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確かに愚昧は地の表を覆い

作者: 黒森牧夫

確かに愚昧は地の表を覆い、

更に愚かなる愚昧が君の魂に巣食い、深く根を張っている。

知は拡大すればする程新たな憂いを齎し、

視野一面に広がるは既知と退屈の光景。


君が唯一つの真にして切なる願望、即ち一にして全なる存在を乞い願う度に、

相も変わらず回帰して来る地上の理が、即ち、

君はどう足掻いても全知にはなれぬのだと云う苛立たしい真実相が、

君を悩ますのを私は知っている。

この広大無辺な万有の威力を前にして君は余りに無知で、無力で、ちっぽけだ。

そは改善の余地なき世の常にして、君の空しき日々を超越するもの。


君は何も変えられず、何も知ることは出来ず、

一切の触知叶わぬ儘、

唯名も無き一瞬の幻影として過ぎ去っていくばかり。

そのことを憶えてくれる者など初めから居はしない。

あらゆる眼差しはこの茫漠たる広がりの前にその卑小な意味を失う。

その圧倒的な馬鹿馬鹿しさに果して耐えられる者など居るだろうか。

君の孤憤の呆然と悲嘆は、

まだまだ未熟な点が見受けられるとは云え、

全く理由のないものではないのだ。


だが見よ、翻って見よ!

世界は君の絶望よりも遙かに深いではないか。

世界にはこれ程までに謎が、驚異が、美が、深秘が満ちていると云うのに、

この明白にして燦然たる栄光を前にして、君は何をつまらぬ不平を漏らすのか。

今日その事はそれのみで事足れりとする怠惰な連中と君は一緒なのか。


君が自らの愚昧について悟れば悟る程、

君の途方に暮れた表情は暗さを増す。

だがそれと同時に君は益々賢くなり、益々強く、偉大になるのも確かなのだ。

知を怖れてはならぬ。成長を嫌悪してはならぬ。

君が一度失ったものは決して購われはしない。

だがより素晴らしく歓喜に満ちたものを君は手に入れることになる。


高い所が怖いから、落ちるのが怖いからと云って、

天高く舞う鷹から、再び地を這う蟻になりたいと希うだろうか?

醜悪なもの、見るに耐えないものも見えてしまうからと云って、

両目を潰して盲目になりたいと思うだろうか?

大丈夫、落ちる時は私も一緒だ。

今見ているものが嫌ならばもっと美しいものを君の手で描き、そして見よ。

既に馴染みがあればまだ見ていない陶酔を見出し、そしてその幸いを味わえ。

次の一手は今までとは違うはずだ。

疑うならば先ず打ってみよ、

君のまだ与り知らぬ恩寵の導きが、今見えている局面の背後には隠されている。


君の知は限られたものでしかない。

その鈍重な事実についてだけしか考えられず、

明日も明後日も、

そしてまた昨日もその前も、

同じく我々は暗愚の儘に留まるのだと嘆かざるを得ない時もあろう。

世界の別の層がその横顔でちらりと君を瞥見する時、

その光彩陸離たる色は無限の極を以て君を幻惑し、失望させ、

そして無情にも突き放す。

君は項垂れ、恥じ、頭を掻き毟って、

こんな茶番に別れを告げたいと思うだろう。

この疎迂なる不明は君の宿命、君の桎梏、

この馬鹿げた肉体などと云う代物に君を閉じ込めて圧殺しようとする拷問者だ。


だがそこにこそ牢獄と化した日々の領土が変容する可能性もある。

君はまだ知らないのだ、まだ知らなかっただけなのだ、

世界がこんなにも寛容で、慈愛に満ち、

より畏るべき脅威を孕み、君が知っていたのとはまるで別の勢力を育み、

そして君の思惑を遙かに凌駕し、更に無関心で、信じられぬ程の喜悦に躍動していたことを。

手を伸ばしてみれば分かる。生命の更なる戦慄と祝祭と厳粛が。

聞こえるだろうか、この沈黙に流れている穏やかな平安の声が、讃美が、教訓が。


君は無知だった。だが驚く心はまだ消滅してはおらず、そして今は以前程無知ではない。

責められるべきは君ではない、それは全ての存在者が背負わねばならぬ枷、

そして新たなる変化の兆し。

君の形態を限界づける条件が、君をより輝かしいものへと近付ける。

君に困惑を齎したそもそもの原因が、君に釈明し、納得させ、和解を促す。

運動こそが、我等の負って立つ本質。

深化と拡大こそが、我等の引き受けるべき運命。

それを怖れてはならぬ。成長と進歩を怖れてはならぬ。


君の有限性こそが、君の希望の源。

目を開き、耳を澄ますのだ。

明日はきっと白く輝く。

大いなる終末が君を迎えに来るその日まで、

喜んで私は待とう、君と一緒に。


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