第八篇 小西行長の証言
小西行長は、西軍の将である。
堺の商人の家に生まれ、豊臣秀吉の側近として頭角を現した。
肥後宇土藩の大名となり、朝鮮出兵では先鋒として半島に渡った。
熱心なキリシタンとして知られ、洗礼名をアウグスティノといった。
信仰は生涯を通じて揺るがなかった。
関ヶ原の敗北後、捕縛された。
キリシタンであるがゆえに、行長は切腹を拒んだ。
武士として最も恥ずべきとされたその選択を——行長は少しも恥じなかった。
神が与えた命は、神にお返しする。それだけのことだと、行長は言ったと伝わる。
石田三成、安国寺恵瓊と共に、三条河原にて斬首された。
以下の証言は、処刑の二日前、行長が収監されていた牢にて行われた。
筆録者によれば、行長は小さな十字架を手に握りながら、静かに話し続けたという。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
——夜分に突然お訪ねして、申し訳ありません。
いいえ。
(十字架を握ったまま、静かに顔を上げて)
神はこの出会いも、導いてくださったのでしょう。
あなたが来てくださらなければ、私はこの話を誰にも話さないまま逝くところでした。
——大谷吉継様のことを。
はい。
三成のことも。
二人のことを——正確に話せるのは、もう私くらいしかいないと思うから。
(少し間を置いて)
恵瓊殿はもう話されましたか。
——はい。二日前に。
そうですか。
(小さく頷いて)
恵瓊殿は聡明な方だ。ただ——恵瓊殿の見ていた場所と、私の見ていた場所は、少し違う。
恵瓊殿は戦略を見ていた。
私は——人を見ていた。
——小西様と大谷様の関係をお聞かせください。
同僚でした。豊臣の奉行として、長く共に働いた。
ただ私と吉継様の間には——特別な話題がありました。
——どのような。
信仰のことです。
(静かに、しかし嬉しそうに)
吉継様はキリシタンではありません。でもあの方は、私の信仰をどの武将よりも真剣に聞いてくださった。
なぜ神を信じるのか。死後の世界をどう考えるか。人の罪とは何か。赦しとは何か。
そういったことを——茶を飲みながら、何度も話した。
——大谷様はどのようなことをおっしゃっていましたか。
多くは聞く側でした。
ただ一度だけ——こうおっしゃったことがある。
「行長殿、人は赦されたいと思うか、それとも裁かれたいと思うか」と。
——なんとお答えになりましたか。
「赦されたいと思うのが人の本性です」と申し上げました。
吉継様は少し考えて——「私はどちらかわからない」とおっしゃった。
「赦されることも、裁かれることも——どちらも怖い。それよりも、ただ見ていてほしい。見届けてほしい。そういう気持ちの方が強い」と。
(静かに十字架を握り直して)
私はその言葉を聞いたとき——この方は信仰を持たずして、信仰の核心に触れておられると思いました。
神に見ていてもらいたい。ただそれだけを望む。
それは——最も純粋な祈りの形です。
——西軍の内部についてお聞きします。誰も三成様に本当のことを言えなかった、と聞いております。
……そうです。
(少し表情が曇って)
それは——私にも責任がある。
私も言えなかった一人です。神の前で正直に申し上げます。
——どういうことですか。
三成は——信じていたんです。
自分が正しいということを。西軍が勝てるということを。家康を倒せるということを。
その信念は本物だった。誰も疑えないほど純粋だった。
だからこそ——誰も言えなかった。
——「言えなかった」とは。
「勝てない」という言葉を。
(静かに、しかし明確に)
私は関ヶ原の一月ほど前から、勝てないとわかっていました。
兵の数ではない。武将たちの目の問題です。
西軍の将たちの多くは——三成のために戦う気がなかった。
家康が怖くて東軍につけなかった者、様子を見て得な方へ動こうとしている者、最初から裏切りを考えている者——そういう人間が西軍の中に、あまりにも多かった。
私はそれが見えていた。
——なぜ三成様に言えなかったのですか。
三成の目を——見ることができなかった。
(声が少し揺れる)
あの方の目には、純粋な火があった。
豊臣家を守る。秀吉様の遺志を継ぐ。そのために戦う。
その火は——本物だった。
私が「勝てません」と言えば、その火が消える。
消してしまうことが——怖かった。
それが正しい行いかどうかは、神のみぞ知る。でも私には言えなかった。
——大谷様だけが言えた、とおっしゃっていたと聞きました。
はい。
吉継様だけが——三成に「負ける」と言った。
——どのような場でのことですか。
関ヶ原の少し前のことです。
西軍の主だった将が集まった軍議がありました。
三成が作戦を説明した後、誰もが頷いた。意見を言う者はいなかった。
私も黙っていた。
そのとき——吉継様が口を開いた。
「三成、この戦、勝てぬ」と。
(静かに、しかし重く)
座が——凍りました。
——他の将たちはどう反応しましたか。
誰も何も言わなかった。
三成は最初、吉継様の顔をじっと見ていた。
それから静かに「なぜそう思う」と聞いた。
吉継様は——一人ひとりの顔を、ゆっくりと見回した。
座に集まった将たちの顔を、順番に。
(少し間を置いて)
私はその視線が自分に向いたとき——背筋が冷たくなった。
全部、見られた気がした。
私が何を考えているか。何を隠しているか。なぜ黙っているか。
そういうことを——全部。
——吉継様はどのように説明されましたか。
説明は、しなかった。
「勝てぬ」とだけ言って——黙った。
三成は「理由を言え」と言った。
吉継様は少し間を置いてから——「お前には見えぬのか」とだけ言った。
(静かに十字架を握る)
その言葉の意味が——私にはわかった。
見ろ、この座を。見ろ、この将たちの目を。誰の目に火があるか。誰が本当に戦う気でいるか。
そういうことを——「見えぬのか」という五文字に込めていた。
——三成様はどうされましたか。
長い間、吉継様を見ていた。
それから——「吉継、お前でも来てくれるか」と言った。
(少し驚いたように)
勝てないという話をしているのに。
三成が聞いたのは「お前でも来てくれるか」だった。
作戦のことでも、兵力のことでも、勝算のことでもなかった。
ただ——「来てくれるか」と。
——吉継様はなんとおっしゃいましたか。
「行く」と。
一言だけ。
(静かに目を伏せて)
その瞬間の三成の顔を、私はまだ覚えています。
安堵でも、喜びでもなかった。
もっと——複雑な顔だった。
勝てないとわかった上で「行く」と言われた。
その意味の重さに——三成は初めて気づいたのかもしれない。
この戦が何のための戦かということを。
——三成様と吉継様は、なぜそれほど深く結びついていたのでしょうか。
私なりに、ずっと考えてきました。
(少し考えながら)
三成は——正しいことを正しいと言える人間でした。
どれほど周囲が反対しても、損をしても、孤立しても、正しいと思ったことを曲げなかった。
その強さは本物だった。
でも——それゆえに、三成には見えないものがあった。
人がなぜ正しくない行動をするか、ということです。
恐れから嘘をつく。弱さから裏切る。疲れから諦める。
三成にはそれが、理解できなかった。
だから武断派の武将たちに憎まれた。融通が利かないと言われた。
——吉継様は。
逆だった。
(静かに、しかし確信を持って)
吉継様は——人がなぜ正しくない行動をするかを、誰よりも深く理解していた。
恐れも、弱さも、疲れも——全部わかっていた。
だから誰も責めなかった。
でもその理解の深さゆえに——吉継様は三成のような「迷いない正しさ」を、誰よりも尊いと思っていた。
自分にはないものだから。
(少し間を置いて)
三成は吉継に「見えないもの」を補ってもらっていた。
吉継は三成に「自分が持てないもの」を見ていた。
二人は——互いの欠けた部分で、繋がっていたのだと思います。
——吉継様は「勝てない」と知りながら、なぜ参戦されたとお思いですか。
神学の言葉を使っても、よいですか。
(静かに微笑んで)
殉教、という言葉があります。
信仰のために死ぬことです。
大切なのは——死ぬことではない。何のために死ぬかです。
信じるものの正しさを、命をかけて証明することです。
吉継様は——三成の「正しさ」を、命をかけて証明しようとしたのではないかと、私は思っています。
——つまり。
三成が負けた。
それは三成が間違っていたからではない。
勝ち負けと正しさは、違う。
それを——後の世に残したかった。
吉継様は武士として関ヶ原に立ちながら、その心の中では——何か別のものを守ろうとしていた。
(静かに十字架を見つめて)
それは信仰に、似ている。
信仰を持つ者にしか——わからないことかもしれないけれど。
吉継様は洗礼を受けていない。でもあの方の生き方は——どんなキリシタンよりも、神の御心に近かったと、私は思っています。
——最後にお聞きします。今、何をお考えですか。
(少し驚いたように、それから穏やかに笑って)
大谷様のことを、聞かれると思っていました。
——もちろん、それも。ただまず、今の小西様ご自身のことを。
……。
(長い沈黙の後、静かに)
怖くない、と言えば嘘になる。
でも——後悔はない。
私は西軍についた。負けた。捕まった。
その一つひとつが——神の導きだったと、信じています。
切腹を拒んだことを、臆病と言う者もいる。武士として恥だと言う者もいる。
でも私は——この命は神からいただいたものだと、ずっとそう信じてきた。
自分の手で終わらせることは、できなかった。
それだけのことです。
——吉継様へ、何か伝えたいことはありますか。
(少し間を置いて、静かに微笑んで)
向こうでお会いしたら——聞いてみたいことがあります。
——何を。
あの軍議の日、将たちを見回したあの目で——私のことは、どう見えていたか。
私は黙っていた。言えなかった。
吉継様にはそれが——見えていたはずだから。
責めてはいないと思います。あの方は誰も責めない。
でも——どう見えていたか、だけは聞きたい。
(静かに十字架を握りしめて)
「見えておりましたよ、行長殿」と、あの静かな声でおっしゃる気がしますが。
それを聞いたら——私はようやく、泣けるかもしれない。
この二日間、まだ泣いていないから。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
小西行長は、その二日後に三条河原にて斬首された。
切腹を拒んだために、刑の執行は難航したと伝わる。
それでも行長は最後まで、取り乱さなかった。
処刑の直前、行長は空を見上げて何かを呟いたと、その場に居合わせた者が記している。
ラテン語だったとも、ポルトガル語だったとも言われる。
何を言ったのか、誰にもわからなかった。
ただ——その顔は穏やかだったと、全員が証言している。
行長が手に握っていた小さな十字架は、処刑後に消えた。
誰かが持ち去ったのか、土に還ったのか——今も行方は知れない。
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