胸?大きい方がいんじゃね? ——後二年もすれば!
照りつける太陽は、先月の中旬くらいから急にその勢いを強くしたように感じる。その周りに漂う雲は、平和な日常を表すかのようにふわふわと浮いていた。
六月、初夏のグラウンドには少年少女たちの声が響き渡っていた。
四時間目は体育。男子はサッカー、女子はハンドボールにそれぞれ別れて体を動かしていた。両の試合も終了するかという頃、見計らったように鐘の音が鳴る。
それぞれが「終わったー」や「あの時さー」と口々に話しながら教室や食堂へ行く中で、一際はしゃいでいる子がいる。
「やぱっりさ、水着は際どいのがいいよね!」
日焼けして少し茶がかったツインテールを揺らしながら、ぴょんぴょん飛び跳ねるように歩いている。英語ちゃんだった。
英語ちゃんが後ろ歩きしつつ話しながら廊下を歩いていると、不意に誰かにぶつかった。
「あっ、すいませ……現国先輩!」
そこには、小さめの英語ちゃんよりは大分大きい、ツンツン髪で茶髪の少年が立っていた。現国くんはぶつかってきた英語ちゃんを見て、さわやかな笑顔を浮かべた。
「よう、英語ちゃん!」
右手を軽く上げ、明るい挨拶をしてみせる。英語ちゃんも「よう!」と軽いノリで返答してみた。英語ちゃんとその先輩の親しそうな様子に、英語ちゃんと話していた友達は「先行ってるね」と言って、現国くんを気にする素振りを見せつつ離れていった。
「今から学食? ……ってか、体操服じゃん」
現国くんは、英語ちゃんの服を眺めながら言う。
「今体育だったんです! なにか文句でも?」
目を細くした英語ちゃんに、現国くんはにやりと怪しい笑みで返す。
「なんですか?」
英語ちゃんは少々不安そうな顔つきで問いかけた。
「いやぁ、たいした問題じゃないんだけどさ、その服だと、ね?」
現国君の意味深な発言に「え? え?」と慌てふためく英語ちゃん。その様子を見て現国くんは怪しい笑みを一層深める。
「だからほら、体操服だと、ぺったんこが余計に目だっ——」
ごん、という鈍い音がして、現国くんは胸を押さえた。そこには、英語ちゃんの頭が打ち付けられている。
英語ちゃんは頭を引く。
「うるさいですっ! あと二年もすればナイスバデーなんですっ!」
手をぶんぶん振り回しながら講義する彼女に、現国くんは苦笑いするしかなかった。
「はは、はにはっへふほ?」
不意に声を掛けられた現国くんは少しビクッとする。先生が来たのかと思ったのだ。髪を染めている現国くんは、なんだか先生たちに目の敵にされてるような、されてないような、なのだ。
彼がぎこちなく振り返ったその先には、高校一年生の数学さんがマシュマロを頬張っていた。
中高一貫校のこの学校では、中学と高校の校舎は渡り廊下で繋がっている。そのため、たまに中学の校舎にも高校生が来ることがある。中学生が高校の校舎に行くこともできるけれど、高校生が怖いのでまず誰も行かない。
数学さんは頬張っていたマシュマロを飲み込むと、「ごめんなさいね」と言って、先程と同じ言葉を繰り返した。
「何やってるの?」
決して責めている口調ではなくて、純粋に何をやっているのか知りたいといった口調だ。
「聞いてくださいよー」
目に少しだけ涙を溜めた英語ちゃんが、身長差のある数学さんを見上げた。
「現国先輩が、ぺったんこを馬鹿にしてくるんです」
「いや、別に、馬鹿にしてるわけじゃないんですよ……?」
現国くんは引きつった笑顔を見せながら、少し後ずさりしている。
「女の子の色気を馬鹿にするのはよくないんじゃないかな? げ・ん・こ・く・クン」
数学さんは自分よりも背の高い現国くんを、上目遣いにじっと見つめる。
現国くんの引きつった笑顔が余計ひどくなり、後ずさりも大きくなっている。
ついに、回れ右をしてしまった。
そんな現国くんの学ランのすそを、数学さんがすかさず掴んだ。
「ごめんなさいは?」
笑顔ですごんでくる数学さんに、肩を震わせた現国くんは「ご、ごめんなさいぃ」とぎこちなく歩いていった。
「ところで英語ちゃん」
現国くんを見送ってから数学さんが英語ちゃんに向き直った。
「はい、なんですか?」
首を傾げる英語ちゃんに、数学さんは少し考えるふうにして言う。
「わたしはその小さい胸も可愛くて素敵だと思うんだけど」
「数学先輩……」
「あ、あんまり気にしないで。じゃあね」
ひらひらと手を振って、数学さんはマシュマロを頬張りながら高校校舎のほうへ歩いていく。
あとには、困ったような、不満そうな顔をした英語ちゃんが残された。
今日も平和だった。




