第2話 少年と少女と拳銃
集合写真の下に設置されたサイトの更新履歴。
その最新部分には、「更新停止のお詫び」という八つの赤い文字が、
このページが誠道学園の学生について二度と新しい情報を伝える事はないと示していた。
更新履歴をスクロールすると、「本学園における大規模爆発事故について」という記事へのリンクが画面上に現れた。
ただ、颯太にとってはその記事は読むまでもなかった。
六ヶ月前にこの学園周辺を巻き込んで起こった爆発については、もう耳がタコになるくらい、至るところで耳にしたし、実際に誠道学園のあったはずの場所が真っ赤な火と巻き上がる白い煙に覆われている様子をネットやテレビの報道を通して何度も見た。地獄にはいったことがなかったが、もしあるならこんな風景だろうと思えるような、そんな惨状だった。
原因は一切不明。事故直後は「ケモノ」の仕業だという声が上がったが、そのほんの一週間前に、まさに彼ら自身がその「ケモノ」をその巣ごと殲滅していた事もあって、その仮説はすぐに立ち消えになった。
犠牲者の数も、現場の状況が酷すぎて正確な人数は全く分からなかったらしい。
生き残りなんて全く期待できないほどに。
だから今颯太の前を歩いている少女、西園寺風子は、本来ならこの場所にどころか、言ってしまえばこの世にいるはずのない人間なのだ。
だが。
ホームページの学生の覧から、西園寺の文字を見つけ出し、クリックする。
出てきたのは長い黒髪を肩にたらし、照れているのか少し伏し目がちな顔の少女の顔だ。黒髪に飾られた赤い髪留めが、透き通るように白い肌に映えて似合っている。
間違いない。彼女だ。
頭からすっぽり被ったレインコートのせいで、その長い黒髪は見えなかったが、さっきすれ違った時に見えた横顔は、この写真に映る写真と瓜二つだった。
颯太は今さら背筋がぞっと寒くなった。
すでに死んでいるはずの人間なのだ、目の前にいる少女は。
彼女が生きて超能力者として活躍していた頃は、颯太が少なからず彼女のファンだったのは事実だ。誠道学園の女子学生の中でも一番人気のあった華やかな古織萌絵や、その凛とした雰囲気と「ケモノ」との戦闘時の圧倒的な強さで注目を集めていた凪雲神無よりも好きだった。
よくクラスの男友達たちと誰が一番好みかで議論は盛り上がったが、その時もいつもマイノリティとして劣勢に立たされるのが常だった。
だがいくら彼女のファンだった所で、幽霊となると話は別だ。
とりあえず、足はついているみたいだけど………。
ごくりと唾を飲み込む。どっと冷や汗が出て、身体がすうと冷えていくのを感じた。これ以上深入りはしない方が良いと、普段は奥の方で埃を被っている警戒心がしきりに金切り声をあげる。
回れ右して見なかった事にしよう。後ろを振り返らずに全速力で走るんだ。早く家に帰って、温かいシャワーを浴びて、安全な部屋の中で、布団を被ってさっさと眠るべきだ。
しかし、そんなポンコツの警戒心よりも、日頃から丹念に使いこまれた好奇心の方が勝るのは道理だった。
一度は恐怖で動きを止めた両足を再び少女の方に向ける。西園寺風子の幽霊(仮)は、ちょうど奥の曲がり角にゆっくりと入っていく所だった。
幽霊だろうと何だろうと、それこそ「ケモノ」じゃあるまいし、気づかれなければ危険なんてあるはずがない。
それにもし生きた本人だったら、まさに目玉が飛び出るほどのスクープだ。街中どころか日本中が大騒ぎになるだろう。
颯太はTV局からもらった表彰状と西園寺風子のサインを両手に持って。ツバサや美和子に思いっきり自慢しているところを想像した。
自己評価に寸分違わず、颯太の頭は良くも悪くもザ・単細胞だった。
程よい緊張感によるアドレナリンの増加のせいもあってか、颯太の頭からはほんの十数分前の失恋騒ぎはすっぽり抜け落ちている。
足音を極力消して、西園寺風子が曲がった角まで走り抜ける。水たまりにはまりなどしたら一大事だ。深夜の水音は思った以上に遠くまで響く。
尾行は慎重に、かつ迅速に。
以前どこかで観たスパイ映画のセリフを思い出す。何だか本当にスパイか探偵かになったような気がして、気分が良い。緊張感がピリピリと体を刺激して、充実感が心を包んだ。
そして、たいていそんな充実感が一番の命取りになるものだ。
西園寺風子が曲がった角、その手前の壁にそっと体を寄せる。雨に濡れたコンクリートがひんやりとしていて気持ちがいい。
その気持ちよさに、少しだけ緊張の糸がほぐれる。
壁を挟んですぐそこに、赤いレインコートが潜んでいる気配に気づくことができなかったのも、だから無理のない話だ。
角からそっと突き出された颯太の顔に、黒い棒状のものが突きつけられた事に気づいたのは、ガチャリという機械音が聞こえた後で。
その棒状のものが拳銃であると分かったのは、引き金に添えられた白い指がゆっくりと引かれるその瞬間だった。
ばん。