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閑話 サンプルを回収せよ!

 宇宙服のような防護服を着込んだ二人が、閑散とした工場街らしき場所を歩いている。

 二人の内一人は小さく、子供のように見える。


――シュコー

「今度の任務は簡単ッス」


――シュコー

「今回はメイもケンサンから任務内容を聞いたので安心なのです。おかしな作戦に巻き込まれるのはごめんなのです」


 二人はシノービとメイの二人組。前回に引き続き、ケンサンから依頼された任務を果たすため、工場街らしき場所に潜入しているようだ。


 シノービは手に持ったセンサープローブような物を周囲に向けながら、手に持ったパッドを真剣な表情で見ている。


――シュコー

「あっちの方向ッス、怪しさセンサーが反応してるッス」


――シュコー

「そんな名前ではないのです。ケンサンが作った『ナニカ探知機』なのです」


 どうやら今回の任務は、拡散済みの何かを採取に来た、と言う物のようだ。封鎖された工場に二人が潜入し、サンプルを採取し持ち帰る任務だろう。


 しばらく歩いた二人はとある工場へとたどり着いた。入り口には『リサイクル クラッシュ工程』と書かれた大きな看板が掲げられている。


――シュコー

「この中が一番濃いッス。グシャッとした直後に封鎖したっぽいッスね」


――シュコー

「潜入なのです。さっさと任務を終わらせたいのです」


 工場の中にはベルトコンベアが一基据えられている。

 コンベアの上には、どんよりと濁った色をした玉がいくつも並んでいる。灰色に濁っては居るが、ケンサンの研究室で見た魂と色違いの物だ。

 と言うことは、この工場らしき場所は前にメニューの言っていた、『魂リサイクルセンター』なる所なのかもしれない。


――シュコー

「クラッシャーはこの先ッス。一番濃いはずッス」


 コンベアの先を目指しずんずんと進んで行く二人。コンベアにはいくつも工程があるらしく、検査機器と思われる物や、洗浄機のような物が据えられている。

 しばらく進むと最終工程、クラッシャーと呼ばれるプレス機らしき物が、コンベアの先に据えられていた。

 シノービの言っていたグシャッとは、比喩ではなく本当に魂をグシャッとする物だったらしい。


――シュコー

「メイが回収作業をするのです、お任せあれなのです」


 メイが防護服に備えられたポケットから、小さな小瓶を取り出した。中には小さな黒い粒が浮いている。


――シュコー

「準備してから開けるッスよ、アンカーを打って安全ロープを――」


 ぱかっ


 メイが小瓶の蓋を開けると、周囲の空気がズゾゾゾゾーと音をたて、勢いよく吸い込まれて行く。

 小瓶は空気だけに留まらず、周囲の物を全て吸い尽くす勢い。灰色をした魂と思われる物が浮き上がり、スポンスポンと音をたて小瓶の中に吸われている。


――シュコー

「絶体絶命ッス、大ピンチッス」


 シノービはメイの背中に背負われたボンベ部分を掴み、吸い込まれないようにと必死に引っ張っている。

 シノービに捕まれたメイは強烈な風が吹く中、宇宙遊泳のようにふわふわ浮いている。何故かいい笑顔をしてパタパタと手足を振っているが……。


――シュコー

「うっかりなのです、弘法も筆の誤りなのです」


 シノービのもう片方の手はコンベアを掴んでいる。強烈な吸引力に抵抗するシノービの手が、離れてしまわないか心配な場面だ。


――シュコー

「メイは安全ロープをコンベアに結ぶッス。まずは安全確保を優先ッス」


 シノービは冷静に的確な判断をした。両手の空いているメイに安全ロープを結んでもらい、最低限の安全を確保して危機的状況を脱しようという物。


――シュコー

「わかったのです、今度こそお任せあれなのです」


 自信ありげなメイは、腰にベルトのように巻かれたロープを解くと、コンベアの基礎部分にきゅっと結んだ。


――シュコー

「もっとあーしのほうに結ぶッス、そこだとギリギリ吸い込まれる距離ッス」


 ロープの長さは1メートルほど、小瓶までの距離も1メートルほど、確かにギリギリ吸い込まれそうだ。全然お任せあれではなかった。


――シュコー

「うっかりなのです、河童の川流れなのです」


――シュコー

「二度あることは三度あるッス、終わったらお仕置きッスよ」



 しっかりと結び直したメイは、シノービの腰から安全ロープをほどくと、同じように結んだ。これで一安心と言った所か。



――シュコー

「ものすごい吸引力ッスね、予想以上だったッス」


――シュコー

「メイがちょっとだけ愛情を注いだのです」


――シュコー

「まさかと思うッスが、愛情ってメイの力ッスか?」


――シュコー

「……」


 シノービによるお説教タイムが始まった、メイはしゅんとした様子。

 二人の話によると、通常の数倍の吸引力になっていたようだ。本来ならメイが浮いてしまうほどの吸引力を発揮することはないとのこと。

 自分で注いだ愛情で危険な目に遭ったメイはうっかりが過ぎる。


 お説教タイムが終わった頃、やっと小瓶の吸引が緩やかになってきた。


――シュコー

「そろそろ蓋をするのです」


――シュコー

「待つッス! 外した蓋はちゃんと持っているッスか?」


――シュコー

「なくしたのです、でもこっちの瓶から蓋を取れば――」


――シュコー

「だめッスー!」


 防護服のポケットから別の小瓶を取り出したメイは、その蓋に手を掛ける。小瓶の中には小さな黒い粒が見える。



 ぱかっ ズゾゾゾゾー。



  ◆



 いくつものディスプレイが宙に浮かぶ部屋。

 その中心には様々な保存瓶が置かれた机。一人の男が忙しそうに歩き回っている。

 メニューにケンサンと呼ばれていた男だ。

 相変わらず難しそうな顔をした彼は、部屋のあちらこちらに据えられた実験器具を観察し、パッドを操作し記録している。


 そこにスチャッと音をたて、シノービが戻ってきた。


「任務完了ッス。余計な物も吸い込まれてるッスが、必要なサンプルはちゃんと入ってるッス」


「いや、助かりましたよ。拡散したナニカの影響を見に行くには、私一人じゃ手が足りませんでしたから」


「そういうときは諜報部隊の出番ッスから、遠慮無く言ってくれればいいッス」


「ありがとう。また調査が必要な時には声を掛けますので、お願いしますね」


「いつでもどうぞッス」


「さて、私はこれをまとめたらメニューに報告しないとですね」


「頑張るッスよ、ケンサンの研究に掛かってるッス」



  ◆



 一方その頃メイはと言うと。


「お姉ちゃんのために料理を覚えたいのです。このお店のおいしさの秘密を教えて欲しいのです」


 有名料理人の店という店を訪れ、試食し、その味の秘密を聞き出そうとしている。


「お嬢ちゃんは店で働くにはまだ早いな。もうちょっと大きくなってから――」


「それでは間に合わないのです。お姉ちゃんは今グデーっとしてるのです。期限が間近なのです」


「ま、まさか余命わずかなお姉さんのために、おいしい物を作ってあげようと言うことかい? わ、わかった、仕込みのお手伝いをしながら覚えて行きなさい」


 メイの誤解を生む話術で見事デレた有名料理人から、次々とおいしさの秘密を教えてもらう。ちなみにこの任務は、シノービにお仕置きとして与えられた物だ。


 シノービには、『うっかりが過ぎるメイはお仕置きとして、テラッチの元いたセカイのおいしい物を調査するッス。あまり時間はないッス、たくさん調査するッスよ』と言われたのだが、いつの間にかその味の秘密まで探っている。


 決して嘘はついていない。間違いなくシノービは今もグデーっとしているし、時間はないと言われた、誤解を生む話術を使っただけ。


 メイは何を目指しているのだろう。



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