31.新たな門出
時は遡ること数日。
光一は長官に辞職届を提出した。
「なんだ、辞めるのか……」
辞職届を受け取る長官。
「ええ。いろいろ悩んだんですけど、辞めようかな、と」
「そうか。わかった」
必要な手続きを終え、光一は恭子の部屋へ向かう。
「あら、どうしたの?」
「俺、ACR辞める」
「そおう」
「あれ? あまり驚かないね」
「宇宙事件に比べて」
「そっか」
「私、この後、地上に降りるから、散歩でもしない?」
「ああ、いいけど」
二人は散歩がてら地上に降りた。
「でもなんで急に辞めることにしたの?」
「ガイアスターを破壊したじゃん? それに、俺はこの時代の人間じゃない。ということは他にも時間を跳躍してしまって彷徨ってる人がいるんじゃないかと思ってね。そういう人たちを保護する活動をしたいんだ」
恭子は少し前を歩きながら言った。
「なるほどねえ。迷子探しかあ」
「迷子って言い方すると軽いな」
「でも似たようなものでしょ? 時間を飛び越えて知らない場所に来ちゃった人なんて」
光一は苦笑した。
「まあ、そうかもな」
街は平和だった。
数日前まで怪獣騒ぎが起きていたとは思えないほど、人々は普通に歩き、普通に笑っている。
子供が風船を持って走り回り、カップルが買い物袋を抱えて歩いていた。
そんな景色を見ながら、光一はふと空を見上げた。
「……俺もさ」
「うん?」
「今まで気づかなかったけど、ずっと迷子だったのかもしれない」
恭子は足を止めた。
「気づいたらこの時代で育ってた。でも、自分がこの時代の人間じゃないことだけは知ってる」
「……………………」
「でも、誰かを助けたいって気持ちだけは本物なんだ」
恭子は少しだけ笑った。
「柳田って、不器用ねえ」
「なんだよ急に」
「普通さあ。辞める理由って『疲れた』とか『自由になりたい』とか言うのに」
「……………………」
「世界の迷子を助けます、なんてヒーローみたいなこと言う人、あんまりいないわよ」
その時だった。
恭子の腕の通信端末が鳴った。
二人の表情が変わる。
「……仕事?」
恭子が画面を確認する。
しかし、その顔が曇った。
「おかしい……」
「どうした?」
「観測衛星が、地上に……人が突然現れたって」
「人?」
「それも……服装が百年以上前のもの」
光一は目を見開いた。
「……まさか」
街の向こうの空を見た。
偶然じゃない。
そんな気がした。
その直後。
低い地鳴りのような音。
「……?」
光一が眉をひそめた。
周囲の人々もざわつき始める。
「今の何? 地震?」
しかし揺れではない。
空だった。
街の向こう。
空間そのものが水面のように揺らいでいた。
グニャリ、と景色が歪む。
「なに、あれ……」
恭子が息を呑む。
通信端末が再び鳴り響いた。
「高木、聞こえるか!」
隊長の声。
「観測衛星の解析結果が出た! 現れたのは人間だけじゃない!」
「え?」
「時空異常反応が拡大している! 何かが来るぞ!」
次の瞬間。
空に巨大な亀裂が走った。
ガラスが砕けるような音。
そして裂け目の奥から、巨大な黒い影が姿を現した。
「怪獣……!?」
全身が古びた石のような外殻に覆われている。
だが身体の一部は砂のように崩れ、消え、また現れる。
存在が不安定だった。
「時間怪獣クロノザウル……?」
恭子が端末のデータを確認する。
「知ってるのか?」
「データベースにもない! 今、私が適当に言った!」
「適当かよ!」
だが怪獣は咆哮した。
その瞬間——
恭子の通信端末が激しく警報を鳴らす。
「なに!?」
画面に赤い警告表示。
《空間座標異常》
《時間基準信号不一致》
「どういうこと?」
恭子が急いでデータを確認する。
「周辺の観測データがめちゃくちゃ……!」
「何が起きてる?」
「衛星の時刻データがずれてる!」
「は?」
「ありえない! 数分どころじゃない……数十年単位で基準データが——」
言葉が止まる。
光一の顔色が変わった。
街の交差点。
信号が誤作動を起こし始める。
自動車のナビが一斉に異常表示。
電子看板がノイズを走らせる。
スマートフォンも圏外表示。
そして——
遠くの工事現場のクレーンが突然停止した。
街のシステム全体が混乱していた。
隊長の声が再び響く。
「高木! 解析結果が出た!」
「隊長!」
「怪獣周辺で時間基準そのものが乱れてる!」
「時間基準……?」
「電子機器が正常な現在時刻を認識できない!」
光一が怪獣を見る。
黒い巨体の周囲だけ空気が歪んで見える。
「まさか……」
人間を連れてきたんじゃない。
時間移動事故そのものを起こしているのか——。
光一は怪獣を見上げた。
黒い巨体の周囲では空気が歪み続けている。
「……………………」
「柳田?」
恭子が声をかける。
光一の視線は、怪獣ではなく避難する人々の中にいた。
百年以上前の服装をした男。
状況が理解できず、周囲を見回している。
怯えた顔。
完全に一人だった。
「……あの人」
「え?」
「帰る場所もわからないんだろうな」
「……………………」
「俺は運が良かった」
光一は静かに言った。
「拾われて、育ててもらえたから」
そして怪獣へ目を向ける。
「でも、全員がそうとは限らない」
怪獣がゆっくり腕を持ち上げた。
次の瞬間、衝撃が地面を走った。
光一と恭子は同時に飛び退く。
さっきまでいた場所が砕け散った。
「派手な登場だな……」
光一が怪獣を見上げる。
恭子は通信端末を確認した。
「避難は始まってるみたい」
「時間跳躍者は?」
「保護班が向かってる」
短い沈黙。
怪獣がゆっくりこちらへ向き直る。
恭子が言う。
「柳田」
「ん?」
「行くんでしょ」
光一は視線を向ける。
「……何を」
「迷子探し」
「……………………」
「だったら、あれは私が止める」
光一は少し笑った。
「無茶するなよ」
「誰に言ってるの?」
恭子も笑う。
次の瞬間、光が溢れた。
街に白銀の巨人アストライアが降り立つ。
怪獣クロノザウルと対峙するアストライア。
クロノザウルが動いた。
巨大な腕がアストライアへ振り下ろされる。
だがアストライアは受けない。
半歩。
ほんのわずか身体をずらした。
拳が頬をかすめる。
そのまま身体を捻り、腕を流す。
巨体が体勢を崩した。
アストライアは追撃しない。
距離を取る。
「避けた……?」
光一が立ち止まる。
怪獣が再び突進。
アストライアは横へ滑る。
また当たらない。
攻撃しない。
ただ見切る。
アストライアは構えたまま動かない。
クロノザウルの腕が三度振り下ろされる。
瞬間。
アストライアが初めて前へ出た。
腕を受け流し、その勢いを利用して肩へ回り込む。
肘打ち。
膝。
最後に掌底。
怪獣の巨体が大きくよろめいた。
光一は足を止め、振り返る。
「決まった……!」
しかし。
クロノザウルの身体が揺らぐ。
崩れた外殻が砂のように舞い、再び元へ戻っていく。
「再生……!?」
通信が入る。
「柳田! 聞こえるか!」
鈴間の声だった。
「隊長!」
「保護班が対象者を確保した!」
光一は安堵する。
「よかった……!」
「だが怪獣周辺の時間異常反応は拡大中だ!」
「何?」
「このままだと被害範囲が広がる!」
光一はアストライアを見上げた。
白銀の巨人は静かに構えていた。
クロノザウルが再び突進。
巨大な腕。
アストライアは半歩かわす。
流す。
回り込む。
そして怪獣が体勢を崩した瞬間——
光一が小さく笑った。
「……来るな」
アストライアの動きが止まる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
今まで避け続けていた白銀の巨人が、初めて正面からクロノザウルを見据えた。
その姿を見て、光一は確信する。
「終わりだ」
次の瞬間。
ヴァルシアブラスト——
白い閃光がクロノザウルを貫く。
巨大な身体が動きを止めた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、クロノザウルは大爆発を起こし木っ端微塵になった。
アストライアは上を向くと、地面を蹴って飛翔し、空の方へ消え去った。
光一は空を見上げた。
「……ありがとな」
そう呟くと、保護された男の元へ駆け出した。




