2,まずは名前を決めよう
霞の中、銀色に輝く巨大な柱が六本立っている。
柱は何人で囲えば一周できるのか想像できないほどに太く、そしてその先端は霞の中に消えて見えないほどに高い。
六本の柱に囲まれた広場の中央部分に、石造りの小さな円形舞台が見える。
舞台上にはテーブルが据え付けられている。黒曜石で作られていると思われるテーブルはガラス質の漆黒の輝きを放っている。
テーブルには五脚の椅子が用意されているが、その内の一脚はとても小さく、ミニチュアのようだ。テーブルの上にぽつんと置かれている小さな椅子と比べると、他の椅子はかなり大きい。ここは巨人族の会議室なのだろうか。
小さな椅子に座っているのは、長い金色の髪を左右にふわっとまとめた女神のような女性。先ほどまで『くもりミイラ』の相手をしていた彼女だ。
「ケンサン、何かわかった?」
誰も居ない椅子に向かい話しかけた彼女。だが話し終わると同時に男が椅子に現れ、自然な様子で座っていた。
唐突に現れた男は眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をしている。
彼がケンサンと呼ばれた男だろう。
質の良さそうな厚手の生地で作られたスーツを着込み、その上に白衣のような物を纏っている。
左胸には金地に銀色の装飾が施されたバッジのような物をつけ、キリリとした表情に太い眉、彫りの深い顔立ちが凜々しさを強調している。
年齢は五十歳代前半と言った所だろうか、短く刈り込んだ黒髪にきちんと剃られた髭が清潔な印象を持たせる。
ただ一つ欠点をあげるとすれば……、おでこが広いことだろう。頭頂部を通り越して後頭部に掛かる位におでこがとても広い……。
おでこはさておき。
清潔感漂う雰囲気とその衣装から、研究者か医者のような立場だと想像できる。
「今のところあのボコボコになった一つ一つに、ナニカがびっしりと入って居るようだ、と言うことだけですね。
タマシイの消去にもナニカは耐える可能性があります。直接何らかの操作をすることはおすすめできません」
ケンサンは左手に持ったパッドを彼女に見せながら説明している。A4サイズのタブレット端末らしき物、パッドには『くもりミイラ』の姿が立体的にくるくると回転表示されている。
「やっかいなトラップを仕掛けられたわね。ナニカに取り憑かれたタマシイは弱って見えるから『処分対象』に分類される。タマシイリサイクルセンターに送られた対象が、処理され分解されるとナニカが拡散するっていう仕組みよね」
「状況から考えるとそれで間違いないでしょう。今回発見できたのは偶然でした、センターの職員には感謝しないといけませんね」
魂リサイクルセンターなどという怪しげな場所の話が出てきた。弱った魂を処分して分解する場所のようだが、『くもりミイラ』の魂も処分寸前だったようだ。
寸前で処分を免れた彼は、かなり運が良かったことが覗えた。
「そうね、でもその前に。トラップがあのタマシイ一つだけとは考えにくいわ、同じような物がないか厳重に監視と調査をしてちょうだい」
「はい、すでに通達を出しています。ただ、すでに分解済みの可能性が高いです。もしもの時は……」
タマシイを分解すると拡散してしまうと言う『何か』。それが何を引き起こすのかはまだわかっていないようだが、相当警戒される物のようだ。
「そうね。その時は仕方ないわね、そっちは任せるわ。それとナニカに取り憑かれると発動する枷のほうはどこまでわかったの?」
「ぼやっとした感じになるのは、走馬燈をご覧になってご理解いただけたかと思いますが。私にはタマシイの活動を抑えられているように見えました。もう少し詳しく調べてみなければ確定できませんが、ほぼ間違いないと思われます」
「わかったわ、そっちの調査も続けてちょうだい。それと『くもりミイラ』のタマシイ強化薬は完成した?」
「強化補助薬ですね、摂取するだけで強くなる薬ではありません。
タマシイを鍛えて強くするための栄養剤、と言った効果です。適度に期間を空けて摂取すれば充分に効果を発揮するでしょう。
それと追加の効果として、ナニカを包む膜状の壁を生成するよう調整しました。少しずつ騙すように膜を厚くしていけば、いつか取り出せるようになるかもしれません」
「その壁があれば、タマシイの枷が緩和されるということかしら」
「その通りです。薬さえ飲めば普通の人種と同じ状態に戻ります」
『くもりミイラ』に、かゆみを止める『お薬』と説明されていた物は、もっとすごい効果の薬だったらしい。
栄養ドリンクと言って毎日飲ませるよりも、修行しないと飲めないトラウマ級の痒さを止める薬、と言って飲ませたほうが彼の為になる判断されたのだろう。
「わかったわ。短時間でここまで成果をあげるなんてさすがケンサンね。これからも頼っていくからよろしくね」
「承りました、それでは私はこれで」
――♪ピヨキョロ
ケンサンは胸のバッジを叩くと、ちょっとマヌケな音を残してこの場から消えていた。
「さてと、あたしも戻りますか」
パチンと指を鳴らし、彼女も姿を消した。
◆
(修行するには体が必要だよね、と言うことは名前を決めてからキャラメイキング、というゲーム的な流れで間違いなさそうだよね。かっこいい名前を考えて、名前にあった容姿を作るってことかなー、夢が広がるねー)
などと訳のわからないことを考えている『くもりミイラ』。彼はぶつぶつ呟きながら自分の名前を考えているようだ。
(ひらがなか、カタカナで六文字までってことは、当て字でかっこいい名前という選択肢は消えちゃったね。キラキラな名前を防止するためかなー)
記憶が曖昧なくせに余計なことだけは覚えている。彼は生前どんな生活を送っていたのだろう。
(剣と魔法のファンタジー世界と言えば中世ヨーロッパ風だろう、そうに違いない。違和感のない名前でないと浮いてしまう気がする。
あぁそうだ六文字までと言うのも、ファミリーネームを設定したら貴族に間違われるかもしれない。トラブルに巻き込まれないようにという優しさかもしれない)
ファンタジーな異世界が中世ヨーロッパ風というのは固定観念という物だろう。ファミリーネームがあると貴族というのも……。
(主人公的な名前とかいいな、カッコイイ感じ? 敵を倒したあとに大剣をぐるんぐるん回して背中にシュタッっと納める人のとか……。
いやまてよ、現地にありがちな名前だと、評判の悪い人とかぶってるかもしれない。ここはやはり和風であっても違和感のない、独特な名前がいいかもしれない)
ぶつぶつ考えている『くもりミイラ』の前に、金色の髪をふわんとさせ、女神のような女性が戻ってきた。
「あんたまだ決まってないの? そういうのはさらっとバシッと決めちゃえばいいのよ! まだ時間掛けるって言うなら『くもりミイラ』を正式名にしちゃうわよ」
(はっ、え! いや、じゃじゃあ『テラオ』でお願いします! えーと名前の由来は「そういうのはいいわ!」 あ……はい)
なんだか普通な名前に決まったようだ。ぶつぶつと長い時間考えていたようだが、『くもりミイラ』を正式な名前に決められてはたまらないと思ったのだろう。
慌てて決めた名前は特別かっこよくもない、とても普通な名前だった。
(あれ? もしかして六文字までって……、『くもりミイラ』が六文字だからだったり?)
「そんなことはいいのよ。じゃあ次はボディーね、容姿はあたしが決めてあげたからさっさとこれに入って」
彼の期待していたかっこいい、主人公的な容姿にキャラメイキングという夢は儚く消えた。
ぽいっと放られた物は、空気が抜けてしなびた風船のような物体。適当に畳まれた物体はとても大きく見える。
ちょっとしょんぼりとした様子の彼だが、仕方なくといった感じでふわふわ漂い、支給されたボディーを眺めている。
(チャックとかないよね……、どうやって入ればいいのかな)
「入るぞ! と念じながらグイッとすれば入れるわよ、グイッとね」
言われた通りに念じているのだろう、ぐりぐりとボロ雑巾のような魂をボディーにこすりつけている。
何度かぐりぐりしている内にするっと雑巾の姿が消え、しなびた風船のようだったボディーが膨らみ始めた。
「うわわわ、なんか変な感じがするよ」
「ほらね、グイッと入れたでしょ。それがあんたのボディー、並な容姿だけど高性能だから大事にしなさいよ」
すっかり膨らんで人の形になったテラオのボディー。準備運動のような動きをして、からだの調子を確認しているようだ。が、ふと視点が固まり、女神のような女性のほうをじっと見つめだした。
「えっと、さっきまでは違和感なかったのだけど……。きみってすごくちっちゃかったんだね」
先ほどまでは『くもりミイラ』と同じ位の大きさだったので違和感がなかった。
だが、ボディーに入ったテラオと比較すると、目の前に居る女神と思われる彼女はとても小さかった。
手のひらに乗っかるサイズ、手乗り女神と言った所か。
「あんたは相変わらず失礼ね。さて、ボディーを手に入れたんだから『お薬』飲めるわよね、早速今日の分は支給するから飲んでおきなさい」
彼女の手のひらにポンッと現れたのは、茶色の小瓶に『カユトマール』と書かれた栄養ドリンクのような物だった。小さな体でほぼ同じサイズの瓶を片手で支える、そんな彼女の姿は大道芸人のようだ。
しかし、痒みを止める薬がカユトマールとは安直すぎる名前、いったいだれが名付けたのだろう。
「うぉー、失礼なことを言ってすみませんでした! ありがたく頂戴いたしますぅ」
機嫌を損ねて薬を引っ込められてはたまらないと、恭しく傅き『カユトマール』を受け取るテラオ。
さっそく封を開けてグビグビと飲み干している。
「ぷはー、これで今日は安心だね」
薬を飲んで落ち着いた様子のテラオ。魂の姿を見た時に使った鏡を手に取り、容姿の確認をしている。
真ん中で分けられた髪は赤茶けた色をしている。ちょっと垂れた目には、どんよりとした曇り空のような灰色の瞳がそこにあった。
ぼやっとした冴えない顔立ちの男の子、年齢は十歳程度の子供に見える。
どう見ても主人公フェイスではない。どちらかと言えば『優しそうな人だね』、と当たり障りのない評価をされそうな顔立ち。
(ヨーロッパの人風、ちょっとだけ彫りが深くなっている顔立ちだけは、希望が叶ったと……言えなくもないよね)
「不満そうね。文句があるならドレッドヘアーとかモヒカンとか、一度見てみたい髪型もあったのよね。それからぴかっと光る瞳って言うのも面白そうじゃない?」
修行は修羅の国で行われるのだろうか。彼女の提示する容姿の選択肢は、並の世界向きではない。
「い、いえ不満などございません。大変満足でございます」
「あはは、怯えすぎて変なしゃべり方になってるわよ。その姿は並だからあんまり目立たないはずよ、あんたの希望する『剣と魔法のファンタジー異世界』に行くクエストも用意するから、そのほうが都合がいいでしょ」
「クエスト! 異世界にもいけるの?」
『剣と魔法のファンタジー異世界』に、転生してない状態でも行くことができるらしい。
この話を聞いた途端にテラオの眼は輝いた。期待に胸を膨らませ、興奮しているのか鼻を膨らませてニヤニヤしている。
「そうね修行の進み具合を見てってところね。修行はチュートリアルから受けられるようにするから、何もできないあんたでも心配しなくていいわよ」
「何から何までありがとう」
(あれ? 彼女のことをなんと呼んだらいいんだろう……、ちっちゃい女神様? いやいや、ちっちゃすぎて女神と言うより天使? ちみっこ天使?)
「ちみっこ天使とか変な名前つけないでよ! でも確かに名前があったほうが便利ね」
「びくぅ! もしかしてだけど心が読めたり?」
「あはははは、いまさら? あんたタマシイの時はしゃべれなかったでしょ。ずっとあんたの心を読んで会話してたでしょ。ちょっと呆れすぎて笑っちゃったわよ」
本当に今更過ぎるが、彼女は最初からテラオの心を読んで普通に会話していた。自然すぎてテラオもしゃべっているつもりだったのかもしれない。
「あたしのことはメニューと呼んでくれればいいわ。あんたの修行とかクエストとかの案内役。だいたいいつもそばに居て、呼べば答えるメニューよ」
「わかりました、メニュー様これからよろしくお願いします」
「あー、様とかさんとかいらないからメニューって呼んでくれればいいわ。
それと、変にかしこまった言い方は面倒だから、普通に接してくれていいわよ」
「わかった、メニューこれからよろしく」
「ではさっそく最初のクエストいくわよ」
「おー、なんだかゲームみたいでわくわくだね」
メニューが指をパチンと鳴らすと、目の前に『どっきり大成功』で使われるような手持ち看板が現れた。
「えっと、【服を手に入れよう その一】って……」
「いつまでも素っ裸じゃねー」
「うわホントだー、恥ずかしいぃぃー」