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12,身体強化魔法を教わろう

「んじゃ次はお待ちかねの身体強化魔法を教えるぞ」


「おぉー、素早くなったり力が強くなったりですね」


「それだ。基本的に身体強化は体の各部を騙して強くなる魔法だ」


「だます? ドーピングっぽい副作用があったりするんですか」


 副作用というと、強化するたびに寿命が縮むとか、危険ドラッグ的な恐ろしさがありそうな響きだ。


「きちんと身体強化ができていれば副作用はない、下手な奴がやると体がぼろぼろになるな」


「ひえー、かなり危ない副作用じゃないですか」


「だから安易に手を出せないんだが。おまえ壊れないんだから練習するにはもってこいだろ」


「あ……、たしかに」


 副作用どんとこいな高性能ボディー、恵まれた環境に感謝である。


「てことで、痛みはあるが壊れない、イージーモードで練習できる環境を逃す手はないよな!」


「あ……はい」(なんか嫌な予感)


 恵まれた環境? に感謝である。なんだかぼろぼろに壊されそうな雰囲気がビシビシ漂っている。


「ここじゃ狭いから訓練島に行くか」


 びくびくしながら訓練島へ向かう。

 訓練島にはテラオとほぼ同じ位の体格をした、筋肉人体模型と骨人体模型がポーズを決めていた。

 骨格模型は理科実験室でお見かけする多少馴染みのある物だが、筋肉模型は精巧すぎてどうもグロい、フレッシュな見た目が若干怖い物だった。


「身体強化は、自分の体を把握していないと失敗しやすい。そこでこいつら筋肉模型君と骨模型君の出番って訳だ」


 ベイスが両手をパンと叩くと、二体の人体模型がテラオと鏡あわせのように同じ仕草で動く。右手を挙げると左手を、ジャンプするとジャンプ。


「どこの筋肉が動いているか色を変えてわかりやすくする機能、ってのが付いたオレの自信作だ。

 ちなみに今おまえのボディーに、肉体エミュレート機能を付けた。

 実際は骨も筋肉もないが、まるで有るかのように触覚や強度が設定されているんだ。

 骨はないけど骨のある位置をぶん殴ると、ぽきっと骨が折れた見た目になる。痛みも当然あるぞ、今日からは羊に頭を蹴られたら陥没して激痛だから気をつけろよ」


「えぇーっ、ポキッと……痛いのはイヤだなぁ」


 知らないうちに高性能ボディーにすごい機能が追加されたらしい。痛くなる方向で……。


「さて、ここから言うことは大事だから、オレが話している途中でやってみようと試すなよ。中途半端なことするとボキぐしゃっとなるからな」


「え! あ、はい」


「人でも動物でも、自分の持っている筋肉全ての力を使っちまうと、筋肉自身や骨に関節なんかが壊れちまう。だから無意識にリミッターをかけて壊れない範囲の力を発揮するようにしている。って話は聞いたことねぇか」


「あります。火事場の馬鹿力の秘密だって言うのを聞いたことがあります」


「だな。身体強化魔法ってのは、おまえの言った火事場の馬鹿力を任意に発動させるような物だ。強化したい部分に魔力を渡し、要望を伝える。

 たとえば力をあと五割増やしたいとか、スピードを二割増やしたいとかだな。

 おおよそのエリア、足なら足全体という風に指示してもいい。が、自分の体の筋肉や骨がどこにあってどんな形で、というのを知っていれば指示する相手がイメージしやすい。つまり使う魔力や労力の無駄が減るということだ」


「ふむふむ、だから模型なんですね。見ながら動くと、どこの筋肉がどう動くとかを理解しやすいですね」


「だろ。でだ、筋肉に力五割増しを指示しただけじゃ骨や間接などに負担が掛かる。

 となると、骨や関節の強度を増やさないといけない。運動すると酸素を消費するから、供給を増やしてやる。

 普段筋肉や骨はリミッターが掛かって居る状態で最大の力を出している、それを無理矢理超えさせるんだから使うと同時に修理もしてやらないといけない。

 つまり、筋力五割増しの魔法には筋肉と同時に周辺強化、血流操作、破損部位の補強と回復を合わせて行う必要があるんだな」


「なんだか思っていたよりも複雑ですね……」


 魔法で身体強化と言えば、もっとお気軽にパワーアップできる物だと思ってしまうのも無理はないだろう。

 だが、何も考えずに呪文を唱えただけで、攻撃力アップや速度アップはできない世界のようだ。

 「辻バフとかできない世界なんですね」「んな事されたらバフじゃなくデバフになっちまうな」そんな会話もあったが、その後もベイスは懇切丁寧に、詳しく強化の魔法を教えた。

 力だけでなく敏捷性や持久力、負荷が高いため長い時間はできないが神経の伝達速度を上げるという物まで、幅広く時間を掛けての講習だった。


「重要なのが強化魔法は元の何割増しにする魔法ってことだ。元の筋力がしょぼいと身体強化しても多少まし、って程度にしかなれない訳だな」


「僕がベイスさんに勝てるようにはならないってことですね」


「ガハハ。指相撲でも無理だろうな」


「ははは……」


 見た目細いのにこんな力がどこに! なんてこともできないらしい。力こそパワーな世界は異世界でも同じだった。


「では、身体強化魔法の練習だ。まずは左手の人差し指を使って、指だけ強化してこいつを持ち上げて下ろすを繰り返してみろ」


 と、言うとベイスは十キロくらいの鉄の玉に革ひもの輪がついた物をテラオに渡した。


 テラオはまず、強化なしでやってみることにしたようだ。

 人差し指を皮のリングに通しぐぐっと持ち上げる……。指がぷるぷるしている。


「強化なしだと結構きついですね。強化やってみます!」


(指の筋肉を五割増し強化して……、骨の強度を上げて……)


 ぐっと指だけで持ち上げる。まだちょっと重たそうに見えるが、かなり楽になっているのか、さっきのようにぷるぷるはしていない。

 何度か上げ下ろし、慣れてきたのか振り子のように振ってみたり、ちょんちょんと跳ねさせたりしている。

 調子に乗ったのか、けん玉のように玉を飛ばしてみたところで。


 ブチィポキッ


「い゛だい゛ぃー」


 指の関節が逆方向に曲がってしまった、ベイスは何も言わずにふむふむと見ているだけ。


「失敗しましたぁー。痛いです、泣きそうです」


 と、治療して欲しそうな目でベイスと見ているが。


「だな。まあ失敗させるために用意したんだが、途中まではかなりうまくやってたぞ」


 ベイスは全く動じず、治療する様子もない。


「あの、この痛みなんとかできないでしょうか……」


「まあ、落ち着け。筋肉模型君と骨模型君を見て、どこがどのように壊れているかを理解しろ」


 模型はというと、涙目にはなっていないが、テラオそっくりそのままの動きで一緒になって焦っているようだ。

 指の部分も全く同じ場所を全く同じように痛めているかのよう。


「うぐぅ、指の関節が外れて筋が切れているように見えます」


「右手の指と比べて何が壊れているか、正常ならどうなっているのかを理解したら、壊れた部分に魔力を集めて元に戻るように指示を出せ。これも痛いぞ」


 目を潤ませ泣きそうになっているテラオは、言われた通り元の状態と痛めた状態を見比べ、魔力を集めて指示を出す。

 グキィぼきぃっと言う音が痛々しいが、見た目は元の状態に戻る。


「内出血しているかもしれない。痛みが残っている部分の周囲に魔力を集めて、直すように指示を出せば元通りになるはずだ」


 言われた通りに治療して、指を動かしながら確認している。

 変形も痛みも無くなり無事元通りに直すことができたようだ。自分で直せたことに驚きつつ、指をあっちこっちから眺めているテラオ。


「今のが治癒魔法って奴だな。他人の治療をする時はこんなに簡単じゃない、機会があったら教えてやる。それより、何故失敗したか分かるか?」


 今のでテラオが治癒魔法を使えるようになったらしい。魔力にお願いするという、なんだか不思議な魔法だったが、直ったのは間違いない。

 節約魔法の説明にもお願いするという言葉が出ていた、魔法はお願いすることで実現できる物なのかもしれない。


「わかりません。調子に乗ったからでしょうか」


「疲労がたまっていた所にとどめを刺したって所だな。

 強化されている部分はいつも以上に酷使されているんだ。だから治癒魔法で労ってやらないといけない。おまえは強化だけしたから、限界が早かったんだな」


「なるほど……」


「この強化の訓練は任意でやってくれ、普段の訓練中に練習するでもいい。必要なら模型君を呼び出せばいい、できれば早く覚えてくれよ」


「わかりました……痛くならないように頑張ります」


――♪ピンポロポン。ペーターのダンス講座の時間です



  ◇



 ここ数日の練習で、課題ダンスをかなり自然に踊れるようになっていたテラオ。

 多少ぎくしゃくしている部分もあるが、『もう少しだネ~~♪』と言われる位には上達しているらしい。


 テラオはここで、さっき覚えたばかりの身体強化魔法を試してみたくなったようだ。


(筋力や骨強化はリスクが高いけど、ダンスに必要なのは柔軟性に反射速度。あとは関節の柔軟性を高めて、神経の伝達速度と、脳の処理速度を上げるように……)


 魔力を操作して体のあっちこっちに指示を出している。


――♪ドゥンチャカドゥンチャ、タカタカターン


「わぉ、面白いことしてるネー。今日覚えたことを早速実践だネ~~~♪」


「はい。あと少しに届けば良いなと……」


――♪ドゥンチャカドゥンチャ、タカタカターン


「うんうん、良い感じだネー。そのまま時間まで踊れたら合格を上げてもいいヨ~~~♪」


「おほー、がんばります」


 ゆっくりとしか上達しなかった課題ダンスだが、近道を見つけたとでも思ったのだろう。ここで合格がもらえればクエストが増えるとペーターは言っていた、焦る気持ちもわからなくはない。

 テラオはいつも以上にやる気を出して身体強化を維持している。

 神経や脳の強化魔法はなかなか繊細で、長い時間保つのは難しい。テラオは根性で続けていたが……。


――パタン


――♪ドゥンチャカドゥンチャ、タカタカターン


「魔力切れちゃったネー。もう少し練習が必要だったネ~~~♪」


 ペーターはテラオを背中に背負い、踊りながらゴザへと連れて行った。

 そっと寝かせると羊の元へと帰って行く、もちろん踊りながら。



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