序章
5歳のころ、椿直巳は母親に連れられて、眠る少女の前にいた。
少女の体からは色々な植物が這い出しており、部屋中を覆い尽くしている。
また、少女の皮膚は獣、トカゲ、鳥、魚などの生き物や、石や岩といった鉱物が混在し、人の皮膚と呼べる部分はほとんど残っていなかった。
少女が目を覚ますと、母親は少女の手を握った。
直巳も同じように少女の手を握り、できる限りの笑顔で微笑みかけた。
少女は少し困ったような顔をしていたが、嬉しそうだった。このような体になってから、人に笑いかけられたのは初めてだった。
母親は少女の頭を撫でて寝かしつけると、直巳の両手を取って言った。
「直巳。これからあなたはこの子を助けてあげるの。そして、その時からあなたの物語が始まるのよ」
直巳は母親の言っている意味がわからずに、きょとんとしている。
母親は、「今はわからなくてもいいわ」と言い、直巳の両手を強く握った。
直巳の両手がぼんやりと光る。その瞬間、直巳は自分の力の使い方を理解した。
直巳はその力、「神秘呼吸」で少女を救った。
そして、翌日に母親は失踪した。
今でも思い出す。力を解放された日のことを。美人だけど感情表現の乏しかった母親のことを。助けた少女のことを。
直巳は、あの日以来、不思議な力を使えるようになったが、それでヒーローになったわけでも、人生が劇的に変わったわけでもない。
物語は、いつ始まるのだろう。
今やすっかり商売道具になった両手を見て、ため息をつく。
テレビをつけると、今日も天使降臨のニュースが流れていた。