38,忍び走りを覚えよう
魔法剣の講習が始まった。
テラオは興奮を隠せないといった表情でベイスの説明を聞いている。
「やることは簡単だ。武器に含まれている魔素に自分の魔力をなじませて同調させ、魔法の発動具として使うってことなんだが。理解できたか?」
「えと、……いまいち」
「だよな。どう教えたらおまえが理解しやすいか悩んだんだが、こう言うのでどうだ?
武器の金属に含まれている魔素におまえの魔力と仲良くしてくれるようにお願いする訳だ。で、魔力を武器の表面に纏わせてもらうんだよ。
そしたらおまえの魔力が火なら火に、氷なら氷になってもらえるようにお願いしてだな。魔法剣になるって訳だ」
なんだか複雑だが、テラオにとってはいつものこと。複雑なお願いをする魔法で慣れているのか、理解できたようでふむふむと頷いている。
「武器に魔力を纏わせるだけじゃだめなんですか? 武器の魔素に仲良くしてもらう理由がいまいちわからないのですが」
「武器の魔素に馴染ませないと、武器だけ動いて魔法が置いてけぼりになるって言ったらわかるか? だから馴染ませ同調させる必要があるんだよ」
「な、なるほど! それはわかりやすいです」
魔法が置いてけぼりになる魔法剣、想像したらなかなか恥ずかしい光景だ。
剣の動きに合わせて魔法を操作すれば、そんなことにはならなそうだが、そこに神経を使うことで剣の動きが鈍るとベイスから説明された。
「あぁ! 待て! 最初は光の魔法でやるんだぞ、絶対に他で試すなよ!」
早速試そうとしたところでベイスが慌てて制限を付けた。全く信用はされていないようだ。
テラオは剣に魔力を伸ばし剣の中の魔素と馴染むようにお願いする。それから魔力に光ってくれるようにお願いすると。
剣全体がきらっ光る。SF作品のCGのような、震えるように光る剣はなんとも言えぬ格好いい物だった。
早速とばかりにぶんっと振ってみる……。
「おぃい、なんでまだらになるんだよ! 馴染むか馴染まないか普通どっちかなんだよ!」
テラオの手にはまだらに光った剣が、そして元の位置には置いてけぼりになった棒状の光があった。
「お願いが足りなかったようですね、やり直してみます」
しょんぼりとしたテラオは剣と放置された光を消し、改めて念入りにお願いして剣に魔力を乗せた。
「今度こそお願いします。光れ!」
光の魔法を発動させると先ほどと同じように剣が光を帯びた。
ブンと剣を振る。
今度は成功したようだ。取り残された光は無く全ての光が剣に乗っかっている。
「よかったーちゃんとできました」
「あ、あぁよかったな。
そうだ同じ要領で他の魔法を乗せようと思うなよ、火の魔剣を発動しっぱなしとか、熱くて持てなくなるからな。用意してここぞと言う時に発動するという使い方だ。慣れるまではこのまま光で練習を続けろよ。んじゃ今日はここまでだ」
――♪ピンポロポン。斥候技能講習の時間です。
「今日もありがとうございましたー」
いつも通りに素早く片付け、リュックを背負い緑屋根の小屋へ走るテラオ。
小屋の扉をバンッと開け。
「シノービさんお待たせしました! テラオ参上です」
そこにはシノービは居なかった。
「あれ? 小屋を間違えて……。いや僕がシノービさんの小屋を間違えるはずない! なにかイベントでもあるのかな?」
不安になりつつも自信を持っているテラオ。がらんと何もない部屋をあっちこっち調べたり叩いたり。
床をぺしぺし叩いているとシノービがコタツと共に現れた。
シノービはいつもと変わらず、特に説明もなく講習が始まった。
「あー、ちゃんとマッピングの復習をしたのは偉かったッス、ござる」
「もちろんですとも! ずっとシノービさんのことをおもt……っ! あぁー」
不意打ちで落とし穴に落とされたテラオ。まあ何を言おうとしたか予想できるので、落とされるのも無理はない。
ちょっとシノービに褒められるとすぐに邪なテラオが顔を出す、もう少し成長して欲しい所だ。
◆
今日のテラオの落下地点は、昨日と同じようなレンガダンジョンの通路らしき場所。
特に反省したといったこともなく、テラオはいつも通りにびしっと直立しながらにやけ顔でシノービが来るのを待っていた。
『通路を進んでこっちに来るッス、ござる』
狭い通路の奥からシノービの声が響く。「すぐ行きますー」とテラオは走り出した。
シノービの声を聞いて慌てて声の元へと向かったテラオ。
時折ノートを取り出して書き込んでいる、マッピングのことも忘れていなかったようだ。ただシノービに嫌われたくないから、と言う理由ではないかと邪推されそうなのは、普段の行動を見ていれば仕方のないことだろう。
今日のダンジョンも途中の敵モンスターは居なかった。ただぐるっと円を描くようにカーブの続く通路を抜けると円形広場に出た。広さは訓練島の半分ほど、天井も高く三十メートルはありそうだ。
広場の中央にはシノービがちょこんと座って待っていた。
「お待たせしましたー、ただいま到着です」
シノービは待ちくたびれたといった感じでだるそうに立ち上がると、テラオに新しい技能について話し始めた。
「今日は潜入に役立つ技能を教えるッス。テラッチは敵陣地に潜入するとしたら何に気をつけるッスか? ござるか?」
「えっと、潜入に気が付かれないようにコッソリ忍び込むとかですか」
「ざっくりッスね。まあいいッス、今日はそのコッソリを教えるッス、ござる。
コッソリするにはまず気配を小さくして存在感を隠すことが大事ッス。これは前にできるようになったッスよね。
次に大事なのがコッソリ歩いたり走ったりすることッス。そこで今日は足音を立てない忍び走りを覚えてもらうッス」
「忍び走りですか、忍び足なら想像できるけど……」
「と言うことでこれを覚えてもらうッス、ござる」
と言うとシノービはふわっと飛び上がり空を蹴った。ぴょんぴょんぴょんとまるで空を走るように高度を上げ、テラオの周りをぐるっと回ると、トントントンと空を蹴ることで落下速度を落としながら降りてきた。
「すごい、空歩? スカイウォーク? 空を走れるなんてすごい! さすがシノービさんだぁ」
憧れの混じったでれでれ顔になったテラオ。しかしシノービが実演するのはこれが初めてのことだ。貴重なことだからテラオは喜んでも許されるだろう。
「今のは魔法を応用した走りッス。うまくなればあーしくらい高く歩けるッス、けど素人のテラッチはちょっと浮いたらいい位ッス、ござる」
シノービのように自由に空を歩けるようになるのはまだまだ先の話のようだ。空を自由に歩ければ、空中から奇襲攻撃ができたりと『忍者』としての仕事が捗りそうではある。
「そうなんだ。あっ、つまり浮いて走るから足音がしないんですね」
「そういうことッス。うまく使えば今よりも加速することもできるッスよ、ござるよ」
「ほほう、かなり魅力的」
「そういうことッスから、靴をリュックに入れて裸足になるッス、ござる」
「えっと、なんか展開が予想できるんだけど……」
いいからさっさとするッスと言われ、裸足になったテラオ。まあそうなるだろうという展開だった訳で。
「いだだだ、いだだ、いったいいたいー」
円形広場全ての地面を隙間無く敷き詰める小さな円錐型のとんがり。微妙に先端を丸められ刺さるほどではないが、ツボを刺激してすごく痛い位に調整されている。
ベタな芸人リアクションのようにヘコヘコ動き回るテラオ。その周りをシノービが空中を歩きながら見守って? いる。
ちなみに面白くないからと言う理由で物理防御を足の裏に張ることは禁止された。
「あーしが何をしているかをよく観察するッス。見て覚えるッス、ござる」
ショートパンツ姿のシノービを下から見上げるテラオ。上は極楽下は地獄とか言ってる場合ではなく、テラオは何とも情けない顔をしている。
(シノービさんは浮いてるんじゃなくて、常に足を動かして走ってる感じだよな。と言うことは見えない足場があると……)
いていて言いながら考えるテラオ。いい所を突いているのかシノービがうなずいてるのが見える。
(見えない足場? 足音を消せるように適度に柔らかくて……。あっ走るのが速くなるって言うことは弾力があるのか)
「いい感じッスよ。その方向で考えるッス、ござる」
足つぼを刺激されて頭が冴えてきたのだろうか。なにやらアイデアが浮かんだらしく、魔力を操作して足場になるような透明なふわっとした物を作り出す。
そこに一歩足を掛けたテラオは。
――ボヨーン
素晴らしい反発力を発揮した足場に弾かれて、背中からとんがりの密集する床に寝転ぶ形に。
尻餅で激痛が走ったのか足を跳ね上げると、リュックのカーブがいいアシストをして頭を支点にごろんと転げ、うつぶせ大の字に着地した。
「いっ、いたぁーい!」「見事なおもしろだったッス、ござる」
シノービのお気に召す結果を出せたのなら何よりだろう。
起き上がる時もあちこち痛がり、へろへろと立ち上がったテラオは、失敗を生かして改めて調整した足場を用意した。
「こんどこそー」
勢いよく踏み込むのではなく、そろりと踏んだ足場はしっかりとした物のようで、足場の上に片足立ちしたテラオをしっかり支えている。
「まずは第一歩ッスね。状況にあった性質を足場に付けて使えば便利ッスよ、ござるよ」
「ありがとうございます、やっとじっくりシノービさんを見るk――」
シノービがピッと弾く動作をした途端、何か言おうとしたテラオの足場が消された。
消された足場に片足立ちしていたテラオ。ちょっとした高さが加わって、今までにない痛みが片足を襲った。
ものすごい痛みを訴えているが、自業自得だろう。生まれ変わったニューテラッチはどこへ行ったのやら……。
邪な目をしたテラオに警戒したのか、円形広場の端にいつの間にか用意してあった畳の上にあるコタツに入り、だらーっとしながらテラオを見ているシノービ。
テラオのほうは円形広場で走り回っている。
追跡者に使われないよう使った足場はすぐに消すこと。
止まる時は衝撃吸収に特化した物を用意して、ぴたっと止まる。
他にも色々注意事項やアドバイスをもらって熱心に練習していた。誘惑さえなければまじめな性格なのだ。
シノービがミカンを食べている後ろで、テラオは足を動かさずに大の字で横移動していた。
続いて片足で立ちすいーっと滑る、まるでアイススケートのように滑らかに動いていた。
「な、何してるッスか!」「いえ、滑れたら楽しいかなって」「楽しそうかなじゃないッス。訓練ッスよ、ござるよ」
ベイスだけでなくシノービにも呆れられたテラオ。
足場を線路のように長く伸ばして滑りやすい性質を付けたらしい。相変わらず変な方向に思いつきを発揮するようだ。
かなり上達したテラオは速度を上げて広場を走り回っていた。が、突然シノービの元に戻って質問をした。
「なんで高い位置に足場を作ろうとすると難易度が上がるんです?」
「魔力には重さが無いのは知ってるッスよね。でも上にテラッチが乗っかれば重さが加わるッス。重さを無効化してる訳じゃないッスからね。
高い所に足場を置いても足乗っけたら落ちてズコッとなるッス。テラッチが高い位置で走ろうと思ったら、それだけの高さの足場が必要になるッス、ござる」
「なるほど……。でもシノービさんの足場の下に僕居ましたけど、何かに当たった感じはしなかったな」
「あーし位になるとそこに固定化できるッス、ズコッってならないッスよ、ござるよ」
固定化は難しいがズコッは理解できるだろう。この魔法は無重量の板やクッションのような足場を作る魔法で、空中に作ることはできるが重さが掛かると当然落ちる。シノービのように固定化しないと、落ちない足場はできないと言うことだろう。
納得したのかテラオは練習に戻っていった。なんだかズコッズコッとコケるように歩きながら。




