せ!」――ぐしゃぁっ
拘束を逃れることができたモンスターはいなかった、テラオの空間把握と気配察知に隙はない。一斉に捕らえられ、一斉に潰された。
恐怖の思念が森中に伝わったのか、集まってくるモンスターはもういない。
今回テラオは、集まっていたモンスター達を一斉に縛り、絞ることで大きな叫び声を上げさせた。
声を聞いたモンスターは、ここが危険で恐ろしいものがいる場所だ、と認識させるようにそう仕向けたのだ。
相手が野生に生きるモンスターだからできた作戦。
モンスター達は弱肉強食の世界を生きている。多少でも知恵があれば、これ程恐ろしい場所に近寄ろうとは思わないだろう。
充満する血と肉と、生ゴミのような臭いの中、テラオは宣言する。
「モンスター討伐完了、クエストクリアーだね!」
本日19:30頃に次話投稿します。




