第4話 銃声
「大切な人......」
颯太がそう呟くと、風子はこくりと頷いた。
「そう、大事な人。でも会えるかどうかは分からないんだ」
そう言って少し寂しそうに微笑んだ。
一体何の話をしているのか、颯太にははっきりとは掴むことはできなかったが、
彼女のその面差しから、その事について深く質問することは躊躇われた。
それと同時に、今の今まで忘れていたツバサと美和子の事を思い出す。
あの時の記憶は相変わらずチクリと颯太の心を刺激したが、それ以上に心配してくれているだろう二人の事が気にかかった。
少し落ち着かなくなった颯太の様子に気づいたのか。
「ごめんね、初対面なのに変な話しちゃって。そろそろ私も行かなくちゃ」
風子はすまなそうにそう言うと、
そうだ、とそれに付け加えた。
「私達のことは絶対に他の人には言わないでね。私達が死んだことになっている事から、もうなんとなく気づいちゃってるかもしれないけど、私がここにいることだって本当はあんまり良くないことなんだ」
「死んでることになってるって」
風子は黙ったまま、眉をひそめて困ったような顔をする。私には、私達にはもうどうしようもないの、と告げているようにも、君には関係のない事なのと拒絶しているようにも見えた。
「ごめんね、これ以上は話せないや」
閉じた口を開いてそう呟くように言った風子は、そのまま後ろを向いてしまった。ひらりと舞うようにレインコートの裾が、少し遅れて揺れる。
「じゃ、またね。颯太くん。会えてよかった」
振り返ることなく風子は言うと、そのままレインコートをゆらゆらとさせながら、少し先の曲がり角に消えてしまった。
後には呆気にとられたように突っ立っている颯太がいるだけだ。
じっとりと湿った雨上がりの風が、静かに颯太の短い髪を揺らす。しばらく呆然としていた颯太だったが、ふと我に返ると、濡れたコンクリートの無骨な歩道を蹴りあげて、ついさっき風子が消えた角へと走った。
まだ、まだ彼女はそこにいるはずだ。聞きたい事は沢山あったし、誰かを探しているのなら、彼女よりは土地勘のある自分にだって手伝える事があるかもしれない。
困ったような、悲しそうな、先ほどの風子の顔が頭に浮かぶ。ツバサとの逢瀬を颯太に見られた時の、美和子の顔とぼんやりと重なる。
あれは、あの表情は、きっとこれから何か失ってしまう事実に耐えている顔だ。そんな顔をした少女を一人で行かせるわけにはいかない。行かせたくないと颯太は思った。
曲がり角の先には、似たような細い路地がぼんやりと続いている。そのかなり先の方に、揺れる赤いレインコートが見えた。
間に合った。乱れた息を整えながら、颯太は目線の先にいる少女の名前を呼ぶ。
「風子さん!」
夜風がそよぐ人気のない道に響いたその声は、だが同時に起こった鈍い火薬の音によってかき消されてしまった。
「ずん」
お腹に響くような、耳にじんわりと残る嫌な音。
そしてその音と一緒に放たれた小さな鉄の塊が、自分の横を素通りして、一直線に風子に向かっていくのを颯太は確かに感じた。