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4,ファンタジー異世界を見に行こう

 夕方になったら『異世界体験』に連れて行ってもらえる。それを聞いたテラオはご機嫌な様子でペーターの元へと向かっていた。

 ペーターは相変わらず牧場入り口で踊っている。


「羊小屋の掃除を手伝いたいけど教えてもらえますか?」


 体感で数分だったが、一晩泊まった宿をきれいにしようということだろうか。

 テラオは誰に言われた訳でもなく、自主的に小屋の掃除を申し出た。



 ペーターに指示された作業は、羊小屋に敷かれた干し草の敷き替え。

 使用済みの干し草を小屋の裏にある捨て場へ持って行き。きれいになった羊小屋に、干し草置き場に置いてある新しい物を敷く作業。

 フォークで寝床に敷かれた古い干し草を掬うと一輪車に乗せる。いっぱいになった一輪車を裏の捨て場へ持って行く。

 何往復もしてすっかりきれいになった羊小屋に、新しい干し草をふんわりとなるように敷き替える。


 初めはふらふらと覚束ない様子で作業していたテラオ。だが、作業の後半過ぎる頃には、しっかりとした足取りで一輪車を転がせるほど慣れていた。


 最後の干し草を羊小屋へ運ぼうと、一輪車を押すテラオが干し草置き場から出た瞬間のことだ。

 ズーンっとお腹に響くような重低音と共に、置き場の中に何か大きな物が落ちてきた。慌てて振り返るテラオ。


「あ、新しい干し草が落ちてきたのか……、自動で補充されたってこと?」


 置き場の中には、新しい干し草が俵の状態で鎮座している。


――♪ドゥンチャカドゥンチャ、タカタカターン


「干し草はリサイクルされるんだヨー、捨て場を見てくるといいヨ~~~♪」


 テラオは駆け足で羊小屋の裏へ回り、捨て場を確認する。

 そこには。


「毛玉? 羊の毛が玉になって落ちてる……。これって捨てた干し草に絡まっていた毛がここに残されたってこと?」


――♪ドゥンチャカドゥンチャ、タカタカターン


「お掃除のお駄賃だネー、明日も頑張ればクエストクリアーだネ~~~♪」


 落ちていた毛玉は布袋半分くらいの量、二日分で丁度いっぱいになると言うことらしい。


「や……やったぁ! これで服を着られそうです。

 あれ? でも、毛を刈らないで達成させたらズルで無効にならないですか?」


「ふふーん、看板をちゃーんとしっかり見てみるといいわ」


 メニューがスイッっと現れ看板を。


 バン!


【服を手に入れよう その一


 かわいい羊達の毛を集めよう!

 袋いっぱいに『羊の毛』を集めたらクエストクリアーだ!

 羊はすばしっこいから注意だぞ!


 レンタルアイテム:魔動バリカン、布の袋|(小)

 クエスト期限:三日間

 クエスト報酬:服一式】


 『袋いっぱいに毛を集めたら』としか書いていない看板、つまり集める方法は自由と言うこと。


「いっぱいに集めるとしか書いてない! バリカンを使わないと失格じゃないんだね」


「そうね、そんな規定は書いてないわね」


 偉そうに胸を張るメニュー。


「そっかぁよかった、明日にはぱんいち卒業だ!

 あ! でも今日の夕方に異世界体験だよね、服着ないで行ったらまずくない?」


 『装備はパンツだけ』で異世界デビューは格好付かないと気が付いてしまったようだ。できれば黒歴史は回避したいのだろう。

 テラオはどうしようかとおろおろしている。


「心配ないわ、人間なんか近寄れない場所、魔境といったところね。素っ裸でも誰も気にしない所だし、ぱんいちでも問題なしよ」


「え? えぇーっ! 黒歴史の心配よりも命の心配が……。異世界に着いたら即ガブリってことには……」


「あたしが居るんだからそんな心配無用よ。それより出発まで時間があるから大事な説明をするわね」


 心配無用と言われても……と、落ち着かない様子で身構えているテラオ。きょろきょろと辺りの物を物色している。武器や防具になる物を探しているようだ。


「大事な説明だから落ち着いてちゃんと聞きなさい! 

 あんたのボディー、つまりその体のことだけどね。この『雲上の孤島』から離れると活動できる制限時間があるのよ」


 メニューの話が始まると、テラオは驚いた様子で耳を傾けた。自分の体のことだけにとても大事なことだと理解したようだ。


「制限時間を過ぎると徐々に溶け始めるわ。三十分位でゾンビのような見た目になるわね、一時間を過ぎると液状になるでしょうね」


「制限時間って言うから、電池切れのような物かと思ったら……、液状に溶けるって想像以上にグロいね」


「見た目だけじゃないわよ、ずっと激痛に襲われるわ。溶けきるまでずっと、気絶することも許されずに耐えることになるわね」


「うぅ、救いがないね。制限時間ってどのくらいなの?」


「計ってみるわね」っと言うと。メニューは体温計のような物を取り出し、テラオの胸にぐさぁっと刺した。


「ぐふぉっ」


――♪ピピピッ


「驚きすぎよ! そんなに痛くないでしょ。測定結果はー、んー二日が限界って所ね」


 「殺されるかと思った」と焦るテラオを尻目に、メニューは涼しい顔で制限時間を告げた。

 テラオは胸をさすりながら確認しているが、体温計らしき物で刺された痕は全く残っていない。


「修行でタマシイとボディーの繋がりが深くなれば制限時間も延びるわ。ある程度伸びたら異世界クエストに行けるようになるわ」


 二日間という制限時間はかなり短い。異世界に行けたとしても、ちょっと観光するだけで終わってしまう時間しかない。修行すれば制限時間が延びる、異世界でクエストという二つの情報を聞いたテラオは目を輝かせていた。




「さて、そろそろいい時間ね。あんたの希望している『剣と魔法のファンタジー異世界』見に行くわよ」


「わーい、魔境だ魔境だー、わー」


 初めての異世界、ファンタジーな世界に期待は高まるが、人外魔境と聞いてしまってテンションがあがりきらない。でも見てみたい、でも怖い。そんな微妙な気持ちがテラオの声に表れている。


 パチン! とメニューの指の音が響く。



  ◆



 周囲の風景が一変した。

 ここは相当高い単独峰の頂上らしき場所。

 全方位遮る物のないパノラマビューが広がっている。

 見下ろせば遙か下方に雲海が見える。ぐるっと雲海に囲われたこの場所は『雲上の孤島』に似た雰囲気。


 森林限界高度を遙かに超えていると思われるここは、草木一本生えていない岩山。

 ごろごろとした岩が目に付くが、ここら一帯だけ平らに均されており、小さなテーブルと椅子が用意されていた。

 ちなみに、メニューの椅子はテーブルの上にちょこんと置かれている。マホガニーだろうか、高級そうな木でできた小さな椅子。そう、決して椅子に被せて使う子供用補助椅子ではない。


 遙か彼方まで広がる雲海に太陽が沈んで行く。

 あかね色に染まる雲海がとても美しい。

 メニューが夕方を選んだのはこの景色を見せたかったのかもしれない。


 雲海の隙間から樹海が見え隠れしている。

 街の明かりらしきものは全く確認できない。魔境という話も大げさではなかったようだ。


「こんなきれいな夕焼け見たことなかったよ! ありがとう大感謝だよ」


「ふふーん。ま、座ってお茶でも飲みながら景色を楽しんで」


 進められて座ったものの、落ち着きなくあっちこっちキョロキョロするテラオ。あっちに海が見えたやら、大きな池が、川が、と子供のように報告している。


 と、ある方向を見ていたテラオは動きを止めた。近くの山の山頂付近をじっと見つめる。


「メニュー、あの山頂付近に何かがたくさん動いているっぽいのだけど」


「あれはファンタジー生物よ! 『ファンタジー異世界』なんだから居るのは当然でしょ」


「ファンタジー生物がどんな生物かは……、知らないほうがよさそうだね」


 魔境に住むファンタジー生物なのだから、きっと相当恐ろしい生物。下手に知ってしまうと後悔するかも、と判断して聞かないことにしたのだろう。




 辺りはすっかり暗くなった。あっちこっちの景色を堪能している内に日は沈んでいた。


「なかなかいい夕日だったでしょ、今度は反対側を見ていなさい」


(東……だよね、でも異世界だから違うかもしれないな。異世界の月が見られるのかな)


 暫定東の空に目を向けるテラオ。

 虹色にきらきら輝く粒が紐状に集まった何か、が地平線から昇ってきた。


「天の川……かな?」


 時間が経つにつれ、虹色の紐の根元はどんどん太くなり、暫定東の空を昇っていく。


「天の川じゃないよね、あれは何?」


「魔素ね、この星にくっついて常に太陽の反対側になるように回っているのよ。

 太陽に見つからないようにこの星を盾にして隠れている、って感じでおもしろいわよね」


「えっ、くっついて回ってるって巨大寄生生物とか?」


 人外魔境と言われ警戒していたテラオだが、さすがに星に寄生するほどの大きな生物は想定していなかった。


「この星が生まれてすぐ位の頃、ふらふらっとやってきた魔素の塊がね、この星にぺたっとくっついたのよ。

 この星の半分位の大きさだから、雪だるまみたいでかわいかったわよ」


「ということは衝突したってこと? よく壊れなかったね」


「勘違いしてるみたいだけど、魔素の塊だからふわっとした感じなのよ、だから当たっても衝突にはならないわね。

 くっついて、少しずつこの星が魔素と融合して、だから魔法が使えるようなファンタジーセカイになったのね」


 寄生生物ではなく、惑星大衝突でもなく、ふわっとした物が当たっただけだとか。でもってくっついたおかげで魔法が使えるようになった。

 事実を聞いてさらに混乱した様子のテラオ。


「そ、そうなんだ。そんな偶然があったから魔法が使える世界になれたのか。見える位に魔素が濃いってことはすごい魔法が使えるのかな?」


「うーん、雪だるまの頃なら『すごい魔法』だったのかもしれないけど。今はにょろ~んとして、オタマジャクシのしっぽみたいだからね。まあそれなりなんじゃないかな」


「そうなんだ。あー、にょろ~んの先っぽが見えたから、天の河っぽかったんだね」


「十億年位前までは雪だるまで頑張ってたんだけどね。にょろ~んのほうが疲れないって気が付いたのかしらね。徐々にだらけてきて、今はオタマジャクシになっちゃったのよね」


「え? 意思があるの?」


「さぁどうなんでしょうねー、ふふふ」


 魔素の尾と言ったところか。魔素はすでに暫定東の空いっぱいに広がっている。

 意思があるのかは気になる所だろうが、メニューはそのことを語るつもりがないらしい。


 魔素の尾に照らされる夜は、月明かりには及ばないがうっすらと明るい。

 周囲一帯が魔素のきらきらにうっすら包まれている。頂上スペースは、魔素に浮かぶ孤島のようになっていた。


「地球とは違う星、異世界なんだなって実感できたよ」


「あー、その『地球』って呼び名は使っちゃ駄目よ!」


「え? どういうこと」


「原始的すぎる! すっごい安直な考え方で付けられた名前! 

 つ・ま・り、他のセカイでも、自分住む星を『地球』って呼んでいる可能性があるってことなのよ。すっごくセンスがない名前なのよ! 

 だいたい他の星には夢のありそうなロマンチックな名前を付けたりする癖に、自分の住んでる星の名前はぜんっぜんなのよね! 

 おかしいわよね、扱いが雑すぎるのよね、適当過ぎるのよね、まったくっ。

 だ・か・ら、あんたは『地球』出身ですなんて間抜けなことを言っちゃだめよ、絶対だめなのよ!」


 禁句だったらしい。ものすごい勢いでまくし立てるメニューに、テラオは圧倒されている。


(元の世界を地球と呼んではいけない、これ絶対。これからは前世の世界とかそんな風に呼ぶことにしよう)


「おほん、この話題はもういいわね。じゃあ最後に、特別ゲストが集まっているみたいだから紹介するわね」


「特別ゲスト?」


 異世界を体験できたのでこれで終わりかと思ったら、意外なサプライズ。誰が現れるのかとわくわくのテラオは目を輝かせる。


「ファンタジー生物の皆さんでーす」


 メニューが指をパチンと鳴らすと、スポットライトが上空に灯り、頂上スペースの周囲がぐるっと照らし出した。


 暗闇からライトに照らされ現れた姿は、見上げないと全体を把握できないほどに巨大な異世界生物達。

 さまざまな種類の龍種達。

 種族不明な巨人族達。

 猛禽類に猛獣などなどなどなど……。


 異世界生物頂上決戦でも始まるのかという賑わいが、この頂上スペースを円陣で囲うようにわっさわっさと集まっていた。


「はぅぁぅぁぅはぅ」


 逃げたくても脚が動かない、そんな様子でへたり込み、腰が抜けてしまうテラオ。


「あんたのためだけに、この辺に住んでる暇そうな『ファンタジー生物』に集まってもらったのよ」


「オレタチ オマエ マルカジリ ですね、わかります」


「あはは、結界があるから大丈夫よ」


「破られない? 壊されない? マルカジられない?」


 テラオは青ざめた顔でメニューに縋るような視線を送っている。


「安心しなさい大丈夫よ。あんたの求めている『ファンタジー異世界』には、こんな生物がいますよっていう紹介だけだから」


「異世界転生……、大丈夫かな」


「大丈夫なように修行しなさいってことね。目標ができてよかったわね」


「う……うん」


「それじゃ、今日の異世界体験はここまでね。戻すわよ」


 メニューはパチンっと指を鳴らし、テラオを送還した。



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