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改訂 【 塀の上、綱渡りのハッカーズ 】  作者: 風風風


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改訂【塀の上、綱渡りのハッカーズ】 本編 23  馬券スキーム

 安田はかつて、高額報酬を謳った「闇バイト」の募集に応じ、都内の廃ビルに軟禁された。

 仕事の内容は、オレオレ詐欺の拠点で、指示役から送られてくる口座の管理と、現金の回収。安田の役割は「金庫番」だった。24時間体制の監視下で、ミスをすれば殴打と食事制限が待っていた。特に、ある夜、回収したはずの数百万が合わなかった際、安田は地下室で数日間、水のみを与えられ、暴力に晒され続けた。彼は恐怖のあまり、金を盗んだ犯人を仕立て上げ、無実の若者を代わりに殴り倒すよう命じられた。自分が生き残るために、他人の尊厳を破壊する――その理不尽な選択を強要され続けた日々が、彼の心に消えない痣を残している。


 菜摘がかつていたのは、歌舞伎町の雑居ビルの一室だ。

 管理売春の組織で、彼女は「記録係」として従事させられていた。彼女の仕事は、客のデータ、売上の計算、そして逃亡を企てた少女たちが受けた制裁の様子を詳細に記録し、組織の幹部に報告することだった。彼女自身もまた被害者の一人であり、逃げ出そうとした際は、家族の連絡先を盾に脅迫された。最も過酷だったのは、自分よりも幼い少女が恐怖で泣き叫ぶ姿を、冷徹な数字として書き留めなければならなかったことだ。少女たちの叫び声は、今も菜摘の耳から離れることがない。彼女にとっての過去は、ペン先から零れ落ちる罪の羅列だった。


 健二は、地方の港湾で運送業を営んでいたが、組織の息がかかった輸入業者に弱みを握られた。

 最初は「合法な貨物の配送」という口実だった。しかし、次第に荷物は、運び込まれるはずのない覚醒剤や、出所不明の銃器へと変わった。健二は、拒否すればトラックごと海に沈めると脅された。ある深夜、警察の検問をかいくぐるため、彼は助手席に組織の護衛を乗せ、死体が入っていると疑われる大きな箱を運んだ。あの時の、重く湿ったトランクの感触は、健二の手に今も残っている。彼は、誰かが死ぬ過程を知りながら、ハンドルを握るしかなかった。「知らなければ良かった」という後悔が、彼のすべての日常を塗り潰していた。


 博は、借金を背負った家族を救うため、地下金融組織に足を踏み入れた。彼の仕事は、返済が滞った客から、金銭ではなく「器官」や「戸籍」を回収することだった。ある時、彼はかつての恩師の借金を回収するよう命じられた。恩師が絶望の中で命を絶つまで、彼はドアの向こうで待ち続け、冷酷に金銭の支払いを要求する電話をかけ続けた。「お前も人間だろ」という叫び声を聞き流し、組織の規則通りに振る舞うことが、博にとって唯一の生き延びる術だった。博は自分の人生を、他人の死の上に積み上げてきたのだ。彼が農場で豚を丁寧に世話するのは、かつて見捨てた恩師への贖罪の代わりなのかもしれない。


 美咲は、元ITエンジニアだ。彼女は大手企業の監視プログラムを設計していたが、その技術を逆手に取られ、組織の「内部監査」に悪用された。彼女の仕事は、特定個人のデジタル上の痕跡から、不倫の証拠、借金の明細、政治的弱みを抽出し、それを基にした「恐喝用のシナリオ」を作ることだった。彼女は、モニター越しに数千人の人生を破壊するボタンを押し続けていた。ある時、美咲が作成したシナリオによって、一人の経営者が自殺した。画面上の折れ線グラフが下がるのを見て、彼女はこれが「殺人」であると理解した。彼女が農場で野菜の手書きメッセージにこだわるのは、画面を通さず、人の手に直接届く温もりだけが、真実だと信じたいからだ。


 安田が「金庫番」という死と隣り合わせの任務を受け入れたのは、余命幾ばくもない妹の存在が理由だった。

 妹は慢性的な腎不全を患い、高額な医療費と週三回の透析が不可欠だった。安田の低賃金の工場勤務では、数ヶ月で限界を迎えた。闇バイトの募集要項に並ぶ「即日高額報酬」という言葉は、彼にとっての救いだった。妹を救うためには、自分の魂などいくらでも売り飛ばせる。安田が地下室で震えながら、他人の金を集計し続けたのは、妹のベッドサイドに置くはずの温かい食事を買い続けるためだった。


 菜摘は、両親が蒸発したあと、たった一人で幼い弟を育てていた。

 弟は数学に天才的な才能があり、国立の特別奨学金を得ていたが、生活費は逼迫していた。管理売春組織からの勧誘は、弟が通う名門校の学費支払いが滞った夜のことだった。彼女が売られたのは、弟の未来を守るためだ。彼女が少女たちの悲惨な記録を書き留めていたのは、その報酬が全て弟の通帳へ振り込まれていたからだ。「自分が汚れれば、弟は汚れない」。その一心だけで、彼女はあの歌舞伎町の雑居ビルで、自分の心に鍵をかけ続けた。


 健二が組織の言いなりになったのは、亡き父が遺した小さな運送会社を守るためだった。

 会社は父の代からの負債を抱えており、差し押さえ寸前だった。組織は健二の会社を「隠れ蓑」として利用し、断れば会社を法的に破綻させ、従業員全員を路頭に迷わせると脅した。健二が運んだのは貨物ではない。誰かの人生や、取り返しのつかない罪の重さだった。だが、彼には従業員の家族を養う責任があった。「自分の会社を潰してはならない」。その古風な義理立てが、彼を泥沼の運搬係へと引きずり込んだ。


 博の父は、かつて地域で名の通った教師だったが、退職金を全て博打で失い、暴力団から法外な借金を背負った。その取り立てが博のところへ来たとき、組織は「親の借金を消す代わりに、お前が回収人になれ」と持ちかけた。博が恩師のドアを叩いたのも、父の命を守るためだった。自分が冷酷な回収人にならなければ、父は指を詰められるか、海に沈められていた。博にとって、他人の人生を奪うことは、父の犯した過ちの尻拭いであり、崩壊した家庭を繋ぎ止めるための、ただ一つの手段だった。


 美咲は、かつて自分にプログラミングを教え、人生の指針を与えてくれた恩師を救いたかった。

 恩師はベンチャー企業を立ち上げたが、投資詐欺に遭い、破産と同時に刑事告訴の危機に瀕していた。美咲が組織の内部監査システムを構築したのは、恩師のデータを消去し、告訴を取り下げさせるための交換条件だった。「恩師を救えるのは、この技術を持つ私だけだ」。美咲は自分の才能を、人を守るためではなく、人を陥れるための武器に変えた。彼女が設計したアルゴリズムは、かつて師から受けた恩義を、他人の血で贖うための、皮肉な恩返しだった。


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