30,ダンジョンでマッピング講習
シュバッ! サクッ ガン!
「うぅ、前後から同時攻撃は厳しいです」
額に手裏剣、後頭部に看板の角が刺さっているテラオは、思わぬダメージでくらくらしていた。
「ニューテラッチのメッキはすぐ剥がれたッス、ござる」
「違います、勘違いです。今のは何か邪悪なる物が憑依しただけに過ぎません。ご安心下さい」
「安心できないッス。じゃこれ渡したッスよ、ござるよ」
一瞬現れた煩悩テラオは勘違いだという言い訳は苦しい。まあシノービは常時警戒態勢だろうから安心することはないだろうけど。
ぽいっと放られたのは金色の石、小指の先ほどの大きさだがとても軽そうなので、金ではなさそうだ。
「おぉーシノービさんからのプーレゼーント~」と、喜びの舞を踊りながら変な歌を歌うテラオ。
「それを専用腕時計にくっつけるッス。性能アップするッスよ、ござるよ」
「そんなことをしたら、この大変貴重な石が消えちゃいませんか?」
「いいからさっさとやるッス。早くしないと記憶ごと報酬を消すッス、ござる」
シノービからの初めてのプレゼント。
これを使ってしまうなんてとんでもない、だが記憶ごと消されてはたまらない、そんな葛藤が数瞬繰り広げられたようだが、選択肢は一つしかなかった。プレゼントはテラオの心の中に永遠に……。
覚悟を決めたテラオは腕時計さんに金色の石を当てる。
石が溶けたようにどろっと変化し、ぐるっと一周すると一本の線になり一体化した。ただの石を大事にするよりかなりいい報酬になったのでは。
テラオもこの結果を見て驚き喜んでいる。
「腕時計さんの高級感がアップしましたよ!」
「暇がある時に専用腕時計に頼めば、iフィールドのダンジョンにいけるッス。
だいたい三十分位で終わるダンジョンが生成されるッスから暇つぶしにいいッスよ、ござるよ」
「ふぉー、腕時計さん大幅グレードアップですね。ダンジョンもたのしみだー」
「テラッチが希望してる『剣と魔法のファンタジー異世界』にあるダンジョンは、テラッチが想像しているのとは多少違うッス。
想像に近いのは火山の洞窟にモンスターが住み着いた物ッスけど、他は放棄された街だったり、砦だったり、そこにモンスターが住み着いたのがほとんどッス。
でもiフィールドではテキトーに作った洞窟とかに、モンスターを何となく配置したッス。斥候技能の練習用に作られた人工のダンジョンと思うといいッス、ござる」
「ほぇー、相変わらずすごいなー」
「あー、しゃべり疲れたッス。今日はしゃべることが多いッスからさっさと終わらせるッス。訓練始めるッスよ、ござるよ」
ぐでーっとしていたシノービが、急にシャキンと起き上がるとニンニンと印を結び。
「え、え? あぁーっ、またこのパターン――」
テラオは床にぽっかり空いた落とし穴へ。
◆
落とされたテラオは昨日までとは全く違う場所に居た。
レンガで作られた通路、天井には所々に明かりが灯っている。天井まで三メートルほど、幅は二メートル半位でそれほど広い通路ではない。
「これって、ダンジョン?」
「テラッチにとってダンジョンと言えばこう言う物ッスよね。斥候技能の練習用に使いやすかったので採用したッス。
今日はテラッチが希望した技能、マッピングの講習ッス、ござる」
「確かにダンジョンと言えばこんなイメージですね。で、マッピングですか、脳内で自動なんて当然ないですよね」
「もちろん手書きッス。慣れれば頭の中に描けるかもしれないッスが、もちろんゲームっぽいのじゃないッスよ。
ゆっくり余裕がある時の方法と、急いでる時の方法、両方教えるッス。
その前にこれを渡しておくッス、ござる」
シノービがぽーいと放ったのは、マッピング講習用のノートとペンだった。
金色の石に続きシノービ直々にプレゼントをもらったことで、危なくまた邪悪の影が出てくる所だったがテラオは頑張って抑えていた。
ぬぬぬと唸りすごく頑張って抑えていた。頑張った甲斐あってばれなかったのか、シノービの表情に変化はなかった。
ばれても表情を変えずに手裏剣飛ばしてきそうだが。
シノービはまず、ゆっくり余裕がある時のマッピングを教えてくれた。
ゆっくりのはずが結構早口だったため、テラオは慌ててノートに書き込む。
おおよその距離は歩数で計る。上達すれば数えなくてもリズムでわかるようになる。
方角がわかるなら、都度調べてマップに間違いがないか確認する。
スタート地点が不明な場合は用紙の中央から書き始める。
通路は一本線、ご丁寧に二本線で書いてもわかり難く仕上がりも汚くなる等の理由で駄目。道の太さの変化を表したいなら、Yの字を線の脇に書くなどする。
チェックポイントをマップと現地それぞれに書き込み、あとで迷った時に使えるようにする。例えばA、B、Cなど。
罠などを記す時は線の上に黒丸、詳細は丸の右上に一文字で小さく記すこと、落とし穴ならオ、捕獲網ならアなど。
罠はモンスターが捕食用に設置する物がほとんど。
珍しく早口で説明するシノービは貴重だ。
テラオはマッピング用ノートに一言も逃さず書いて行く。嫌われないためにもテラオは必死だ。
「じゃー急ぐ時のマッピングを説明するッス。
このマッピングは地図を作るための情報だけをその場で書いていくッス。必要なのはスタート地点から進む先の『方向』、進んだ『歩数または時間』、分岐があった場合は『分岐数』来た道を含めるのを忘れずにッス、最後に分岐や進む向きを変えた時の『方向』。こんなところッス、ござるッス」
しゃべりすぎて最後の語尾がおかしくなっているシノービ。
テラオは今の方法を頭の中で想像しながら覚えようとしているのか、ノートを見ながら考え事をしている。
「急いでいる時の方法は、後で余裕ができたら余裕がある時用のマップに書き直すんですか?」
「そうとも限らないッス。
コッソリ追跡して救助対象を救出後に、迷わず帰るための方法でもあるッス。この方法をしっかり使うためには、自分の歩いた痕跡を辿る技術なんかがあると有効ッス、ござる」
「なるほどー、迷子にならないためにですか。斥候職は責任重大ですね」
「そッスねー。ところでテラッチはこのダンジョンでどんな武器を使いたいッスか? ござるか?」
唐突に聞かれてちょっと迷っている。
得意な武器ではなくダンジョンで使いたい武器。緊急クエストでは怒りにまかせて攻撃力重視の両手剣を使った。しかしここは初めての、全く予測もできない場所。
こういう時は防御過多くらいが丁度いいと、ベイスに教わったのを思い出したのだろう、選択した武器はいつもの物だった。
「片手剣と盾で行きたいです」
「了解ッス。いつも使っている片手剣と盾をその辺に置いとくッス。終わったらちゃんと片付けに戻るッスよ、ござるよ」
「片付けは自動じゃないんですね……」
「整理整頓は心を豊かにするッス。
ということで、今日テラッチはここから抜け出す訓練ッス。出口までのマップももちろん作るッスよ。罠はないッスけど、モンスターはいるッスから注意ッス、ござる」
シノービは印を結びニンニンドロンと姿を消した。
唐突にぽつーんと取り残されたテラオは、捨てられた子犬のような目をしている。
「ぼーっとしてても始まらないよね。早く抜けてシノービさんの元へ戻らないと!」
その辺にぽんと置かれた片手剣と盾。装備を調え、気配察知、魔力感知、遠距離用に薄く広く伸ばした空間把握を広げて行く。
「さぁ、初ダンジョン行ってみるぞー」
◇
とぼとぼ歩くテラオ。
気配を探りながら慎重に進んでいたのだが、モンスターの気配は全くない。
もしかしたら最初だから簡単ダンジョンなのかもしれないが、シノービはモンスターは居ると言っていた。シノービの言うことならは妄信してしまうテラオに油断の文字はなかったようだ。
「モンスターが居ないはずはない! 警戒をしなくなると途端に襲われるパターンも考えられるよね」
ありそうだ。シノービが居ると言ってたから居ると信じるテラオは警戒を怠らない。
「マッピングしながら警戒してって、なかなか大変だよね」
ここまでの経路は、まるで四角い蚊取り線香のようにぐるぐると回る通路のみ。
最初だから単純なマップにしてくれたのかもしれない。だが単純だからと言って手抜きはできない、きっとただぐるぐる書いただけでは不正解になる仕掛けがあるに違いない。シノービを信じる自分を信じる! 等と独り言で自分を励ましながらテラオは進んでいた。
スタート地点を中央とした、四角い蚊取り線香状のマップ。外側へ行くほど角から角までの距離は伸びる。見通しのいい直線部分は走れば速いだろうが、歩数で距離を測っているためそれもできない。
(走った時の歩幅が、歩いた時の何歩分かってのを調べたら楽になりそうだ)
警戒しながら曲がった角を超える、そこには今までと違う通路があった。
円弧状に緩いカーブを描きながら上り坂になっている通路。昇りながらの緩いカーブは錯覚を狙っているような造り。
「やっぱりだ、急に上り坂になってマップ上で重なりができるようになってる」
警戒して正解だったようだ。適当にマップを書いていたらきっと不合格だったろう。
ぐるぐる回って方向感覚を狂わせるダンジョン。最初のマッピング講習に最適な作りなのかもしれない。
「扉だ、これは多分ボス部屋だろうな。開けないと気配も魔力も何も通らない作り、何が居るかわからないのは怖いな」
登り坂の最上部にあった扉。
木造の倉庫で使われているようなごく普通に見える扉だか、空間を遮断されているかのように中の様子を伺うことができない。
「びくびくしてても始まらない、よし行ってみよう」
扉をまずは少し開けて、気配察知と魔力感知を通したテラオ。
(たぶんモンスターだ。一体だけ、大きさは僕と同じ位かな)
先手必勝! とばかりに、拘束魔法と沈黙空間を放つテラオ。放つと同時に部屋に入り盾を前面に向け警戒する。
「あれ? 案山子? ……いや違う、木でできた木人形が。武器は持っていないから格闘か魔法攻撃って所だね」
冷静に分析しながら、剣を木人形の間接各部へと通して行く。ばらばらになった木人形の胴体部分に剣を差し込むと。
――ガラガラガラー。
部屋の奥の壁が一部壊れ、階段が現れた。
「クリアーってことかな? ふぅ、うまく行って良かったよー」
◆
階段に一歩足を掛けたところでテラオは小屋へ戻された。正面にはシノービがコタツでくつろいでいる姿があった。
「シノービさん! クリアーしました! マッピングもしっかりできました」
褒めて褒めてと目を輝かせてシノービににじり寄るテラオ。飛びつかないだけ成長はしているらしい。
「あー、シノービダンジョン一号攻略おめでとうッス。マッピングのほうも予想以上のできッス、ござる。あとはもう少し時間を短縮できるように練習あるのみッス、ござる」
意外にもちゃんと褒めてくれたシノービに、テラオの表情はさらに明るくなる。
飛び込んで喜びを表現したそうだが、嫌われたくないテラオはぐっと堪えている。
「それでは次は座学ッス。昨日の続きで気配のコントロールッス。
やたらでかい気配はベイスのを感じたからわかると思うッスが、大きな気配は威圧感を生み出すッス。気配のわからなかったテラッチも威圧感は感じたはずッス。あれを思い出してやってみるとできるかもしれないッス、ござる」
「なるほど。巨大ハンマー持ったベイスさんが、スゴイ威圧感で襲ってきたあれは気配を大きくしてたんですね。やってみます」
ベイスの威圧を思い出しながら、ふぬぬーっと力むテラオ。
「力んだだけじゃダメッス。昨日見つけた自分の気配を意識するッス、ござる」
なるほどと納得し心を落ち着かせ気配を探っているのか、眉間にしわを寄せ集中したテラオ。ふぬぬーっと力むが特に何も変わらない。
「ぬわーっと広げるイメージッス。熱くなった物をどばーっと散らかすような勢いッスよ、ござるよ」
いまいちわかりくい擬音。だが、テラオはシノービの擬音を理解しようとしないはずがない。複雑な表情になりながら、ぬわー、ぶわーと呟く。
「あの時の盗賊を思い出すッス、ござる」
突然テラオの気配が大きく広がった。




