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日本史・異聞編纂録 大谷吉継はなぜ西軍に立ったのか 〜関ヶ原証言録〜  作者: 九条ケイ・ブラックウェル


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第三篇 今井宗薫の証言

今井宗薫は、堺の豪商である。

茶人としても名高く、千利休の高弟として知られた。

豊臣政権下では秀吉の御伽衆を務め、その死後も東西両陣営との太いつながりを維持した。

戦国から江戸へ——時代がどれほど荒れようとも、今井家の商いが傾くことは一度もなかった。


大谷吉継とは、豊臣政権の頃より個人的な交流があった。

茶の湯を通じた関係とも、情報交換のための関係とも言われる。

宗薫本人は、その区別を「どちらでもある」と言った。


以下の証言は、関ヶ原から数年後、宗薫の堺の屋敷にて行われた。

広間には上質な茶道具が並び、窓の外には手入れの行き届いた庭が見えたと、筆録者は記している。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


——本日は遠いところをおいでいただき、恐縮です。


 いえいえ。こちらこそ、こういった記録に残していただけるのであれば、むしろありがたい。


 商人というのは歴史に名が残りにくい生き物でしてね。武将様方はいつまでも語り継がれるのに、その戦を陰で支えた者の名は、どこにも出てこない。まあ、それが商いの性質というものでもありますが。


 (笑みを浮かべながら)


 何からお聞きになりますか。


——大谷吉継様との関係を、まずお聞かせください。


 関係、ですか。


 難しい言葉を使われますね。


 商人と武将の関係など、つまるところ損得でしょう、とおっしゃりたいのかもしれない。それは否定しません。私は商人ですから、どんな関係にも必ず損得が絡む。


 ただ、吉継様との関係については——損得だけでは説明がつかない部分が、確かにありました。


 それが少々、厄介でした。


——どういう意味でしょうか。


 損得で割り切れない関係というのは、商人には困る、ということです。


 (少し考えてから)


 最初にお会いしたのは、もう随分と前のことになります。豊臣の奉行様方が堺に来られた折に、ご挨拶する機会を得た。そのとき吉継様は、まだお若かった。


 私はその頃、様々な奉行様方と商売のつながりを作ろうとしておりました。情報というのは、どの時代も最も値の張る商品ですからね。どこで何が起きているか、誰と誰が対立しているか、どこの大名が金に困っているか。そういったことを売り買いするのが、私のような者の仕事でもあった。


 吉継様のところへも、情報を持ち込みました。


 そうしたら——逆に情報をいただいた。


——吉継様から。


 ええ。しかも私が持ち込んだものより、よほど精度の高い情報を。


 (苦笑して)


 正直、驚きました。堺の商人が汗水流して集めた情報より、あの方が頭の中で整理されているものの方が、精確だった。


 「宗薫殿、その話は少し違う。実際はこうだ」と、静かにおっしゃるんです。そして話が終わる頃には、私の方が多くを学んでいる。


 そういう方でした。


——具体的には、どのような情報を。


 それは申し上げかねます。


 (即座に、しかし穏やかに)


 商人の口の堅さだけが、商人の命ですから。


 ただ申し上げられるのは——吉継様が持っておられた情報の「質」についてです。


 多くの方は、情報を集めることに一生懸命になる。誰が誰と会ったか、どの大名が何石の借金をしているか、どの武将が密書を送ったか。そういった「事実」を積み上げることに、皆が腐心する。


 吉継様は違った。


 事実を集めることには、さほど興味がない。


 人の「動く理由」だけを見ていた。


——人の動く理由、とは。


 この人間は、何を恐れているか。何を欲しがっているか。何を隠したがっているか。


 そこだけを、じっと見ていた。


 事実は後からついてくる、とおっしゃったことがあります。「人がなぜ動くかがわかれば、次に何をするかは自然に見えてくる。逆に事実をいくら集めても、動く理由がわからなければ何もわからない」と。


 私はその言葉を聞いたとき、この方は商人の才がある、と思いました。


 いや、商人より上かもしれない、とも思った。


——武将というより、と。


 謀略家、とも違う。


 (しばらく考えて)


 人間を——根っこから理解しようとする人だった。


 どんな人間にも、表の顔と裏の顔がある。吉継様はどちらにも興味を持たず、その「根っこ」だけを見ていた。なぜこの人間は、こういう人間になったのか。何がそうさせたのか。


 だからでしょうね、吉継様と話した人間は、みんな不思議なことを言うんです。「あの方と話すと、なぜか正直になってしまう」と。


 私もそうでした。


 商人が正直になってしまうというのは——これは大変なことでしてね。


——関ヶ原の前、東西の対立が深まっていた時期のことをお聞かせください。


 あの頃は、忙しかった。


 (しみじみとした口調で)


 東軍にも西軍にも出入りしておりましたから、両方からの依頼が重なって。私のような者は、戦の前というのが一番商売になる。兵糧の手配、兵器の調達、情報の仲介——どこへ行っても引く手あまたで。


 東軍の家康様のところにも伺い、西軍の三成様のところにも伺い、吉継様のところにも。


 ただ吉継様のところだけは——商売の話にならなかった。


——と、いいますと。


 吉継様は私に、何も頼まれなかった。


 情報も、兵糧も、金の融通も、何ひとつ。


 ただ——話をした。


 (少し間を置いて)


 それだけなんです。


 あの頃、吉継様は体の具合がよくなかった。お目にかかるたびに、お顔の布が厚くなっていた。立っているのも辛そうで、座ったまま静かに話される。


 私が両陣営から聞いてきた話をすると、吉継様はじっと聞いておられた。何か質問されるわけでも、驚かれるわけでも、怒られるわけでもない。


 ただ聞いて、しばらく考えて——「そうか」とだけおっしゃる。


 私はそのとき、わかってしまいました。


——何を。


 吉継様は、私から情報を得ようとしているのではない。


 確認されていた。


 すでに頭の中で描いていた絵が——正しいかどうかを。


 私が話す内容は、吉継様にとっては新しい情報ではなかった。ご自身の見立てに、誤りがないかどうかを、私という別の目線で検証されていた。


——つまり、吉継様はすでに全体の絵を——。


 描いておられた。


 誰が東軍につき、誰が西軍につき、誰が途中で寝返るか。


 おそらく、全部。


 (静かに、しかし確信を持って)


 私が最後にお会いした折——関ヶ原の少し前のことです——吉継様は開口一番こうおっしゃいました。


 「宗薫殿、小早川はどちらへ動くと思うか」と。


——なんと答えられましたか。


 私は正直に申し上げました。


 「東軍でございましょう。家康様から相当の約束を取り付けているはずです。小早川様の周辺の動きが、ここ数日で変わりました」と。


 吉継様は小さく頷いて、「やはりそうか」とおっしゃった。


 それから少し間があって——「では、松尾山の小早川の陣の真正面に、私は布陣する」と。


——真正面に、と。


 ええ。


 私は耳を疑いました。


 裏切り者が出ると知りながら、その真正面に陣を置く。それは——まともな判断ではない。逃げ道を塞がれる。集中的に攻撃される。


 私は思わず聞きました。「なぜでございますか」と。


 吉継様は少し笑われて——。


 (言葉が止まる)


——吉継様は、何とおっしゃいましたか。


 ……「見ていなければならないから」と。


そう、おっしゃいました。


——「見ていなければならない」。


 私にはその意味が、すぐにはわからなかった。


 今もはっきりとはわからない。ただ——何かを。


 誰かに裏切られる瞬間を、目を逸らさずに見届けなければならない。そういうことを、おっしゃっていたような気がします。


 なぜかはわからない。


 ただ、吉継様にとってそれは——勝ち負けより大事なことだった。


——最後にお聞きします。吉継様は、何のために関ヶ原へ行ったとお思いですか。


 商人として答えてもよいですか。


 (珍しく、少し改まった声で)


 商いというのは、帳簿が大事でしてね。何を売って、何を得たか。すべてを記録する。嘘をつかない帳簿が、商家の礎です。


 吉継様は——この世の「帳簿」をつけようとしていたのではないか、と私は思っています。


 誰が何をした。誰が裏切った。誰が嘘をついた。誰が筋を通した。


 徳川の世になれば、歴史は勝者が書く。敗者の側にいた者の真実は、消えていく。それを知りながら、吉継様は敗者の側に立った。


 消えていく側から——何かを見届けようとした。


 そしておそらく、書き残そうとした。


 (静かに、しかし力を込めて)


 私がこうして話しているのも、もしかしたら吉継様に——そうしろと言われている気がするからかもしれない。


 生前に、直接言われたわけではない。


 ただあの方と話したとき、いつも最後に同じことをおっしゃっていた。


「宗薫殿、あなたはよく見ている。見たことを、忘れないでほしい」と。


 商人に言う言葉ではない、と当時は思っていた。


 今は——そういうことだったのかと、思っています。


 (穏やかに微笑んで)


 さて、よろしければお茶でも一服いかがですか。


 吉継様にいただいた茶碗で、淹れましょう。


 あの方の形見と呼べるものは、これくらいしか手元にないので。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


筆録者は茶を一服いただいてから、屋敷を辞したと記している。


茶碗については、その銘も由来も記録に残っていない。

ただ筆録者はひとこと、こう書き添えている。


「飲み干した後、碗の底に細い亀裂があった。

金継ぎで丁寧に直された跡があり、割れた器とは思えぬほど美しかった」と。

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