29,新たな目標に向かって
「補助券かい!」
思わず突っ込んでしまったテラオ。
あんなに頑張ったのに、商店街で買い物したときにもらえる福引き券。それも半端な金額用の補助券がクリアー報酬とは。さすがにこれは突っ込まずにはいられまい。
「冗談はさておき。十枚たまったら新しいボディーと交換できるわ」
「じょ、冗談だったのか。ありそう過ぎて真に受けちゃったよ」
きつすぎる冗談だった。
「あははは」
「ところで新しいボディーって、スペアーボディーとか?」
「ちがうわ、十六歳ボディーよ」
「な、なんですとぉー。十六歳になればこのぼやっとした顔から卒業して、イケメンテラオで再始動? シノービさんとの甘い生活始まる?」
目を瞑り、ニヘラァとだらしない笑顔になったテラオの頭上に、ほわんとした魔力の球体が浮か――。
シュババババッ! サクサクサクサクッ
何故か手裏剣が四本も刺さっているテラオ。
「ぐっふぉぉ。痛いですー、何も悪いこと言ってないのに……」
「想像がキモかったッス。我慢の限度を遙かに超えていたッス。それと甘い生活始まることはないッス、ござる」
「うーん、あの想像はあたしも看板だそうと思ったわ」
「そんなぁ」
シノービの鋭い勘で無事キャンセルされたのは、テラオが無意識に発動してしまう馬鹿馬鹿しい魔法『テラオ脳内劇場』。
本人の自覚無しに、頭上の球状魔力スクリーンに脳内映像を上映してしまうあほらしい魔法。
しょうもないテラオの想像世界を見せられるだけの呆れる魔法だ。
想像しただけで容赦ない攻撃。だがテラオのことだ、シノービの我慢の限度を超えたキモい想像とは、相当酷い物だったに違いない。
「十六歳ボディーは、今のあんたがそのまま成長した姿よ。期待しても無駄だからね」
「やっぱりですか、予想はしてました。あと七枚ですよね、結構遠いなー」
「アルバイトでもしてみる? 一回につき『貯めてうれしい謎のチケット』一枚進呈しちゃうわよ」
「おほぉー、おいしい話キター」
「アルバイトの詳しい話は担当者からさせるわね。じゃ今回の反省会はこれで終了」
日はだいぶ西に傾いている。
テラオを含めいつものメンバーみんなでお茶会。のんびりと会話しながら過ごす時間。
ここに来てからずっと慌ただしい毎日を送ってきたテラオにとって、初めての休日のような時間だった。
「久しぶりにのんびりとした時間を過ごせて楽しかったよ。初めての休日って感じかなー」
「心配しなくてもいいわ、戻ったらここに来た時のまんまだから。今日の日課は走り込みからだったわね」
「で、ですよねー」
そう甘い訳はなかった。
テラオにはのんびりとしている時間はない。日々精進して強くなり『剣と魔法のファンタジー異世界』に転生してもらう。目標を達成するまで休む時間など認めてもらえないだろう。
「じゃ、頑張ってらっしゃい」 パチン!
テラオだけがこの場から消え、雲上の孤島へ送還された。
「ケンサン!」
「はい、ここに」ずっと空席だった椅子にケンサンが現れた。
「今日からあの子に治癒魔法を教える講師に任命するわ。頼んだわよ」
「近くで研究する機会ができますね。ご配慮ありがとうございます」
「それと、あの子にあれの製作を手伝わせることにしたわ」
「反対はしませんが、彼にやらせるとなると時間が余計に掛かると思うのですが」
「仕事をして報酬をもらう、そういう充足感も必要でしょう」
「なるほど、確かにそれで得るものもあるでしょうな」
「じゃ、そういうことで解散!」パチン!
メニューがその場を離れると、他のメンバーもそれぞれ帰って行った。
◆
「オラァしょっぱい動きしてんじゃネェ」「足をつかえー切っちまうゾー」「アホタレーアホタレー」
テラオは避け続けていた。
攻撃する余裕がないほどに襲ってくる攻撃は激しい。
両手剣装備の重装案山子、片手剣二刀流の軽装案山子、片手剣で攻撃しながら魔法攻撃も繰り出してくる布の服案山子。さらに骨と筋肉模型君達も石やら気配玉やら水の玉やらを投げている。
案山子達の罵声も地味に心にダメージを与えているらしい。
――♪ピンポロポン。打ち合い練習終了の時間です
「ぐふぅ」その場に寝転がるテラオ、体力は無限だが精神は疲労困憊と言った感じだ。
「いい具合にくたばってんな、おぃ」
ベイスは満足そうに頷いていた。『もうちょっと早く戻れたらオレも参加したのにな』などと言っている……、鬼教官である。
「五体相手はさすがに厳しかったですねー」
「集団の中での立ち振る舞いってのは難しいからな。そいつらを抑えることができたら、そりゃ相当な腕ってことになるな」
「が、がんばります」
「さて今日の講習だが、今みたいな集団に囲まれた時に大事なこと。自分の周囲を正確に把握するってのを教えようと思う」
「空間把握と気配察知ですかね。だいぶできるようになったので戦闘中も使っては居ますが……」
「そこに居るのは把握できても、細かいことは把握できねぇだろ? 何をしようとしているか、どんな攻撃をしようとしているか。そういう細かい所まで把握する技能をこれから教える」
「おー、なんかすごそう」
「おまえイソギンチャクって知ってるよな?」
「へ? 唐突ですね。ええ、知ってますよ海に居る触手がいっぱい伸びた軟体生物ですよね」
「その触手のように、自分の周囲に魔力の糸を伸ばすんだ。全身から周囲を把握する毛を生やすような感じだな」
「もじゃもじゃになるイメージですね……。もじゃもじゃ……」
「おめぇ今オレの頭見てなんか思ったろ。この頭は禿じゃネェぞ! スキンヘッドって奴だ! 間違えんじゃねぇぞ」
うっかり目線を向けただけで叱られている。
もしかするとベイスも気にしていることなのだろうか。薄くなってきたから剃っているとか、そういう理由かもしれない。触れないほうがいいことなのだろう。
「放っておくと要らんこと考えるからな、続きを説明するぞ。
おまえは面白い方法で空間把握を覚えたから理解できると思うが、厚い壁状の魔力の時より薄くしたほうが把握しやすかったのは覚えてるな」
懲りずに『要らんこと』を考えていたらしいテラオ、大方ベイスが毛むくじゃらになった姿でも想像していたのだろう。
テラオの面白い方法での空間把握の練習とは、魔力の壁を自分の正面に垂直方向に立てて、周囲をぐるっと回すという、レーダーから思いついた物だ。
「あ、はい。試行錯誤でそういうことがわかりましたね、スカスカのぺらぺらをまわしたほうがわかりやすかったです」
「それを細い糸状にして周囲に張り巡らすわけだ。薄く、極薄く極細の糸状の魔力を体全体から周囲にみっちりと伸ばす。まぁすぐにはできないと思うが、自主練習でもして自分の物にしてくれ」
「そうだ、自主練と言えば、昨晩は土の棒を用意してくれてありがとうございました」
朝からいろいろなことがありすぎて、うっかりお礼を忘れていたテラオ。自主練の言葉で思い出すことができたのは、落ち着いてきた証拠だろう。
「あぁ、面白そうなことを始めそうだったから使えそうな物を置いただけだ。今ならおまえでもあれくらいできるんじゃねぇか?」
「え? できるかな」
テラオがペチンと地面を叩くと土の棒がにょっきり生えてきた。
ベイスの作った物のように綺麗ではないが、用途を満たすには充分な物だ。
「できたな」「できました」
「それなら自主練で使えそうだな。さて、今日の講習はこんな所だが、宿題を出してみようと思う」
「え? 終わらないと夜が明けないってことですか」
「いや、大丈夫なんじゃネェか。しらんけど」
「しらんけどじゃ困るんだけどな……」
ベイス、結構適当だった。
「まぁいい、宿題だ。
魔法を纏った武器、つまり魔法剣や魔法の矢とかだな、それの対策を何となく考えること。
それからまとわりつく魔法、大蛇のようにぐるぐる巻き付いてくる魔法に対する対策だな。
この二つを宿題にするから暇になったら考えてくれ」
二つの宿題を出された所で。
――♪ピンポロポン。斥候技能講習の時間です。
「行ってきます!」シュタッとベイスの前から去って行った。
◆
「シノービさん、僕参上です!」
昨日とは違い落ち着いた感じで小屋へ入るテラオ。
講習中は紳士的なニューテラオが憑依しているらしい。怪しい物だが。
シノービは特に興味なさそうにコタツでだらーっとしている。
「あー、来たッスね。昨日は渡せなかった特別報酬用意したッス、ござる」
「えぇーっ、シノービさん直々に愛のこもった報酬ですか!」




