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ハロー、マイヒーロー

作者: 夏向 朔

「こんにちは、ヒーロー」



バス停のベンチに座っていた俺の目の端に、明るい金と赤が映りこんだ。

あぁ、彼女か。


ちらりと隣を見れば、予想通りニコニコと明るい笑顔の彼女がいた。


「バス待ちなの? ヒーロー」

「そういうこと。座れば?」


俺の言葉に、そうさせてもらうわ。と彼女言って、青いプラスチックのベンチに座った。



彼女は、俺のことをヒーローという。

理由は知らない。

昔、一度だけ聞いた事があるけれど、


『だって、あなたは私を助けれくれたじゃない』


と言っただけだった。

生憎、俺はこんな可愛い人を助けた覚えはない。


きっと人違いだと言ったけど、彼女はゆっくりと首を振って、


『人違いなわけないじゃない。私にはわかるもの。』


と、怒ったように言ったのだった。


それ以来、彼女は俺をヒーローと呼ぶことをやめない。

最初は嫌がってた俺だけど、もう慣れてしまった。


「ねぇ、ヒーロー。私を助けてくれたこと、本当に忘れちゃったの?」

「・・・・助けたも何も、俺は君みたいに目立つ髪の人を助けた覚えはないよ」

「目立つだなんて失礼ね。この髪色、結構気にしてるのに」

「俺としては君が探しやすくて、便利だけどね」


じゃあ気にしない。そう言って、彼女は大きく伸びをする。

そんな彼女を横目に見ながら、俺は呟いた。


「君からそのことを聞いてくるなんて、珍しいね」

「私を助けてくれたこと?」

「うん。いつも聞かないから、ちょっとビックリした」

「だって、あなたが思い出してくれないからでしょ。忘れてるんなら、こっちから思い出させてやろうって思ったの」


名案でしょ! 彼女の顔はそう言っているけど、もっと早く閃いたらよかったんじゃないかと思う。

まぁ、勿論口には出さない。

口に出したら、きっと彼女の頭突きが俺の顎にヒットするだろう。


「じゃあ、教えてくれよ。俺がいつ、君を助けたのか」

「もちろん。ちょっと、重苦しい話だけど我慢してね」


そう言って、彼女は話し始めた。


「私がハーフってことは知ってるでしょ。私は11歳のときに、両親の都合で日本に来たの。

 すぐに地元の小学校に入学したんだけど、そのころ私は日本語があんまり話せなくって。

 周りの人が何を言ってるか、ほとんど分からなかったわ。

 しかも、私、髪がこんなじゃない」


彼女は自分の髪をつまんで見せた。

彼女の髪は、大部分が金髪なのだがその先の方はリンゴのような赤色に染まっている。

これは、彼女の母が赤毛で父が金髪だったから、娘の彼女は…という理由らしい。

もちろん、染めてなどいない。

生粋の地毛だ。


だけど、子供と言うのは良くも悪くも正直な生き物だ。

俺の考えたことが分かったかのように、彼女は静か頷いた。


「そう、いじめられたの。

 今思えば、そこまで酷いものじゃなかったけど、あの時の私にとってはすごくつらかった。

 誰かに相談しようにも、お父さんやお母さんは共働きだし、迷惑掛けたくないから相談できなくて…。

 あの頃は、マンガのようにどこからかヒーローがやってきて、私を助けてくれればいいのにっていっつ も思ってた。

 学校には何とか行ってたんだけど、ある日、もういっか。って思ったの。

 もうやだ。死んじゃおうって」


所詮ヒーローなんて、マンガの世界にしかいないんだって。

そうこぼした彼女の言葉は、冷たく悲しげだった。


「でも、最後に、最後に誰かと話したくてね、家の電話のダイヤルを適当に押したのよ。

 誰に繋がるかなんて、考えもしなかった。

 とにかく、誰かと話してから死のうと思ったの」


そこで彼女は一旦区切って、また口を開いた。

その瞬間、俺の中で何かが揺らめいた。


「あの時のことはよく覚えてる。

 コールは三回で切れたわ。代わりに私の耳の飛び込んできたのは、『もしもし』っていう男の子の声だ った。

 誰? って聞く男の子の声を無視して、私は言ったわ。

 『わたし、今から死ぬの』ってね。

 向こうもビックリしたみたいで、『なんでっ!?』って聞いてきたの。

 全部話したわ。知ってる日本語全部を使って。

 自分の状況や、今まで自分がどんな気持ちだったか、ぜーんぶね。

 何十分話したか分からない。でも、やっと話し終えた時、あぁ、これで死ねる。って思ったの」


彼女の話を聞いて、俺は何かもどかしい思いに駆られていた。

あぁ、なんだっけ。

何か、思い出しそうなんだけど…。


彼女は、話を続ける。


「受話器を置こうとしたらね、男の子が何か言ったの。

 本当は、このまま切るつもりだったんだけど、気づいたらまた耳元まで持ってきてた。

 そしたら、その男の子なんて言ってたと思う?

 『俺が」


「『俺が助けるよ』」


彼女が驚いたように、こちらを見た。

俺も、驚いて自分の口を押さえた。


同時に、思い出す。俺が、小学生だった頃にかかってきたとんでもない電話の事を。


「『ちょうど、そこの小学校に友達がいるんだ。そいつ、イジメとか嫌いなやつでさ、きっと君の力にな ると思うんだ。おせっかいかもしれいけど、俺は君を助けたいんだ』…だったよな」


俺の膨大な記憶の中に埋まっていた、一つの小さな記憶。

あぁ。そうか、あの時の電話の主は---…


「『じゃあ、今から電話するからバイバイ!』そう言って、今度は男の子の方から電話を切ろうとした  の。私は急いでひきとめたわ。急ぎすぎて、英語が飛び出ちゃうくらい。

 『Wait! What's your name? Why are you helping me?』ってね」


「もちろん生まれ切っての日本人だった俺には、君がなんて言ったか全く分からなかった。

 でも、何を聞いたのかはなんとなく分かったよ。

 『俺の名前は加賀音 昌太(かがね しょうた)。理由は、俺は君がほっとけないから! んで、イジ メが嫌いだから!! えーっと…シーユー ネクストタイム!!』って言って、電話ぶち切ったんだよな ぁ…」


何年も前のことなのに、あの時の記憶はハッキリと鮮明に残っている。


「そう! その後、言いたいことも言って死のうと思ったはずだったのに、なんだかあなたの言葉が気に なって、その日は結局死に切れなかったの。

 でも、明日彼の友達が助けてくれなかったら、私は明日こそは絶対に死のうと思ったわ」


「それで…?」


俺が尋ねると、彼女は暖かい笑みを浮かべた。


「次の日の昼過ぎ、私が学校に行ったらね、いきなり皆が謝ってきたの。『いじめてごめんね』って。

 話を聞いたら、あなたの友達が私の教室にやってきて、すっごく怒ったらしいの。

 『イジメなんていうツマンネェことしてんじゃねぇぞっ!!』って。

 もう、それからイジメはすっかり無くなったわ。

 それだけじゃなくて、皆とも仲良くなれたの!

 私ね、思ったの。

 『ヒーローって、本当にいるんだっ!!』って。


 それもこれも、全部電話で話した男の子――――カガネ君、あなたのおかげ」



 ありがとう。



そんな花が咲くような笑顔で言われたら、なんだか俺が恥ずかしくなってくる。


「い、いや…別にいいって! まぁ…俺も、君を救えてよかった」


そっぽを向いてそう言えば、くすくすと彼女の笑い声が聞こえた。


「ちょっ、笑うなよ!」

「ごめんごめん」


そんなやり取りとしていたら、バスがやってきた。

プシュー…とドアが開く。


「な、なぁ!」

「なに?」

「いい喫茶店知ってるんだ。あー…もしよかったら…」

「あなたのおごりならいいけど?」

「返答早いな!? はぁ…わかったよ。じゃぁ、俺のおごりでいいから…ちょっと付き合ってください」


彼女に、手を差し出す。




「もちろん! マイヒーロー!!」



俺が差し出した手を、彼女はぎゅっと握った。


なんか、予想以上にあまじょっぱくなりました!!


でも、こういう話書いてて楽しいんで大好きです。


ちょっと長くなりすぎたかな?

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