9,異世界で狩りをしよう
小屋近くまで戻った二人は、ベイスの先導で森の中へと入っていった。獣道のような、誰かが通った微かな跡しか残っていない道を進んで行く。
しばらく進むと沢に出た。激しい流れだが、きれいな水が流れている。
「結構近くに水場があるんだ、魚が捕れたりするのかな」
「おう、魚も居るが、モンスターも居るぞ。せっかくここまで来たんだ、ここいらのモンスターに挨拶でもしてみるか」
と言うとベイスは沢に転がっている大きな岩を指さした。
「ちょっとアレを剣で突っついてみろ」
何で岩を? と言いたげな表情でテラオは岩を剣で突っついた。
すると岩が起き上がり、剣を掴もうと腕を伸ばしてきた。腕ははさみのようになっている。岩に見えたのは大きな蟹だった。
両手で抱えきれないほど大きな胴体部を、逞しく太いが短い脚八本で支えている。腕だけは長く、はさみの付いた爪部分は石のように堅そうだ。
「うわ、蟹だった!」
バチンバチンと掴むように突き出してくるはさみを盾で受け、なんとか躱し続けるテラオ。大きな蟹はあまり素早く動けないらしく、戦闘に慣れていないテラオでもなんとか躱せている。だが力は強そうだ、大きなはさみで捕まれたら痛い位では済まないだろう。
「関節部分に剣を突き立てろ。隙を見て目と目の間を突け! そこが弱点だ」
テラオはアドバイス通りにはさみの付いた腕の関節に狙いを定め、剣を当てようとぶんぶん振っている。だが蟹も爪の堅い部分をうまく使い剣を受け躱している。
「コンパクトに素早く、そして切るだけじゃなく突きを混ぜてみろ。盾も使って隙を作り出せ」
テラオはいままで防御にしか使ってなかった盾を、防ぎながら弾くように動かした。
盾に弾かれた蟹の腕が大きく開く。
内側の柔らかそうな関節部分にテラオの突き出した剣が刺さった。
蟹もただではやられまいと、突きを出したテラオに、残ったもう一方の爪を伸ばしてきた。
焦る状況だが、深く刺さった剣をすぐに抜くことができなかった。
テラオは咄嗟に側転のような動きで腕を交差させ、伸びてきた爪の上から盾を叩きつけた。
間一髪の状況を脱したテラオは、落ち着いて剣を抜くと蟹の眉間の辺りに突きを放つ。
どしゃっと崩れ落ちる大きな蟹、戦闘終了だ。
「ふぅ、強敵でした……」
「ガハハハ、なかなかいい勝負だったな。あいつは『岩石蟹』だ。岩に擬態して沢辺に住んでる、大人気の食材モンスターだな、結構うまいぞ」
異世界の蟹もおいしいらしい。大人気とのことだが、結構強い蟹モンスターを捕獲するのはなかなか大変そうだ。
「食材なんだ……。異世界の漁師の仕事は前世のより過酷そうだ」
「かもしれねぇな。うまい食材は大体強い、猟を仕事にするなら強くないと厳しいだろうな」
漁師と言うより猟師か。釣り糸や網でこの蟹を捕獲できるようには見えない。武器を持って倒す猟でないと難しそうな相手だ。
「その辺の水の中にキノコみたいなブニブニした物が見えるか?」
テラオは岩石蟹の観察をやめ、沢の方へと歩いて行く。きょろきょろと水中を探り、それらしい物を見つけたのか手を突っ込んだ。
「あびゃ!」
悲鳴を上げて硬直するテラオ。キノコのようなブニブニを掴んだまま動けなくなったらしい。
「そいつは渓流クラゲってんだ、触手に麻痺する毒を持っているから気をつけろ。素材として結構いい値で売れるから、見つけたら捕まえて乾燥させておくといいぞ」
「先に言って欲しかったよ……」
「ガハハ。不用意に触ると危険だという教訓になっただろ。おまえは毒で死ぬこともないから、今のうちに色々覚えないといけねぇな」
テラオは不機嫌そうに渓流クラゲを剣で突き刺し、水の中からぽいっと放った。
べしゃりと落ちたクラゲは、触手を動かし逃げようとしている。
「そいつは食わねぇから持って帰らねぇぞ、水ん中に戻しとけ」
テラオは渋々と言った風に剣の先で弾くようにクラゲを水中に戻した。
ベイスは鞄の中から丈夫そうなロープを取り出すと、岩石蟹を縛り上げ、ひょいと片手で持ち上げた。大きく見えた蟹も、ベイスが持つと縮んだように見えてしまう。
「さて小屋に戻るが、途中でイベントがあるぞ」
「え? どんなイベント?」
「まあ、お楽しみって奴だ」
来た時に使った獣道とは違う、誰も踏み入った跡のない森の中を二人は進んで行く。
十分ほど歩いた所で、ギィギィと鳴くような声が聞こえた。
「よし、イベント発生だ。ちょっと行って倒してこい」
ボンッと背中を押されたテラオ。たたらを踏むように前へ押し出され、茂みを抜ける。そこには、全身灰色のみすぼらしいなりをした二足歩行生物。所謂ゴブリンらしきモンスターが二匹立っていた。
二匹とも腰蓑のような粗末な防具を着て木の棒で武装している。見張り役か偵察役なのかもしれない。
ゴブリン達は突然現れたテラオに驚き、特徴的な出っ歯をむき出しにして、威嚇するようにギャーギャー騒ぎ出した。
テラオは盾を前に突き出し、剣をいつでも振り出せるように構える。
ゴブリンが先制攻撃を仕掛けてきた、棒を振り上げた二匹が左右から同時に襲ってくる。
テラオは盾側のゴブリンに向け横っ飛びすると、盾を叩きつけ弾き飛ばす。
タイミングをずらされ空振りした剣側のゴブリンへと剣先を向けると、構えたまま飛び込むように突っ込み、空振りゴブリンの喉に突きを放った。
残った盾側ゴブリンも、落ち着いた様子で上段から切り下ろし、とどめを刺した。
「思ったより動けたな、明日からは素振りの後で戦闘訓練を始めよう」
テラオの戦いを黙ってみていたベイス。評価はなかなかの物だった。
「必死でしたよ……。さっきはゴブリンでも大丈夫とか言ったけど、全力で挑んでなんとかなった感じ。蟹と戦った経験がなければ危なかったかも……」
「何事も経験だな。これだけ動けるなら明日からの戦闘訓練が楽しみだ」
「うぅ、頑張ります」
ベイスは二体の死骸を魔法で燃やし土に埋める。火魔法や土魔法を初めて見たテラオは目を輝かせていた。
「魔法の講習もお願いします!」
「あぁ、それも明日からだな」
数分歩いて森を抜けると、村と小屋を繋ぐ砂利道に出た。小屋からすぐ近くの森にゴブリン達が彷徨いていると言うことは、やはり武装なしで出歩けるほど異世界は甘くないようだ。
小屋に着くと辺りはすっかり暗くなっていた。暫定東の空には魔素の尾がちらりと顔を覗かせている。
「ここにもちゃんと魔素の尾がある。やっぱりきれいだな」
「魔素の尾か、なるほど。きらきらときれいで、夜もこいつのおかげで結構明るい。
だが、こいつのおかげで星が全く見えないんだよな、オレは星の見える夜空も結構好きなんだ」
(意外とロマンチスト?)
「意外とはなんだ意外とは!」
「うひゃ、ベイスも心読んでくるんだ!」
「ガハハハ、なめんな。
おぅ、ちょっとあっちだ。東の空を見てみろ、月が昇ってきたぞ」
暫定東は、やはり東だったようだ。
東の空にはきらきらと光る魔素の奥に丸い月が浮いている。
青く光る月には海があるように見え、雲が浮いてるように見える。
雲があるということは大気があるということになり。
「えっと、あれが月?」
「月だな」
「水の惑星? のような……」
「この惑星の月だな。こっちとは違う生物が向こうには居る。特に仲良しって訳ではないがな」
月にウサギどころか、月星人? がいるかもしれない。なんだか異世界のいろいろな事実に驚かされてばかりだ。
「はぁ……。向こうとこっちで行き来はあるの?」
「あるっちゃあるが、無いってことになってるな。無いと思ってたほうがいいな」
「そうなんだ。異世界で月旅行とか、夢広がりそうだったのにな」
異世界で宇宙旅行は難しいらしい。テラオの前世の世界でも難しいことには変わりなかったが、ハードルが低くなるかと期待しても駄目だった。
「こっちからあっちへ行くはあまりだぞ。魔素が少ないからな、苦労することになるな」
「そっか。魔素が濃いこの星のほうが、僕ののんびり異世界転生ライフには合ってるってことか」
「のんびりとか……。まあいい、小屋に入って休憩でもするか」
小屋に戻ったテラオは、ベイスから装備の簡単な手入れの方法を教わった。
今回は生物との戦闘で使ったため、この世界の一般知識や常識講習の一環とのこと。
こつこつ作業をしていると香ばしい香りが漂ってきた。ベイスが夕飯の用意をしているのだろう。
「坊主、終わったらこっち来い。飯食うぞメシ」
テラオは手入れを終わらせると、ダイニングへと走り出した。
「うひょ、マンガ肉だぁ。蟹のほうは丸焼きかな?」
何の肉かはわからないが、両端から骨がつきだしたかたまり肉。
抱えるほど大きな肉がテーブルにどんと置かれている。表面がこんがりと焼け、おいしそうな香りが漂っている。
その隣には、先ほど捕獲した岩石蟹がほかほかと湯気を立てている。甲羅を剥がされた蟹は、中にたっぷりと蟹肉が詰まっていた。
「肉は少しずつ切ってソースを絡め、パンにのせて食べるんだ。野菜も一緒にのせるんだぞ。蟹は甲羅が固いからって歯で割ろうとするなよ、欠けるぞ」
「おかあさんみたいだ」
「あほたれ、いいから食べるぞ」
ベイスがせっせと切り分けてくれるマンガ肉は、少しずつといいながら結構な厚切り。肉と共にレタスやトマトと思われる野菜もわっさり乗せられ、ソースもたっぷりかかったご馳走だ。
「牧草以来久しぶりの食事だ。いや牧草は食事とは言いたくないし、この体で初めての食事だ……」
テラオは今まで牧草しか食べていなかったことを思い出したようだ。
唯一の食事が牧草とは悲しすぎる思い出。牧草はなかったことにして、今回を初めての食事と言うことにしたらしい。
「食事しなくてもいいボディーとは言っても、食えない訳じゃねぇ。うまい物を食えば明日も楽しく頑張れるってもんだ。ガハハハ」
などと言いながら、生ビールの大ジョッキを飲んでいるベイス。ガラスのジョッキには霜が付いていてキンキンに冷えているようだ。
「ん? んん? ビールとかどこから持ってきたの?」
「あぁ、お取り寄せって奴だよ。オレ位になるとそういうことができるんだ。メニューも看板出したりしてるだろ、あれと同じだ」
なるほど、一般人のテラオには無理なことらしい。肉もパンも新鮮野菜も、ベイスの技能で取り寄せてくれたのだろう。
ぐびぐびっと飲みきったジョッキをテーブルにドンっと置くと、空になっていたはずのジョッキがなみなみ注がれた状態に。
(この人達のことを深く考えちゃだめなんだろうな)




