41,ちょっと寂しい雲上の孤島
ゴザに戻ったテラオは、早速小ダンジョンの一人反省会を開いていた。
「魔法じゃない攻撃の対策かー」
ノートには【魔法では無い『空気』、『水』】と書かれている。武器ではない物理攻撃、今回の小ダンジョンでは視界が確保できない空間で、圧縮空気を放つカエルの攻撃に手も足も出なかった。同様の攻撃への対策を考えているのだろう。
ぶつぶつといつものように独り言会議で対策を考えるテラオ。だが今回はかなりの難題、いいアイデアが浮かばないようだ。
まず今のボディーならば問題ないだろうが、空気を遮断してしまうと転生後は防御魔法で窒息することになってしまう。これでは使い物にならない。
また、攻撃してくる空気というのもお願いで指定しにくい物。強風と攻撃してくる空気の境界がはっきりしない。
風だけでなく水もそうだ、雨を全て弾く設定では魔力が持たない。今はなんとかなるが転生後に困るようでは使えないと、テラオ一人会議は結論を出せぬまま続いていた。
――♪ピンポロポン。十五日目の朝です、走り込みの時間です。
――♪ピンポロポン。カユトマールを支給します。
「時間切れかー。よし気持ちを切り替えて今日も頑張ろう」
会議は腕時計さんによって中断させられた。結局対策は見つからなかったが、テラオに諦めの様子はなかった。そのうちなんとかなるさという気持ちなのかもしれない。
カユトマールをグビッと一気に飲んだテラオは、ペンギンに挨拶すると訓練島へと走り出した。
今日から素振りも打ち合いも両手剣のみの訓練になったのだが、左右どちらでも構えられるようにと言うのが難題だったようでテラオは少々苦戦している。
テラオの今までの構えは、握りの剣先側を右手で持っていた。だがこれを逆にするというのは、腕だけでなく足の動きも考え方も変えなければならない。案山子達に馬鹿にされながらも少しずつ慣れようと努力している。
「おう、苦労してるな」
苦労しているテラオの元にベイスがやって来た。
ベイスはしばらく黙って見ていたが、上達の遅いテラオを見てぼそっと語り出した。
「両手で同じように扱うってのは難しいだろ。最初から慣れていけばそうでもないんだがな」
案山子達を相手に余裕のないテラオは頷くことで返事を返した。
「まず頭で考えようとするな。おまえのアタマん中は空っぽなんだ、体を動かしてタマシイで覚えろ! 生前の感覚でいるから難しく感じるだろうが、意識しないで振れば結構なんとかなるはずだぞ」
アタマ空っぽと馬鹿にしたような言い方だが、高性能ボディーに魂しか入っていないテラオにとって紛れもない事実。
ベイスの言葉がヒントになったのか、少しはましな動きになったテラオ。まだまだ逆の構えでいつもの調子を出せるまでは行かないが、数日前のテラオと同等位までは追いついた。
――♪ピンポロポン。打ち合い練習終了の時間です。
「よし、打ち合いはその辺にして、今日は一ついい魔法を教える」
「お! 新魔法ですか、楽しみだ」
へとへとだったテラオだが、新魔法と聞いて元気を取り戻した。いそいそと武器を片付けベイスの前に戻ってくる。
「もっと前に教えて欲しいと言い出すかと思っていたんだが、今日教えるのは結界の魔法だ」
「おぉー、結界。なんだかすごい魔法ですよね」
「まぁすごいな、だがありふれてる。この島の周りにも結界があって落ちないようになっている、とチュートリアルの時に説明したよな」
「聞きましたけどありふれてるとは……。もしかして結界は防御魔法の延長とかそういう意味でありふれてる?」
その後のベイスの説明によると、結界と防御魔法は動かせるかその場に固定するかが大きな違い。動かせない分結界の方が消費魔力が少なくて済む。
そして最大の特徴が。
「結界は複雑な条件設定を付け、その内部に条件に満たない物を入れないと同時に、内部で変化し条件に合致した者を即排除することができる」
「え? ちょっとよくわかりません……」
「あーやっぱりな。例として案山子を結界で囲ったから殴りに行ってこい」
ベイスの説明が複雑すぎて理解できなかったテラオ。当然ベイスも予想していたのか、慣れた返答がかえってきた。
ベイスに言われ案山子に殴りかかろうとしたテラオだが、その手前で何か固い物に当たったかのように弾かれた。何度向かってもどこから向かっても弾かれる。
「これが結界……、でも防御魔法と変わらない気がします」
「んじゃ、案山子と握手してこい」
何を言ってるんだと言った表情で案山子の元に向かうテラオ、だが結界で弾かれることなく案山子の元まで進み握手を交わす。
「結界を解除した訳じゃないですよね? どうなってるんだろ」
「そこで案山子に殴りかかれ」「え?」
言われたテラオは案山子を殴ろうと拳を構え……る前に結界の外へと弾き出された。
「これが結界だ! 本来複雑な発動方法が必要なんだが……、おまえの場合お願いだからな、まあ自習なりでやれる所までやってみてくれ」
――♪ピンポロポン。斥候技能講習の時間です。
「ありがとうございました。いってきます!」
ベイスがなぜだか急いで講習を終わらせた様子だったが、テラオは全く気が付いていないようだ。
相変わらず素早い反応で片付けを終わらせると、緑屋根の小屋へと走って行った。結界の講習自体はほとんどなかったが、テラオのお願いする魔法ならなんとかなるとベイスは見込んでいるのだろう。
◆
「あれ? なんだこれ?」
小屋には誰も居なかった。
ただ部屋の中央に光で描かれた文字が浮いているだけ。
【ここに立って上を見るッス】
「シノービさんが僕のために書き置きを……」などと気持ちの悪いことを言いながら部屋の中央に立つテラオ、書かれたメッセージに従い上を見上げる。
天井には光で描かれた【今日はマッピングの講習ッスよ】の文字が――。
「あぁぁぁー、やっぱり落ちるのかー」
見上げた格好のまま地下へと落ちて行くテラオ。光の文字は不意打ち狙いだったのだろうか。
◆
レンガ造りの迷路型ダンジョン。今日の舞台は初日のマッピング講習と似た構造のダンジョンのようだ。
落下地点にも光の文字が描かれていた。
【モンスターの出ないマッピング集中特訓ッス。きっちりマッピングしてチェックポイントを目指すッス】
「なるほど。ゴール地点でシノービさんが僕を待っているのですね! すぐ行きますよぉー」
ノートとペンを取り出したテラオはゴールを目指し通路を走り出した。
初日に似たダンジョンというのは最初だけだった。
しばらく走ったテラオは粘着質の床や足の沈む砂地、底の見えないほど深い谷に掛かった吊り橋など、マッピングの難しい通路を歩いていた。
モンスターが出ないとはいっても楽な講習ではないようだ。いや、この状況にモンスターが追加されていたら難易度は跳ね上がる。この設定はシノービの気遣いだったのかもしれない。
「モンスターを警戒しなくていいのは良かったけど、罠の警戒はした方がいいのかな……」
いつも大変な目に遭っているテラオは、他にも何かあるだろうと常に警戒するようになっていた。
しばらく進むとまた谷。先ほど吊り橋を渡った谷に戻ってきたらしい。今度は吊り橋ではなく丸太橋、慎重に渡らないと落ちてしまう。
おっかなびっくり渡った先、さらに進むとまた同じ谷に戻る。谷を縫うように通路が設定されているようだ。
今度の通路は飛び石。足先ほどしかない小さな石が谷の向こう岸まで点々と浮いている。
「これを渡るのか……」
踏み外せば落下間違いなし。いくら高性能ボディーとはいえ落ちたら大ダメージ、痛みは普通にあるのだから激痛どころではないだろう。
意を決したテラオは、助走を付けて最初の石へとジャンプした。
「空板使えば余裕でした」
ということで、足場が小さいなら大きくすればいいじゃないと、テラオは昨日覚えた空中足場【空板】を使って楽々谷を渡りきっていた。
渡った先、到着地点にチェックポイントが設置されていた。
【チェックポイント】
たったこれだけ書かれた看板がぽつんと置かれただけ。看板以外に何も置かれていない、さらにここで行き止まりとなっている。
テラオは壁をペチペチと叩いたり、床をトントンと踏みつけたりしてこの場所を調べているようだが、特に怪しい所は見つからなかった。
悩んでいても仕方ないと諦めたのか、その場にぺたんと座ってノートを広げる。今まで書き上げたマップを調べることにしたようだ。
「特に怪しい所もないなー。分かれ道も全部通ったし、うーん……」
と仰向けに寝転がったテラオの視界に光の文字が目に入った。
【落ちるッスよ。次はゴール目指してマッピングッス!】
「なるほどねぇぇえぇーっ」
寝転がった姿勢のまま落ちて行くテラオ。見上げて文字を見たことがきっかけで落ちる仕掛けだったのか。ずいぶんと凝った物を用意したものだ。
暗闇の中へと落下したテラオ。谷底ではなく立体迷路のような場所に落とされたようだ。
床板だけで構成された立体迷路。上り下りと複雑に絡み合い、一見しただけではどこがゴールに続いているのかわからない構造だ。ただ今回はマッピングの講習、最短でゴールを目指すのが目的ではない。
ノートの新しいページを開いたテラオは、早速マッピングしながらゴールを目指し走り出した。
谷の洞窟は床に面倒な仕掛けをされていたが、立体迷宮は床以外が仕掛けだらけの場所になっていた。
遙か先まで続く一本道にはびっしりと並ぶ鉄球の振り子。鉄骨ほどの幅しかない通路では横からの強風。ただひたすらに螺旋の通路を上ると行き止まり、そんな地味に面倒な通路がいくつも続く。
テラオは諦めない。マッピングを続けながらひたすらゴールを目指している。
テラオはくじけない。さまざまな障害に負けず強い意志を持って進んで行く。
休まず進み続け、ついに、ついにゴールらしき扉にたどり着いた。
「シノービさん! お待たせしましたー僕到着ですぅー」
バーンと扉を開けたテラオ。その目には一つの看板だけが映っている。
【お疲れッス。攻略完了ッス】
拍子抜けでぽかんとしたテラオ、音もなくその場から転送され小屋へと戻された。
――♪ピンポロポン。治癒魔法講座の時間です。
「えぇーっ。シノービさんは? 今日はシノービさんに会えてないよ! シノービニウムが補充できてないよ」
そんな成分補充する必要はないだろうが、今日の講習はテラオ一人で自習状態。ちょっとだけ同情できる部分も……、まあ日頃の行いが悪いのだから仕方ないだろう。
テラオはしばらく粘っていたが、腕時計さんの圧力に負けてシノービの小屋をあとにした。すごく名残惜しそうに、すごく残念そうにシノービの小屋をあとにした。
ケンサンの青屋根の小屋。
今日は警戒することなく扉を開けるテラオ、だがケンサンの小屋も無人だった。
正面のホワイトボードには、『本日自習。野戦病院で治癒魔法を練習しましょう』と書かれている。
「今日はみんな忙しいのかな……、シノービさんも居なかったしなー」
ベイスだけが暇人のような言い方をしているが、シノービもケンサンも居ないとなると、何かあるのかもしれないと思うのは仕方ないだろう。
テラオは素直に野戦病院への扉を開けると、十二人の患者の治療を始めた。
治療が終わり小屋に戻ってきた所で、腕時計さんからダンス講座へ向かうよう指示が出た。
牧場入り口にはドレスを着た軽装案山子だけが立っている。いつも踊り続けているペーターの姿もそこにはなかった。
軽装案山子のリードでダンスの自主練習が始まった。
昨日はメニューちゃん人形だったことから、メニューも留守なのかもしれない。シノービとケンサンも留守と思われる。何かが起きているのか、それともただ単に別の仕事で忙しいのかはわからない。
普段はそれなりに賑やかな雲上の孤島。今は少々寂しくなっている。




