君のために空を描こう 〜せるふぃっしゅ ぷりんせす〜
雨の降る日、白い石畳の町。気候が穏やかなサンテの町にも、少ないが雨は降る。
建物の多くが白亜で統一されているせいか、今日のように低い雲が立ちこめる珍しい日でも、街並は明るい。もっとも、馬車道に溜まった水が不意に通行人を襲うので、人通りはだいぶ少ないのだが。
そんな雨に濡れたのサンテの日曜日。例に漏れず白亜の小さな建物から、少女が一人通りに出ようとしている。
年の頃は十歳ほど、金髪と赤い瞳、整った顔立ちに浮かぶ表情は、年に似つかわしくない醒めたものだ。
「ノエル、忘れ物はない?」
まるで母親のように後ろから声を書けるのは、三十路手前の青年。栗色の優しそうな瞳が、それこそ我が子を慈しむ母の目で少女を見ている。だが、彼がその手に持っているのはお玉でもフライパンでもなく、絵の具のついた筆だ。
「大丈夫」
ノエルと呼ばれた少女は極めて素っ気なく、一言だけ返す。だが青年は気を悪くした様子もない。それは年頃の子どもが見せる反抗期や青年に対する反発心といった類いのものからではなく、彼女の素の性格が一般人に比べると素っ気ない、ただそれだけだといういことを知っているから。
「雨だから気をつけてね。…ってか、やっぱり送ってこうか?」
控えめな笑顔を浮かべる彼に、ノエルはぴっと掌を突き出して断る。
「私のことでディンを煩わせるのは嫌」
「いや、煩わしいなんて思わないよ」
苦笑いしているが、それは青年――ディンの本心だ。かわいい愛娘を教会まで送っていくくらい、彼女の身に何かあった時の恐ろしい想像に比べれば、苦でもなんでもない。
が、一方のノエルにしてもそこは譲れない。
ノエルにしてみればディンは、精神的な死と肉体的な死のどちらの淵からも自分を救ってくれた恩人だ。その上、こうして娘として育ててくれている父親でもある。
少しでもディンの役に立ちディンを支える。
それが彼女にできる恩返しだと彼女は考えている。
それが、日曜学校の送り迎えなんて、そんなことでディンの筆をいちいち止めていられるものか。
ノエルの表情はほとんど変わらないが、ディンにはその決意の固さがひしひしと伝わっていた。彼女が時折見せる子どもらしい健気さと、子どもらしからぬ頑固さ。
もちろん、子育て経験どころか結婚すらしていないディンにとって、しっかりしていて手のかからないノエルにはだいぶ助けられている。だが、彼女の生い立ちが家族とは無縁なものだけに、もう少し子どもらしく甘えてくれていいとも思う。
「分かったよ。いってらっしゃい。気をつけてね」
根負けしたディンが笑ってノエルを送り出す。それでもすぐにはドアを閉めない自分に、また苦笑い。
まさか自分がこんな親ばかになるなんて……友人のロイドがいつか言っていた通りになったな。
右手に傘、左手にトートバッグを持って歩いて行くノエルが角を曲がるのを見届けてから、ディンはドアを閉めた。
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