46,へとへと大連戦
唐突に最後の関門チャレンジが始まった。
エントランスホールはとても広い空間。装飾もなくただ広い空間の奥には、極太な円柱状のシャフトが天井へと伸びている。エレベーターか階段のシャフトと予想されるそこが、最上階へ向かう通路となっているのだろう。
テラオの前方には白い鎧を纏った兵士がずらりと並んでいる。
軽く頑丈そうな全身鎧を纏った兵士達は、まるでSF映画に出てくる敵のよう。半円形に陣取り、それぞれが銃や剣を携えテラオが動くのを待っているようだ。
ざっと数えて百人以上はいる兵士達に立ち向かうテラオはただ一人。相手の強さもわからない、これはかなり不利な状況だ。
「さっきの報酬で魔力は回復したし、腕輪もある。ここからは全力でいってみよう」
この状況でテラオは魔力を積極的に使っていくらしい。ここまで来て出し惜しみで失敗などしたら悔やまれる、全力で挑んで完全制覇を目指したいところだ。
「まずは【氷の壁】、それから様子見の【触手拘束】! ついでに【氷塊拘束】!」
身を守る壁を作り出し、まずは相手の動きを止めることにしたようだ。
足下を氷の床で固め、さらに触手拘束のワイヤーを伸ばして数体を縛る。魔法で防御できたとしても、一斉に囲まれては魔力が保たないだろう。まずは相手の足を止めて、少しずつ戦力を削って行く作戦ということだ。
――ズガガガガガ……。動けなくても銃を撃つことはできる、テラオに向けて兵士達の一斉射撃が始まった。
だが、壁に守られているテラオは慌てない。触手拘束のワイヤーを兵士数体に絡めると縛り上げる。
――メキメキッ、バキッ!
触手拘束に捕らえられた数体の兵士は、締め上げられバキバキと音をたて潰されていた。だが、その光景はグロテスクなものではなく。
「ロボ? 兵士型ロボってことかな。それなら汚れなくっていいね」
ロボだろうと生身だろうとあまり変わらない、汚れなくていいねというだけの感想もずいぶんと冷めたものだ。
今のテラオは敵であれば、それが人型であっても躊躇などしない。ベイスとの訓練を始めたばかりの頃は、人型の案山子に対して攻撃したくない素振りを見せていた。だが今はもう違う、大失敗を経て成長したテラオは迷わない。
「じゃあ、ドスンといっちゃうよー【氷の厚板】!」
ロボ兵士達の頭上に大きな氷の板が出現。足下を固められた兵士達は避けることもできず。
――ドスン と下敷きに。
それだけでは終わらず、テラオは触手拘束の蔦状のワイヤーを使い氷の板を持ち上げると、ペッタンペッタンとまるで道路を平らにならすかのように敵を押しつぶしていった。
「結構楽に片づいたね。でも兵士の武器が普通の銃で良かったよ、あれが光線銃だったら氷の壁じゃ役に立たないからね」
そういうことを言うと次回のダンジョンに実装されてしまうのがここだ。あとで対策を考えるつもりかもしれないが、不用意な発言は控えた方がいいのではないだろうか。
それはそうと、あっさり撃退したエントランスホールでの戦闘。兵士達のいた場所には毎度よく見る木箱が置かれていた。
「ドロップアイテムだー! まさかさらに増量した魔力の源とかないよね……」
さらに増えたら今度は何リットルが何本になるのやら。兎に角中を確認せねばわからないと、木箱を開けたテラオの目が点になる。
「目録? じゃないよね……」
木箱に入っていたのはやたらと大きな鍵。
イベントの目録として渡されるような一メートルは超える大きな鍵。だが、あんな見てくれだけのものではなく。
「ずっしりと重すぎるんですけどー。これ金属の塊だよね! もうちょっとなんとかならなかったの?」
これが先に進むための鍵で有ることに間違いはない。テラオはぶつぶつと文句を言いながらも、身体強化の魔法を使いへっぴり腰で鍵を抱え、よろよろと先へと進んだ。
円柱状のシャフトは太く、そして圧倒するように高くそびえている。外からは普通の城にしか見えなかったが、ここはダンジョンの中。不思議な空間に繋がっていて、中と外見が違ってもおかしくはない。
テラオがシャフトの前に着くと、待っていたかのように大きな両開きの扉が開く。同時に内部のスライド扉も開き、円形の大きな空間を確認できた。この造りはエレベーターとみて間違いないだろう。
「はぁー、やっと着いたー。戦闘よりドロップアイテムに手こずることが多いというのはおかしいと思うんだ」
巨大な鍵を抱えてよろよろと歩いてきたテラオ。エレベーター正面に鍵を入れるシリンダーを見つけ、やっと解放されると言った表情。
他に何もないエレベーター内部の壁に、にょっきりと一つだけ飛び出しているシリンダー。
だが、ここでもちょっとした意地悪設定が。
「なんでこんなに高い所にあるかなー」
タライほどもある大きなシリンダーの出っ張りは、テラオが背伸びしてやっと届く位置。ここはテラオ専用のダンジョンだったはず、どうにも悪意を感じる設計だ。
重たい鍵を差し込み「よっこらせ」と右に半回転。
――ガタン と音をたててエレベータ内部に振動が。
「あれ? 上だよ上ぇっー! なんで降りてるのー」
慌てて鍵をガチャガチャと動かしてみるものの、全く反応することなくエレベーターは降りていった。
――チーン♪ 地下二十五階でございます。
機械的な音声が響いた、ずいぶん下まで降りてしまったようだ。
「うへぇ、やっと止まったんだ」
テラオは改めて鍵を操作しようとしたが、その手を止めて扉の方へと振り返った。ゆっくりと開く扉の先には、キシャーと声を上げる巨大カマキリ型モンスターが!
「うぉ! 驚いたー。仲良く一緒に上にって訳無いよね、早く行きたいんだけどな……。倒すまで扉は閉まりませんって設定かな?」
いちいち相手をするのも面倒、そんな様子のテラオは魔力を集めると。
「【業炎の大玉】」大カマキリに向けて炎の玉を飛ばして一気に燃やしてしまった。
――チーン♪ 上へ参りまーす。
◇
――チーン♪ 地上一階でございます。
「や、やっと戻ってきた……」
各階止まりだったエレベーター。きっちり二十五体のモンスターの相手をさせられたテラオはうんざりしている。
今やっと出発地点である地上一階に戻ってきた。ゆっくりと扉が開くとそこには鎧を赤く染め直した兵士達。
いや、先ほどとは別バージョンの赤いロボ兵士がズラッと隊列を組み、見たこともないような銃を構えて射撃体勢を整えて待ち構えていた。
「あれはまずい気がする!」
慌てて氷の壁で入り口を塞ぎ、さらに防御を固めたテラオ。と、ほぼ同時に兵士達の一斉射撃が始まった。
――ジュワージュワー
赤い兵士の銃から放たれたのは、銃弾ではなく熱線。氷の壁は脆くも崩れ、すでに跡形もなくなってしまった。白い兵士を一掃したあとにテラオの放った一言、それに即対応された形だ。
対するテラオも逃げ隠れするだけではなく、地面をべしべしと叩いて小さな土の壁を造っては熱線を避け、触手拘束を放っては兵士を数体まとめて絞り上げていた。
「くぅ、さっき余計なこと言ったからだよね……。氷の厚板飛ばしてもすぐ溶かされるだろうし、熱線銃とか対応早すぎでしょう」
苦戦しつつも少しずつ数を減らすことで戦況はテラオ有利に傾いてきた。最後の仕上げとばかりに放った大技、連続爆破で敵をなんとか一掃する。
「なんかものすごい魔力消耗しちゃったよね。まさかこんなに連戦になるとは思ってなかったよ」
回復できない状況で連戦させ、消耗しきったところでラスボス戦に挑ませる。ダンジョン側の思惑そのものではないだろうか。だからといって節約してなんとかなるほど甘い相手ばかりではなかった。この先も戦闘はあるだろう、テラオにとってかなり苦しい状況だ。
「ふぅ、エレベーターが動き出さないってことは、また鍵をなんとかしないとってことだろうね」
落ち着いた所で次に向けて動きだしたテラオ。今度は何かヒントがないかと鍵穴やシリンダーを観察し始めた。また下に降りて二十五連戦などさせられたら、たまったものではないだろう。
壁登りを使ってシリンダーの上部を見たテラオは固まった。そこには小さなプレートが貼り付けられており、小さな文字でこう書かれていた。
【押して回すと上昇します。そのまま回すと下降します】
「不親切にもほどがあるでしょうが! 下にもプレート付けといてよぉ」
まあ意図的に隠されていたのだろう。ここはテラオをからかう、ちょっとした悪意溢れるダンジョンなのだから。
拘束の魔法で自分の体を固定することで、無事鍵を押して回すことに成功しエレベーターは上昇を始めた。
テラオはすごく警戒している。
床壁天井のどれかがいきなり剥がれたりしても落ちないようにと、拘束を張り巡らせていつでもワイヤーをつかめるように伸ばしている。
いきなり敵の大群が降ってきても対処できるようにと、氷の壁、土の壁で二重にぐるりと囲っている。
何が来ても対処できるようにピリピリと緊張しているテラオ。たまにエレベーターが微振動を起こすたびにびくりと反応してはほっとする。気の休まらない状況は長く続いた。
――チーン♪ 二階でございます。
「二階まで長っ!」
やたら緊張を強いられ、やっと解放される。まだ最上階ではないが少しほっとした様子のテラオ。だが開く扉を見た途端にその表情は厳しいものになった。
ブニブニのどろどろしたジェル状ゴーレム。毒々しい色と悪臭を放っており、酸であろうものを垂らしながらずるりずるりと近づいてくる。
通路の一部が溶けていることから、酸のような溶かす溶液を分泌しているようだ。
「このタイプは初めてだ。近寄る前になんとかしないと! 【業炎の大玉】【業炎の大玉】!」
二つの大きな炎の球を作り出しドロドロゴーレムへと放った。ゴーレムは激しく燃焼すると……。
――バゴーン!
爆散して周囲に酸をまき散らし消滅した。
幸い警戒のために二重の壁で囲っていたテラオは無事だったが、エレベーターは無事では済まなかった。床に大きな穴が空き、壁や天井もめくれ剥がれ歪んでいる。
――チーン♪ あなたのせいで壊れました。あとはワイヤーを伝ってご自分で上まで上がってください。
嫌みたっぷりな機械的な音声が流れる。
「うぅ、確かに薬品に火を近付けるとかやっちゃ駄目なことだよね……。生身の体だったら発生した毒ガスでやられていたかもしれない、軽はずみな行動だったな」
しっかり反省したテラオ。しょんぼりとした様子で剥がれた天井からエレベータ上部へ登る。一応鍵は抜いてエレベーターの床に転がしてある、なくても動きそうだが念のためだ。
◇
身体強化と空板を使い、ワイヤーを器用に登ったテラオはついに最上階への扉前に到着した。親切なことに『最上階』と扉に書かれているので間違いはないはずだ。
「いよいよだね。どんなラスボスが控えているんだろう、その前に魔力を補充したいね、残り四分の一って所だからね。えっと腕時計さん魔力の――」
テラオが決意を固め、準備をしようとした所で。
――バッコーン! と扉がはじけ飛びテラオを襲う。ワイヤーに掴まっているため自由に動けないテラオ、防御魔法でなんとか直撃を避けることはできた。
『早くしやがれ! じれったいぞっ!』
最上階は明かり一つ灯っていない真っ暗空間。だがそこには巨大な何かが立っている。恐ろしい何かがテラオを睨んでいる。
最上階のラスボス、その正体は一体誰なのかッ!
『おらぁ坊主! 早くしろってんだよッ、ぐずぐずしてると燃やすぞ!』
自ら作り出した大きな火の玉に照らされたラスボス。その姿は通常の三倍。いや五倍ほどに大きくなったベイスだった!
「何でベイスさんがラスボスなんですかぁ!」




